13 屋敷2
…………和やかに食事をする一同が沈黙した。
「信長殿の心情は分かりませんが、私は仕方のないことだと思います」
奇妙は、答えた。
「ありがとう」
静かにお直は答えると、
「私も織田家の人間、この岩村の重臣の方々を諌める事が出来ませんでした……坊丸の事も…………」
申し訳なさそうに続けた。
「我が武田にとっては、有り難い事である。しかしお直殿の心中は複雑であろう、お察しいたします」
虎繁が優しく言うと、お直が礼をした。
「叔母様は、悪くは無いわ! 全部、遠山の家臣たちがいけないのよ」
強い口調で五徳が言った。
遠山景任が亡くなった後、城主となったお直ではあるが、家臣達が武田に付くと言う判断は、覆せなかった事を言っているのである。
五徳は、怒り冷めぬと言った感じで、
「本当に叔母様可愛そう!」
「五徳殿、お直殿は私が守ります故、心配めさるな」
虎繁が堂々と言った。
が、虎繁は、固い表情で赤くなっている。
「あれ・・・おじ様は、叔母様が好きなのかしら、良かったわね! おばさま♡」
「これ! 五徳ちゃん、何を言い出すの」
これまた、お直も赤くなった。
「おい五徳!」
奇妙が五徳を制したが、
「いいじゃない。おば様が幸せになるならそれが一番よ!」
「はははっ。その歯に衣着せぬ物言い、信長殿の様じゃな」
五徳の物言いを虎繁は、面白そうに信長に例えた。
この際どい発言は、その他の三人をビクッとさせた。
(おいおい、バレてるんじゃないか)
氏郷が奇妙に目配せしたが、
(そうかも知れないな……)
と、言った感じで、何とも言えない表情を作って奇妙が返した。
相手が、真相を追及しない以上、自分たちから名乗る事も無いからである。
……それに武田の武将である、信長を知るはずもない、ただの冗談かもしれないのだ。
「そなた達は、尾張の商家だと言ったな」
「はい……」
「我が武田は、三河の徳川を制した。そしてこの岩村も」
そういうと、虎繁は男の目つきで、
「次はいよいよ織田との戦いになる、どちらが勝つと思う? ――尾張の者の意見を聞いてみたいと思ってな。遠慮なく申せ」
「織田が勝ちます」
「おい! 勘九郎! 遠慮しろよ」
氏郷は、お吸い物を口からブーと吐きながら、慌てて突っ込んだ。
「よい、よい、そなた達も鍛えておるようじゃな、戦いになったら、織田方の兵として戦うか?」
「はい」
二人が凛々しく答えた。
氏郷は、両手を広く着いて頭を下げた。
奇妙は、虎繁を真っ直ぐ見つめたままだ。
「うむ、それは楽しみにしておる」
虎繁は、満足げであった。
虎繁は、食事が終わると、侍女に白湯を持ってこさせた。
「そなた達から預かった太刀をお返ししよう」
と言うと、奇妙の太刀を抜いた。
虎繁が一振りして、かざして見つめた。
「見事な一振りじゃ、郷義弘か?」
「良くご存じで」
さすがは、武田の将であると奇妙は感心したが……ん? と思った。
その太刀は、化け物と義弘は見たことが無いと言われるほど希少なものであったからだ。
「曇りの無い太刀じゃ。勘九郎殿、そなたに相応しい」
「ありがとうございます」
奇妙は、太刀を受け取って礼をした。
「甲斐までは、まだまだ先が長い、そなたたちの出で立ちでは、不信がられよう、ここに私の書状がある。関所を通るおりは見せるがよい」
そういうと書状を奇妙に渡した。
「いや……そこまでしていただけるとは…………」
余りの気遣いに奇妙は困惑した。
「そなた達は、お直殿の知り合いだからな、旅路に不都合が有ってはまずかろう」
「おじ様~、点数稼ぎですか♡」
五徳がすかさず茶化した。
「まぁ。五徳ちゃんたら」
お直は、恥ずかしそうに言った。
「にゃはは! お二人さん赤くなってますよ!」
せんがにこやかに笑った。それを見た奇妙と氏郷も笑顔である。
「……ゴホンッ。門まで送ろう」
「……そっ……そうですわね」
二人は気まずそうにしたが、奇妙達には微笑ましく映った。
屋敷を出ると、虎繁が兵達に声をかけた。
「警備はもう良い。遠山の兵は近づけていないな?」
「はっ。ご命令どおりに」
「よろしい」
「この旅の者は、お直殿の知り合いじゃ、失礼の無いように、関所番にも申し伝えよ」
言われて、警備兵は駆け出して行った。
虎繁が兵と話している隙に、奇妙がお直に小声で話しかけた。
「叔母上、坊丸の事、私は気にしていません。心病まれませんように」
「私の事を心配するほど、立派に成られて」
お直は、少年の成長に喜ぶように笑顔を作った。
虎繁がやってくると、
「旅の無事を祈っておる」
「お気をつけてね」
「おば様もお元気で」
五徳がお直に抱き着いた。
「お直殿、虎繁殿、お世話になりました、お気遣い感謝いたします」
奇妙が礼を言うと、氏郷とせんも礼をした。
「岐阜の鮎をまた馳走になりたいものだ」
別れ際に、虎繁が言った。
「…………あっ」
奇妙は、ハッとして、
「いつでも」
と笑顔を作った。
旅の一行が離れていくのを二人は、見つめていた。
「虎繁さま、ありがとうございます」
お直の言葉には、気持ちがこもっていた。
「相変わらず良い目をしておる」
虎繁は、前を向いたまま言った。