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Ⅰ-iii 花嫁に届けられた衣装

 がやがや賑わう雑踏はさすが王のお膝元、活気に溢れ人に酔ってしまいそうなほどである。生まれてこの方田舎暮らししかしていなかったカイにとって当然慣れぬもので、あっちによろよろこっちによろよろしながら夕飯の買い物を着々と済ませる。

「あ、すみませ「いってえなあ、」」

眼光鋭いあんちゃんがじろり、とカイを睨みつける。……まずい、非常にまずい展開だ。

「目ん玉ついてて人様にぶつかるたあ、どういう了見だ?」

ああん、とさらに一睨み――完全なるイチャモンである。逃げ出したいものの、既にがっちり襟首掴まれてしまって叶わぬ願いである。

「すみません、都に慣れてなくて「おうおう、田舎もんってわけか。じゃあちょっと王都の常識ってやつを教えてやんねえと……あん、誰だ!今取り込み中だ!」

カイに向かって振り上げられた手を止められて、男がばっと振り向くと、そこに立っていたのは王都で数少ないカイの見知った顔だった。

「陛下のお膝元で揉め事起こすなんざ、いい度胸してんな。お前こそどこの田舎から出てきたちんぴらだ?」

黒猫チィをからかうような軽さはどこへやら、どすの利いた低い声で、平服姿の救世主ブレッドは男に言った。男は頭に血を上らせて真っ赤になった。

「田舎もんだと!?てめえ……いてててて!」

――呆気ない幕閉じであった。はらはらしていた見物人が、思わず物足りなく思ってしまうほどの呆気なさである。ブレッドはさっさか腕をひねり上げ、気づけば男は地に伏せられていた。

「ブレッド隊長!」

騒ぎを聞きつけた治安隊の一団が再び散ろうとしている人波を掻き分けてやってきた。彼らを一目見ると、「遅い!」と一喝した。

「おかげで一仕事しちまったじゃねえか。全く。」

「いいじゃないですか。隊長の男前度ウナギ上りですよ。」

「はん、こんなちんぴら一人くらいじゃあ、大して目立ちもしないさ。これで助けたのが美女だったらまた違うんだが。」

「休日に人助けってだけでも人気上昇ですって。でも近衛でもこの時期休日もらえるんですね。」

ブレッドをよく知るらしい治安隊員が彼の平服姿を見てそう言うと、ブレッドはその言葉を否定した。

「いや、休日ってえかな……。ま、いいや。ほら、さっさと仕事戻れ。」

しっし、と追い払う動作をすると、笑いながら治安隊員は先ほどのチンピラ連行の一行に加わった。

 一同が行くと、くるり、とブレッドはカイに向きなおった。

「ありがとうございました。いやあ、王都って怖いんですね。」

カイがしみじみ言うと、ブレッドは眉根を寄せた。

「そんなこたあないさ。さっきみたいに問題起こす奴がいたら治安隊がすぐ飛んでくる。王都に暮らしてる連中はその辺心得てっから滅多なことはないんだ。」

周囲の人々は騒ぎが呆気なく収まったのを見届けてすでにすっかり解散して、元の流れに戻っていた。二人はそんな往来で立ち止まったまま、話を続けた。

「そういやブレッドさんって、やっぱ近衛なんですね。しかも隊長!」

カイが感心して言うと、ブレッドは頭をかきかき否定した。

「確かに俺は近衛に配属されたが、隊長は俺じゃあないさ。隊長ってのは昔治安隊に配属されてた頃の名残でな。因みに今のこの区画の治安隊隊長はさっきの奴だから覚えとくといい。」

