27 野盗の襲撃4 嵐の後
村を静寂が包んでゆく。野盗に切られた男達も周りの村人が寄り添い、悲痛ともいえる泣き声が村に木霊してゆく。
宿屋の女将も亭主に寄り添うようにすすり泣いている。
その母の横で梅は、倒れた父親を見つめていた。その衝撃に声も出せずに呆然と立ち尽くす事しか出来ないと見える」
傍らに立つ五徳が、梅の横に膝を付くと、笑顔で少女を見つめた。しかしその瞳には涙があふれている。
そして、少女を優しく抱き寄せると、強く抱きしめた。
「うえぇぇん!」
と梅が泣き出した。
その様子を、菊と弁の幼い二人が見ていた。
菊は、不安そうに、弁は強い瞳で拳を強く握っている。
せんが駆け寄って来ると、その二人を見て、
「もう大丈夫よ」
と、言うと寄り添って抱えるように頭をなでた。
「うん」
とだけ菊は答え。弁は、拳を握ったまま前を見たままである。
その様子をみて、奇妙達もそこへやって来たが、かける言葉は見つからなかった。
少しして梅が泣き止むとヒックッ・・ヒックッ・・と目を擦りながら五徳を見つめた。
「あっ! ……そうだ!梅ちゃん」
と、五徳が言いながら、懐から匂い袋を取り出した。それは、織田家の家紋が刺しゅうされている綺麗な巾着であった。
そこに金塊を取り出して、
「ほら綺麗でしょ」
と、笑顔を作ると、いくつか見繕って袋に入れると、梅の首にかけた。
「そのような……」
梅の母親が遠慮しようとした。
「お気になさらず」
五徳は、そう言って更に自分の羽織を脱ぐと梅に掛けて襟元を整えて。
「ほうら、とても似合うわよ」
「ありがとう」
目を腫らした梅がつぶやくように答えた。
「どういたしまして」
五徳も、瞳を潤ませたまま笑顔で答えた。
その様子を、見ていた奇妙が、妹に向かい、うん《・・》と頷いた。
そこえ、野盗を蹴散らすように追って行った騎馬の一団が広場へと戻って来た。
野盗を何名か捉え、その手に縄を掛け連行していた。
先頭を歩く騎馬の大将が松を見つけると馬から降りて膝を着いた。
「村の騒ぎを聞きつけ駆けつけましたが、この様な所で姫君にお会いするとは……しかし、御無事で良かった」
「昌続殿。危ない所を助けて頂きありがとうございます」
松がその大将に頭を下げた。
この男の名は、土屋昌続という歳は三十、武田信玄の馬廻り筆頭格の一人である。
国主の馬廻りといえば、特に優秀なものが集められる。昌続は、その中でも更に優秀な者であった。
「菊姫様も居られるのですか?……何故この様な所に……」
二人の姫を交互に見て昌続が松に聞いた。
「父上様のお体の事を聞きましたので……一目お会いしたいと思いまして、南へ向かうところでした」
「そうでしたか……」
昌続は、納得したように暗い表情を造った。そして立ち上がると振り返り、
「惣藏!!貴様、姫君をこの様な危険にさらすとは、何たる失態!」
「申し訳ありません……兄上」
惣藏が畏まって頭を下げた。昌続は惣藏の兄なのである。
「昌続殿、惣藏は良くやってくれています、私の不注意です」
はなが、惣藏をかばうように話した。
「これは、侍女のはな殿ではないか……この様な少人数で……それに弁まで居るのか……」
「俺だってお姉ちゃんの護衛だよ」
弁が得意げに顔を袖で拭きながら言った。
「お前なぁ、喜兵衛が心配するぞ……」
昌続は、呆れたように友であり弁の父親の名を出した。
まだ何か言いたそうな昌続対して、松が、
「ごめんなさい。私が無理を言って甲斐を飛び出して来てしまいました」
済まなさそうに言ったので、それ以上は何も言わなかった。
そこに、騎馬が駆けて来た。その勢いのまま馬から飛び降りると膝を着いて、
「昌続殿!申し訳ございません。野盗の頭目を逃がしてしまいました……追手を出しましょうか?」
「もう良い。皆を引き上がらせよ。それから、この村の処置を頼む」
昌続は、武者に指示をすると、冷静な面持ち奇妙を見た。
「織田信繁殿だな」
「はい」
奇妙が神妙に答えた。
「御屋形様の命で貴殿を探しておった、共に来て頂こう。よいな?」
「わかりました」
これまた、奇妙は素直に答えた。氏郷も何も言わなかった。
この状況では、逃げられるわけは無い、そして逃げる意味もないからである。
「一度、高遠城へ向かう」
昌続は、兵達に命じて、
「惣藏!お前は姫君達をお連れしろ」
と、つけたした。
奇妙と氏郷は、自分たちの馬を連れてきた。
「良かったら、お乗ください。私が手綱を引きましょう」
と、奇妙が松に言った。
「あっ・・いえ・・・」
松が遠慮すると、
「じゃ私が乗るわ」
と、梅の髪を愛おしそうに撫でて、立ち上がった五徳が飛び乗った。
「奇妙様、こちらの方は?」
松が奇妙に聞いた。
「あっ。私の妹で、五徳といいます」
「よっ・よろしくお願いします」
松が慌ててお辞儀をした。
「こちらこそ、よろしくね。お姉さま」
五徳が馬上で返した。別に悪気があるわけでは無い、普段道理の行動である。
それに、自分より二歳下の松にお姉さまと言ったのも悪気はない。
「私は、せんでーす!」
せんが、伸びをするように手を大きくふると、おい出でと菊の手を取ると、氏郷の引いている馬に乗り、菊を自分の前に座らせた。
奇妙と松達は、昌続の兵に囲まれるように、高槁城へと歩みだした。
その様子を、梅と女将が見送るように立って居た。
五徳とせんが手を振る。奇妙達は黙って頭を下げた。
女将が深々と頭を下げている。
弁が最後まで立ち止まって梅を心配そうに見ていたが、振り返ると皆の元まで走り出した。
その様子を山の中腹から訝しげに見つめる者があった。
命かながら逃げ伸びた鬼熊とその一味である。
「頭、もう一度、村を襲いやすか?」
隣の男が言った。
「今日の所は、引き上げだ。それより面白い事を思いついた」
鬼熊は、不敵な笑みを浮かべ高遠へと向かう一行を眺めていた。