23 悪い予感
高遠へと続く緩やかな上り坂を進みながら、氏郷はぼんやり空を見上げていた。
「いい女だったなー」
氏郷が、言っているのは、はなの事である。
「冬が怒るぞ……」
奇妙が、氏郷の妄想に水をさした。ものの、氏郷の妻で奇妙の妹は、まだ十二歳である。大人の女性に憧れる気持ちは、奇妙にもわかる。
「お前も、さっきの娘が気になるんじゃねーのか?」
氏郷が、奇妙を茶化した。
「まぁな……」
奇妙の答えは、意外なものであった。
「あははは! お前もやっぱ男だな!」
氏郷は、友の肩をバンバンと叩きながら勝手に納得している。
しかし奇妙が気になると頷いたのは、村から出るときの怪しい一団を思い出していたからだ。
「さっきの怪しい一団だよ……村の男たちは、戦に駆り出されているって宿屋の主人も言ってたからな……」
奇妙は不安を友に話した。
「確かに。村を襲うには丁度良いか……」
氏郷は、納得した。
先ほどの旅の一行は、そろそろあの村に差し掛かる頃であろうと思った。
その時、風に乗って鐘の音がかすかに聞こえて来た。
「ねぇ見て! 煙が上がってるよ」
せんが、見つけて指をさした。
奇妙達の高台から見えるそれは、あの村の方角だ。
奇妙の、不安は的中したらしい。
――――。
「氏郷!!」
「ああ! いい女だったからな!」
奇妙は、友の名を呼んだだけであるが、氏郷にはそれで伝わった。
「ちょっと、どうする気よ! ここからじゃ間に合わないわ!」
五徳が言ったが。その発言は、的を得ていた。
「馬を外すぞ!」
「ああ!」
奇妙が言うが早いか氏郷も馬車に取り付いて連結を解いた。
「お前たちは、ここで待て!」
馬に跨って、奇妙が五徳に言う。
「嫌よ! 梅ちゃんが心配だわ!」
腕組した五徳が強い瞳で言った。
――――――。
「来い!」
奇妙の差し出した手を五徳が掴んだ。
力強く妹を懐に抱き寄せると友を見た。
そこには、馬上に槍姿の氏郷、その後ろには、鉄砲を担いだせんがつかまっている。
「一気に駆ける!」
奇妙が力強く言うと、
「おおう!」
氏郷も力強く答える。
「ヤァァッー!」
と、声を上げて、二頭の騎馬が駆け出した。
馬上で妹は、兄に抱かれてその顔を誇らしげに見上げた。