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Ⅱ-i 着々と役者は揃いつつ

 寒い冬が終わった春先、人々は自然浮かれ、浮かれた人間が集えば祭りとなるのは必然といえよう。この時期ラカ王国では花祭りがそこかしこで開催され、春の訪れを祝う。上流貴族とて花を愛でる心は存在し、庶民のような賑々しい祭りとは全く違うものの、連日のように華やかな舞踏会が催される。

 そんな舞踏会を覗いてみると、最近のご婦人方の最新流行はすっきり歩きやすい型のドレスらしい。軽やかなドレスに、意匠を凝らしたネックレスやイヤリングなどの装飾品を組み合わせることで、衣装と装飾、そして飾り立てた本人を、一層鮮やかに演出している。

 これはラカ十一世の頃から見えていた傾向ではあるのだが、シーナが玉座についてますます顕著になった。そもそも流行の始まりが、舞踏会で一番飾りの少ない衣装をまとっていた少女をシーナがこの上なく褒め称え、誰もが称賛するような舞を二人で踊ったことだというのだから当然の成り行きだろう。流行の発信人はほとんど無名の貴族で単純に貧しくてそんな恰好で出ていただけなのだが、質素なドレスで引き立つ外面の美貌と、腐っても貴族の高い教養からくる内面的な美しさを兼ね備えており、シーナがスポットライトを当てずとも皆の目を引いていたのだ。因みにそれがきっかけで良縁に恵まれ、今では貧乏貴族を脱したとか。

 そんな最先端の流行を真っ向から否定するように、一段二段三段と、思わず数えたくなるほどに重ねられた段々のフリルが腰から広がり、いかにも歩きにくそうなごてごてしいドレスで着飾った女性が一人、城内に入り込んだ彼女同様ごてごてしい馬車から、手をひかれて降り立った。

「ニージェンバルト帝国三の姫、リーナ姫のおなありい!」

パンパラッパー、と爽快なラッパの音色が先に待ち構えていた楽士たちの手により奏でられる。その音色よりも一層優雅に降り立った姫は、扇で口元を覆い、手を引いていた側近に漏らした。

「それで、この私がわざわざこんな辺境の国まで嫁ぎにきたというのに、王は迎えにも来ない、と。」

ひそり、と眉根が寄せられ、隠れていない部分だけでも不機嫌さが顕わになる。囁かれた側近は冷や汗をかきながら言い繕った。

「姫様のご到着をお聞きになりまして、それはそれはお喜びになったそうなのですが、いかんせん玉座を交代してから激務が続いているそうで……。その分今宵は姫様のための盛大な宴を催すとのこと。姫様におかれましては、それまでごゆるりとお過ごしになるように、と……。」

「お黙り!」

ピシャリ、と扇が閉じられる。顕わになった口元はへの字に曲がり、ご機嫌斜めこの上ない。八つ当たりされている側近の冷や汗がますます流れ落ちる。

「このような田舎で何をして過ごせというの!?退屈で死んでしまうわ!」

「姫様、そのようなことはどうかお部屋で……。」

「いいえ構いませぬよ。美しい姫君の御言葉ならば、どのような毒もかぐわしい蜜に変わるというものですからね。」

退屈で死にそう、と眉根を寄せていた姫の視線が、降ってわいたように現れた目の前の馬とその上にまたがる人物に釘着けになった。

「無礼な!この国では客人を迎えるのに馬に乗ってするというのですか!」

姫のその台詞は、いちゃもんとしか言いようがない。姫の祖国でも通常正式な出迎えは地に着いてするものとはいえ、乗馬して出迎える慣習が全くないわけでもない。先ほどから冷や汗をかいていた側近は、ますます冷や汗をかきながら目の前の人物二人を交互に見つめた。

