11 関所2
向かい合う二人の空気が動いた。
先に打ったのは奇妙である。
右上から大ぶりな一撃でであった。
「フン。そんなものか」
盛信は、左にかわしながら一撃を入れる。入ったと思った瞬間、自身の木刀は左に薙ぎ払われた。
奇妙の返しの凄まじい一撃、初段の非では無い。
一気に間合いに入った奇妙は更に返す刀で盛信の首を狙った。
(決まった!)
氏郷は思った。
―――次の瞬間。
奇妙の体が後ろへ飛んだ。
盛信は体当たりしたのだ。体がぶつかる瞬間奇妙は、自分から後ろへ飛んだので、衝撃は無い。
「ほう。あいつ中々やるじゃねーか!」
氏郷は、感心した。奇妙に打ちこまれなかった、盛信を褒めているのである。
二人は、間合いをとって向き合っている。
またしても先に打ったのは奇妙である。
盛信めがけて一気に突いた。
その一撃を右へ薙ぎ払うと、盛信が奇妙の懐に入る。返す刀で奇妙の顔面めがけて打って来た。
奇妙はそれを右にかわし、踏み込むと同時に瞬足の一撃を盛信の首元へ放つ。
盛信は、かわさなかった。
更に刀を返し奇妙の首元へ打って来たのだ。
互いの斬撃が、首の既の所で止まった。
――相打ち!
眼光が重なる――二人は、面白いとばかりに鋭い眼差しのまま口元に笑みを浮かべた。
「それまで!!」
重厚な声が二人をとめた。その男は、馬に乗ってそこを通り掛かったのだ。
「何の騒ぎですか?」
こちらは、女の声だ。男の後ろから馬に乗ってやって来た。
二人を見るなり、関所番の兵達は跪いた。
馬上の男は、秋山虎繁。歳は四十五、武田信玄の側近中の側近である。その風体には、歴戦の猛者の風格がある。
虎繁の横に馬を付ける女は、品のある美しさを漂わせている。
名を、お直という。歳は三十七。この岩村の城主である。
盛信は、礼もせず二人を見て、
「退屈しのぎに遊んでいた所です」
悪びれた風もなく答えた。
その時、奇妙と馬上の虎繁の目が合った。
虎繁の顔色が一瞬変わった。
「そなた達は、旅の者か?」
「はい。熱田の商家の者です。これから富士の山を見物に参る所です」
虎繁は、奇妙の目を見たまま沈黙した。
それを見た氏郷は緊張した。
(――――やばいな………)
鋭い目つきになり肩に担いだ槍を握り返した。
少年たちにもその男が、兵達の指揮官である事は一目でわかる。それは武田の武将を意味するのである。
更に問題は、岩村城主のお直の方である、奇妙の祖父信秀の妹なのだ。
お直には、素性を隠せるはずもない――!
「虎繁どの……」
お直が虎繁の名を呼んで何かを話そうとした。
奇妙の手が太刀の柄に触れた。
「この者達は……」
「こいつらを連行せよ!」
お直が何かを言いかけたが、虎繁の言葉がそれをかき消した。
関所番達は、一斉に奇妙に向かって槍を構える。
その瞬間、氏郷が槍を構えて奇妙の一歩前に入った。
「どうする? 押し通るか?」
「ああ」
――奇妙が太刀の柄に手をかけた。
一触即発。その場の空気が氷ついたかのようである。
「はははっ! 若者は威勢が良いな! 手荒な真似はせん。おとなしく付いてまいれ」
虎繁の声は、有無を言わせぬ威厳があった。
お直は、何も言わすに見ていた。
「共に来て頂こう」
兵が、奇妙と氏郷に促したが、二人は構えを解かなかった。
多勢に無勢である。
「覚悟はいいか?」
「ああいつでもな」
奇妙が、氏郷に聞いたのは死の覚悟である。それに氏郷も当たり前といった感じで返す。
「うおおお!」
氏郷が槍を振り上げる。
奇妙も太刀を抜いた。
が、…………! 二人の動きが止まった。
目の前を五徳とせんがスタスタと歩いて行くのが見える・・・・・・。
「何してんの? 行くわよ」
それだけ言うと二人を無視して、虎繁の方へ行ってしまった。
「これは、賢いお嬢さんだ」
虎繁は、言うと馬を返して先に歩き出した。お直もそれに続いた。
その後に、五徳とせんが、それに続いて行ってしまった。
(・・・・・・・)
死を覚悟した二人がそこに取り残された。
「おっ……おい!」
拍子抜けしたようにポカンとした二人が、慌てて少女たちの後を追った。
その様子を見ていた盛信が、
「ほぉう…なるほど……商家の旅人ねぇ。面白い奴らだ」
と、言った。
今回は、記号の使い方にて新たな試みをしてみました。
・・←この記号は、…←三点リーダーを二つセットで、……このように使うのが正しいとされています。
されていると書いたのは、使い方に決まりは無いと主張されるかたもいるためです。
しかしなぜ一般的に正しいとされているか?
明治時代、新聞などは、文字のハンコを並べて印刷していました。その時のハンコが…←これが二つセットで一つのハンコだった事から、セオリーになったといわれています。
ついでに述べますと、頭文字一文字下げや、!←のあと空白をあけるなどあります。
これは、当時の読みやすさへの配慮から工夫された事であると思うのです。
現在では、当時の工夫を守らないと、間違いだという風潮があります。
しかし、読みやすさや状況をより伝える方法は進化してもよいのではないかと考え、今回は試してみました。
例えば、コミカルな場面
「えっ! 誰も居ない!」 ・・・・・・・・! ヒューっと風が吹き抜けた。
「えっ! 誰も居ない!」 ……………………! ヒューっと風が吹き抜けた。
「お・ま・え・なぁ……」「お……ま……え……なぁ……」では、コミカルな場面として読者が受けるテンポや臨場感は、前者の方が高いと感じます。
現在すでによく使われる実例としまして、「お……も……て……な……し」があります。
これは、「お・も・て・な・し」の方が、イメージが伝わりやすいと考えられ後者になったと考えられます。
・・・表現の幅を広げる新たな試みとして、試してみましたが、ご了承願えたら嬉しくおもいます。
「ほぉう…なるほど……商家の旅人ねぇ」「ほぉう……なるほど……商家の旅人ねぇ」
これは、何か言いたげな台詞の間なのですが、私の中では同じ間ではないんですよね。
映画でも役者さんに、台詞の間は偶数秒でお願いします。奇数秒は、だめです。って事はないと思いますし。
ハンコ印刷であれば、後者しか選択肢がありませんが、現在は、この微妙な間ですら表現できるのに、もったいないと思います。
今回、新たな表現の幅を広げる試みとして、お試しで使ってみました。