20 伊那道中1
翌日、一行は旅館の女将に礼を言って旅路についた。
東西に聳える山脈の間を天竜川が流れている。
伊那平を北へ進むと、飯田城が見えて来た。
「ほう。これが武田の城か! 見事だな!」
氏郷が、感動するように言った。
「ここは、美濃、三河の国境に対する押さえだからな」
盛信が、返答している。
「ふーん」
と五徳が何気なしに聞いていたが、
「ねぇ、あんたさぁ。突然押しかけて迷惑だと思わないの?」
脈絡も無く、奇妙に吹っかけた。
「ん? 何の話だ?」
それには、盛信が答えた。
「大好きな想い人に会いに行くんですって」
「甲斐の国までか?」
「そーぅよ! 付き合わされるこっちは、いい迷惑よ!」
「勝手に付いて来たんだろ」
「向こうは、縁が切れて良かったと思ってるんじゃないかしら?」
(こいつ……痛い所を突きやがって)
奇妙は、口には出さないが、不安に思っているのだ。
「それを、確かめに行くんだ!」
自分の不安を取り払うように強く言った。
「あはは! なんだお前。――許嫁でもいるのか? 甲斐の商家の娘か?」
「そんな所だ……」
「官九郎! 相手の第一声が、何しに来たの! だったとしてもお前の情熱はむだじゃねー!」
氏郷が、拳を作って言った。
(氏郷まで・・・完全に面白がってるな・・・)
「ある! ある! それー!」
五徳が氏郷に賛同して手を叩いてる。
「ほう……それは、見ものだな。はっはっは!」
盛信も話にのって大笑いしている。
(・・・こいつら・・・)
自分の不幸で盛り上がる仲間を見て、奇妙は、目が点になって居る。
そこへ、けたたましく蹄の音を立てて騎馬が賭けて来た。
その数、三十騎は、あろうか?
その数からして武田の将兵の一団であろう。
すると、騎馬の一団は、自分たちの前で止まったではないか。
奇妙と氏郷に緊張が走った。
――――が、目的は自分たちでは無かったようである。
「探しましたぞ! 盛信殿!」
騎馬武者の一団は、馬を止めると同時に下馬すると、片膝をついて畏まった。
「大学殿か! いかがした?」
盛信に、大学と呼ばれた男は、小山田大学助という。歳は三十五である。
盛信は、その慌てた様子を問うた。
「御父上が、……お倒れになりました……南の阿智村にてお待ちです」
苦悶の表情を浮かべながら、その声は絞り出すようである。
「そうか……分かった。直ぐに参ろう」
盛信は、神妙に答えた。
「そちらの、者たちは」
大学助が奇妙達の姿を捉えて聞いた。
「こいつらが、どうかしたのか?」
「いえ、織田家の嫡男が武田領内に居ると聞きましたので、歳も確か十五・六だとか……見つけ次第、捕えるようお触れが出ています」
「ほう………」
盛信が沈黙した。
「なるほどな……面白い奴らだと思っていたが……なるほど」
一瞬沈黙した少年は、納得がいったと言わんばかりに、奇妙と対峙した。
氏郷が咄嗟に、奇妙の一歩前にでた。
「やはりな。面白い」
「そうで、在るならば、ここで捉えるか? ……それとも、切り捨てねばならんな」
奇妙は、沈黙したまま動かない。
「何も言わねーのか?」
鋭い目つきで盛信が問うた。
問い詰められた奇妙に気負いは無い。凛と立ったまま、真剣な眼差しを盛信に向けたままだ。
二人の間に風が吹きぬけた。
――――。
「ハッハッハッ!。こいつらは、商家の旅人だ」
「そうでしたか」
大学助が、畏まって答えた。
「そういうわけだ。共に参りたかったのだが……済まないな」
「謝る事ではない、早く行ってやれ! お父上を大切に」
奇妙が答えた。
「友との再会を楽しみにしているぜ!」
氏郷が、おでこを摩りながら言った。
「友か……」
盛信もおでこを摩りながら、氏郷の言葉を繰り返した。
「ああ。友だ! また会おう」
今度は、奇妙が凛と答えた。
五徳とせんも奇妙に続いて笑顔で頷いた。
「ははっ! この盛信様を友とは、偉そうな奴らだ!」
盛信は、きっぱり言ったが、何処か照れくさそうである。
「素直じゃねー奴だ!」
氏郷が盛信に返した。
「まったくだ!」
奇妙が笑顔で頷いた。
盛信が、大学助の引いて来た馬に跨って一行を見渡すと、
「また会おう! そなたであれば、許嫁の娘も喜ばれよう」
悠々と言放つと、兵達に声を掛け一気に駆け出して行った。
「ふうーん。あいつも中々良いとこ有るじゃない」
「にゃはは! まったねー」
五徳がつぶやく横で、せんが手を振っている。
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