 いちゃもんつけられた黒髪おかっぱの人物は、軽く笑って馬から降りると、姫の前に膝まづき、優雅に一礼すると、流れるような動作でその手を取り口づけした。

 口づけされた姫はニージェンバルトと違う流儀と、それ以上にその動作の優雅さに驚いて、普段優雅な動きに見慣れているのに不覚にもみとれてしまった。

 そんな姫の心を知ってか知らずか、その瞳を覗き込みながら、若者の瞳がにこりと笑う。

「失礼致しました。ニージェンバルトの作法を知らぬ田舎者故、お許しくださいませ。それとこの馬は姫君に退屈な思いをさせまいと連れて参ったのでございます。」

「曲芸でもしてくださるというのですか?」

先ほどまでの不機嫌さからくる意地悪と、単純な目の前の人物への好奇心とがないまぜになって、姫の目がきらりと光った。目の前の人物は笑い、首を振った。

「私に姫君にお目にかけられるだけの技があればよかったのですが。そうしたら麗しの姫君の視線を一人占めできたでしょうに。」

「では何のために連れてきたのです?」

もはや姫の口調に不機嫌さはなくなっていた。リーナ姫は完全に、目の前の人物に対する好奇心で満たされていた。

「もし姫君が長旅の後でも少々の元気をお持ちのようでしたら、中心区画のご案内をば。」

「中心区画?」

姫が小首を傾げると、あいや、と若者は自分の失敗を笑った。

「言葉というものは時に難しい。ニージェンバルトの言葉は美しいと聞いて習ったが、習得は難しゅうございますな。

 つまり、この城を含む王家の領域のことにございます。大した広さではありませぬが、歩いて回るとなると長旅の後の姫君には辛うございましょうからこちらの(はく)兎羽(とば)にて。」

「馬で城を回るというのですか?」

「勿論城内は姫君といえど御歩き戴きますとも。ああしかし姫君が御望みとあらば、私目がこの二本の腕で姫君をお運びしてもよろしいでしょう。姫君は長旅でお疲れでしょうからね。」

そう言って、悪戯っぽく姫に向かってウインクする。出会い頭のリーナ姫ならば無礼な、と叱り飛ばしたであろうが、思わずそれほど背丈の高くない目の前の若者に抱えれられ、自分がその首に腕を回して支えにしているところを想像して顔を赤らめてしまった。

 と、姫はふと重大な事実に気づく。

「それで、そなたの名前はなんというのです?」

「これはこれは、失礼いたしました。私は姫君の案内を任されました「シーナ様!!」」

途端、若者の目が悪戯っぽく煌き、そして残念そうに笑って後ろを振り返った。そこにはゲーム終了の合図を告げる怒った執政官ニージェの顔があった。

「遠い異国から遥々訪ねてくださった客人の前でそのような顔をするな。」

シーナはリーナ姫に通じない、ラカ王国の言葉でニージェに言った。ニージェは急ぎ笑顔を取り繕ってリーナ姫に軍官らしい態度で一礼した。そのままラカ王国の言葉で姫に挨拶する。

「ご挨拶が遅れました。ラカ王国執政官ニージェと申します。遠きニージェンバルト帝国より我が国へ遥々ようこそいらっしゃいました。ここにおります者が一同心づくして滞在中のお世話を致します。どうぞごゆるりとお過ごしください。」

ニージェの言葉で、シーナに出番を奪われてから黙って控えてばかりだった迎えの一隊が姫にむかって礼をした。

 ニージェの言葉は側近によって姫に伝えられ、すぐさま姫の表情に戸惑いが浮かぶ。

「ではあなたが、新しき王――?」

呆気に取られて、姫はシーナをまじまじと見つめた。シーナは困ったようにニージェを見やって笑った。

「本当は、もっと後で言って驚かそうと思っておりましたが……。見つかってしまいました。」

悪戯っ子のように笑う。そんなシーナを見て、言葉はわからずとも検討がつくのだろう。ニージェがしかめつらをした。

「申し訳ありませぬが、白兎羽にお乗せするのはまたの機会に。」

シーナはそう言って一礼すると、別れ際、姫の耳元に声を低くして囁く。

「あなたを攫えなくて残念です。」

さっと離れ、ニージェを従えて城内へと戻りゆく。後に残った姫の頬は、扇の陰で真っ赤に染まっていた。





 執政官ニージェは呆れながら横を歩くシーナに言った。

「陛下、候補は公平に扱う、とおっしゃってませんでしたか。」

その言葉を聞いてシーナは愉快そうに笑った。

「花婿候補、はな。花嫁候補に関しては何も言ってないさ。」

「その通りですが……。というか花嫁候補っていたんですか?」

ニージェのその呆れた口調は、シーナに対してというよりニージェンバルト帝国に対してのものだった。ニージェンバルトはラカ王国の新王を慣習通りの男と思い、ろくに確認もせず花嫁候補としてリーナ姫を送ってきたらしい。シーナはくつくつと笑った。

「いやあ、ニージェンバルトが平和ボケしてるとは聞いてたが、あそこまでとはなあ。あの様子だとまだ気づいてなさそうだが、まあいいんじゃないか?今までの候補で一番私の好みを突いてるのは確かだ。」

