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22 さくら

 旅路を、春の日差しが温かく照らして、心地よいそよ風が過ぎて行く。

 高遠へと進む一行の前には、一本の桜が咲いていた。

 その向かいには、茶店ちゃみせが有った。

「ちょっと休んで行かない?」

「さんせーい!」 

 五徳の提案にせんがいつもの様に軽やかに答えると、奇妙達の返答を待たずに二人は、そそくさと街道に並べられた茶店の腰掛けに座った。

「まぁ、そうだな」

 奇妙は、二人の様子をみて独り言のように答えたが、茶店には行かず、桜の前に立った。

 山々を背にして一本だけ咲く桜がそうさせたのである。

「これは、風流だな」

 氏郷が、奇妙の横に立って言った。

 この武勇だけが取り柄の少年をもそう言わせる景色であった。

「ああ……」 

 奇妙は、心奪われるように、ただそれだけ答えた。

  

 そこに、向かいから旅人風の者達が数人やって来た。

 二十代前半の女性と、奇妙達と同じ歳ほどの少年、五徳より少し年下と思われる少女に、更に幼い少女と少年の五人である。

「おお! これは、いい女だ!」

 氏郷が、年長の女性を見て言った。

 腰まで伸びる黒髪がとても印象的である。十七の少年から見れば大人の女性の魅力がそこにはあった。

「聞こえるぞ!」

 奇妙が、友の発言を制して言った。

「しかし、コブ付とは……」

 氏郷には、その女性の子供たちに映ったようである。

 しかし、その予想は、的を外していたようである。

はな(・・)、少し休みましょうか?」

 その一行の中で、五徳より少し年下と思われる少女が、年長の女性に声を掛けた。はな(・・)と言うのが年長の女性の名である。

「はい。そうしましょう」

 はなと呼ばれた女性が少女の提案に答えると、

きくさま、弁丸べんまるも少し休みましょう」

 と、幼い少女と少年に話かけている。。

 はなに、菊と呼ばれた少女は十歳ほど、弁丸と呼ばれた少年は、まだ六歳ほどである。

惣藏そうぞう、貴方も少しお休みになって」

 少女は、奇妙と同じ歳位の少年を気遣って言った。惣藏そうぞうと呼ばれた少年は、少女より四・五歳は年上である。

「いえ、私はここで」

 惣藏は、そう言うと、少女から一定の距離に立ったまま辺りを見渡している。

 

 少女は、はなが、子供たちを茶店に座らせるのを見てから、

 奇妙の横に立って桜を見つめた。

 ―――――――――。

 春風が桜を揺らして、二人の間を過ぎて行く。

「綺麗ですね」

 桜を見つめたままの奇妙が、隣に立つ少女に言う。

「ええ・・とても綺麗・・・」

 少女も前を向いたまま答えた。

 ・・・が、の声は震えていた。

 奇妙が、少女を見ると、花を見つめたままの瞳から涙がこぼれた。

 その瞳を見た瞬間、少年は、時が止まった気がした。

「いかがされたのです?」

「桜の花の咲く頃にはと、ずっと待って居ましたのに……思いは叶わぬのですね」

 少女は、流れる黒髪を片手で抑えながら奇妙を見た。

 その直向ひたむきな眼差しが奇妙の心を震わした。

「きっと叶います・・・きっと」

 奇妙が優しく、そして力強く答えた。

「お優しいかた

 少女はそういうと、笑顔を作って照れくさそうに涙を拭った。 

 

 奇妙と少女は、それから言葉を交わさなかったが、二人は、ともに桜を見詰めていた。

 時が流れる――――とても長く――――そして、とても短く――――。 


(なんだかいい感じだな・・・)

 氏郷は、二人の少し後ろに立って見ていた。

 春の柔らかい日差しに包まれる二人の後ろ姿にそう感じたのである。

 氏郷の横には惣藏と呼ばれた少年も居たのだが、氏郷がその惣藏を見て何気に左に動いた。

 惣藏が、右に太刀を付けているのを見たからだ。

 突然切りつけて来るか? と身構えしたわけではないが、自然と出た作法である。

 それを、見た惣藏は、何気に右に動いた。

 更に、氏郷は左に動く。惣藏は右に動く。

 向かい合った二人が互いに、左に右に同じ方向へと動いて行く。

 そのうちムキになったのか、走り出して止まった。

 二人は、顔を近づけてガンをくれ合っている。

「嫌味な奴だ!」

 氏郷が、しかめっ面で言った。

「貴様こそ!」

 惣藏も、しかめっ面で応戦した。

 今度は、顔面合戦の様である。

「どうしたんだ?」

 奇妙が、声を掛けた。

「どうしたのです?」

 こちらは、少女である。

 顔面合戦の二人は、返事もせずにしかめっ面の応戦を繰り返している。

「あははは!」

 少女と奇妙は、二人の変顔をみて笑いあった。

「笑顔の方が、素敵ですよ」

 奇妙が少女を見つめて言った。

 少々キザだったか……と奇妙は思ったが、少女は嬉しそうに少年を見つめた。

 

 ―――その時。

「隙ありー!」

 という、可愛い声が響いた。

「うげぇ」

 と、何とも言えない呻きを上げて奇妙が倒れ込んだ。

 小さな少年、弁丸が奇妙にカンチョウしたのだ。

(・・・入った)

 弁丸の容赦ない一撃に、動けない。

「これ! 弁丸!」

 慌てて、少女は、少年を捕まえようとしたが、ピョンピョン跳ねると茶屋の方を向くと、

「お姉ちゃん見たー?!」 

と、拳を握ってニッとわらった。

「あはははははは!!!!」

 五徳とせんが手を叩いて大笑いしている。

「まぁ!」

 と、はなは、驚いて口に手を当てている。

(あいつらの差し金か・・・)

 奇妙は思ったが動けない。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 少女の気遣いに奇妙は、こらえて立ち上がった。

「は・は・は・・・元気のいい子だ」

 奇妙は、何ともバツが悪そうに苦笑いした。

「本当にすみません・・・」

 少年の代わりに、少女がハタハタと頭を下げると、

「私たちは、先を急ぎますので」

 と言って、お辞儀をして歩き出してゆく。

 はなも、少女にならって一礼して、子供たちを連れて歩き出した。

 惣藏は、氏郷を見てしかめっ面をしてから少女たちに続いた。

 氏郷も、しかめっ面を返すと、奇妙を向いて、

「俺達も行くか」

 と、声を掛けてた。

「そうだな」

 奇妙は、返事はしたが、何か気にかかるのか、一行が行くのを黙って見送っていた。




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