「そりゃ陛下は女の子なら誰でも好みじゃないですか。」

「失敬な。私だって女の子に対して好みくらいある。ただ女の子ならば多少好みから外れていても結局可愛いというだけで……。」

「男に対してはこの上なく手厳しいのに、ほっんと婦女子に対しては寛大ですよね。」

呆れと、もはや感心すらこめてニージェが言うと、シーナは男らしく豪快に笑った。

「はは、それがモテるコツさ。お前もいい線いってると思うぞ?」

「私は細君一人幸せにするので手いっぱいですよ。陛下みたいな愛のふりまき方できません。」

ふと、シーナの表情がまじめになった。そしてこの上なく残念そうに言う。

「お前のそういうとこがなあ。……うん、お前は私の知ってる中で一番のいい男だよ。」

「は、なんですか?どういう意味ですか?」

気持ち悪い、と言わんばかりの口調である。シーナは笑った。

「いや何、そうやって奥方をこの上なく大事にしてるのを見るとな、どうして世の男どもは同じようにできないのかと……。」

しみじみ言うシーナに、はてな、とニージェは小首を傾げる。

「できるできないっていうか、惚れたら自然そうなるだけです。シャロットだってあれで中々愛妻家じゃないですか。ってかなんですか急に?誰か思い出しでもしましたか?」

ニージェの冗談のようにも取れるその言葉に、シーナは笑って、話を変えた。

「ニージェンバルトは近くはない上平和ボケしてるが、大国は大国だからな。自分で気づいてもらうのが一番だろう。公の場に出る前に、な。せっかくのその機会、お前が潰してどうする?」

ニージェはその言葉に顔を顰め、ふん、と鼻を鳴らした。

「少なくとも一人以上、我が国に関心を持っている輩がおりましたら一時も経たない内に間違いに気付きましょう。公の場に出る前に気付かぬならば自業自得にございます。」

明らかに、この執政官は平和ボケしているニージェンバルトに悪印象しか持っていなかった。

「名前の由来所だというのに手厳しいな。」

「お陰様で改名したくなってきましたよ。あのような阿呆の集団と繋がりあると思うだけでおぞましい。」

そう言って大げさに身震いする。普段はシーナと今一人の執政官シャロットの強弁を和らげる控え目な存在なのだが、腐っても叩き上げの軍人、無能な人間には手厳しい。

 そんなニージェだからこそ気に入っているシーナは、軽く笑って賛同を示し、話題を変えた。

「まあ何はともあれ、これで候補は揃ったわけだ。それでお前は、誰に賭ける?」

悪戯っぽく笑うシーナに、ニージェは再び呆れた。

「ご自身の一生が決まるってのに、何とまあ楽しそうですね。」

「はっはっは、人生の峠は越えたからな。もう後は楽しいことしか残ってないさ。それでお前から見て誰が最有力候補だ?」

そのシーナの言いように眉間に皺を寄せながらも、ニージェは指折り数え上げる。

「まあケパルドは真っ先に名乗り上げるでしょうね。いらしている三の王子もケパルドの気風に違わず喧嘩っ早いようですし。」

「おいおい、言葉が悪いぞ。せっかく正式な国交を開いたんだ。もっと友好的な言い方をしろ。」

顔を顰めてシーナが窘めると、ニージェはにやっと笑った。

「褒め言葉ですよ。我が陛下と同じだと言ってるのですから。」

それを聞いてシーナは、怒るどころか皺を消して笑った。

「はっは、確かにな。素早い特攻はケパルドと我に共通する美徳よ。それで?」

「そうですね、他はまだ何とも言えませんね。」

あっさりすまして答えるニージェに、シーナは不満そうだった。

「無難に済ませたな。……まあいいか。今宵の舞台でわかることだ。」

そう言うとシーナは、ふっと目線を渡り廊下の外、中庭の方へ向けた。見晴らしのよい中庭には、建国時に創られ遷都する際に一緒に移動したという彫刻を戴く立派な噴水があるだけで、人の気配はない。月に二、三度は城内で暮らす下働きの者たちのために、許可された商人が店を連ねる市があるのだが、今は各国の要人が集まっているのでしばらく中止だ。現在のがらんどうな中庭を見て、溜息を吐く。

「……何ともつまらんな。」

ニージェはその言葉に同意も否定も示さず、黙って眉根を寄せるのみであった。

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