なんだかんだと親切な人である。確かに数々の問題発言もしているが、どうしてアズリルにあそこまで毛嫌いされているのか理解できない。

「あ、俺そろそろ買い物行かないと。ほんと、ありがとうございました。」

重ね重ね礼を言ってそそくさとカイが立ち去ろうとすると、首根っこ掴まれ止められてしまった。

「待った!助けたのはついでだ。元々お前さんに用があったんだ。」

「へ!?」

驚いてカイがブレッドを見ると、ブレッドも困ったようにカイを見つめた。

「というより、さっきのも任務内の行動だな。……実はな、陛下直々の命令で護衛を任されてな。」

「へ、誰の!?」

思わず聞いてしまったが、話の流れからして一人しか考えられない。……案の定、ブレッドはカイを見つめて言った。

「お前さんの、さ。俺としてはレント殿に護衛つける方が先決だと思うんだがな。とっておきの切り札をつけてあるから大丈夫だと、教えてもくれない。」

「はは……。」

確かにアズリルはとっておきの切り札の名に相応しい。アズリルの話ぶりからすると、どんな側近でも黒猫チィの正体は知らないのだろう。

「ま、どうせ魔導師か何かだろうがな。……もしかしてチィだったりして。」

はっはっはと笑う。……鋭い。本人冗談のつもりでもさすがシーナの近衛をやっているだけのことはある。まさかカイがチィの正体をばらすわけにもいかないのでカイはぎこちなく笑うしかない。

「それにしても、どうしてまた俺の護衛なんて……。」

話を逸らしついでに心からの疑問を発する。――執政官である師匠ならともかく、平平凡凡な一少年のカイなぞ護衛する必要があるのだろうか。

「さっき絡まれてた奴が何を言う。」

「いやだってあれは単なる偶然で……。」

実際助かったが、ブレッドの言う通り治安が整っているならそれほど心配するようなことでもないはずである。しかしブレッドは溜息をついて、指を振りながらちっちっちと舌打ちした。

「ありゃあ確かに幸運なことに偶然だがな、王に次ぐ最高権力者の同居人がたった一人の弟子ってなったら、世界最強間違いなしの師匠よりも狙われる確率格段に高いぞ。」

「え!?」

……言われてみれば、確かにそうかもしれない。考えてみると、現在の師匠は名実共に世界最強の魔法使いでそもそも標的にされないだろうし、されてもシーナの命令受けてるアズリルが嫌々だろうと護ってくれるだろう。だが執政官なんて権力ある人間はどんな人間がなろうとも敵ができるはずで、そんな奴らが本人狙えないとわかったら次に狙うのは周りの人間で、それ即ちカイである。

 とは言っても、偶然通りすがりにいちゃもんつけられたばかりとはいえ、実際そんな立場に立ったことなぞ皆無の人間にとって、いきなり実感湧くはずもなく、そんなもんかと納得してしまうだけだった。

「でも王様の護衛やってる人が護ってくれるんなら、安心ですね。」

なんだか能天気にそんなことを言ってしまう。そんなカイに呆れたのか感心したのかブレッドは溜息を吐いた。

「さすが世界最強の魔法使いの弟子は肝が据わってんなあ。……やっぱお前さんも相当な魔法使えるのか?」

「いや、俺の場合飛んだり飛ばしたりするくらいで……。しかも杖ないと上手くいかないんですよねえ。」

あはは、と笑う。魔法の腕はアズリルどころか、王都の普通の魔法使いにも及ばない。喧嘩なんて幼い頃以来だからわからないが、魔法の腕以上にからっきしなのは確実だろうから、ブレッドがいなければ自分の身一つ護るのに苦労しそうである。

「じゃあ杖はいつも持っておけ。それと護身術も教えてやる。身を護る努力はなるべくしといた方がいい。……ああ、あと『花屋』にも連れていかんとな。」

「え、それ何か関係あるんですか?」

ブレッドが『花屋』と言うからには、普通の花屋でなく、万年春真っ盛りの花を売る『花屋』であろう。

 カイが疑わしげに言うと、ブレッドはにかっと笑って胸を張って答えた。

「もちろん大ありさ。ま、こんな真昼間から行くわけにもいかんからな。とりあえず買い物を済まそうや。」

意味ありげに笑ったまま、カイを助けるため放置していた荷物を持ち上げる。改めてよく見ると、何やらブレッドには似つかわしくないリボンと造花で大層可愛らしく包装された箱があった。

「それ、何ですか?」

もしや『花屋』に行くための土産!?とか思っていたら、ありがたいことに違ったらしい。

 ブレッドも中身を知らないのか疑問顔になる。

「ああ、陛下に持って行けと言われてな。レント殿への土産にしてはごてごてしいから、陛下一流の冗談ですかと尋ねても、行けばわかるの一点張り。なあ、中身何だろうな?」

「さあ……?」

シーナの考えなぞ、さっぱり見当がつくはずもない。不思議そうに首を捻るしかない。

 しかしカイにはそれが誰にあてたものかは、すぐにわかってしまったのであった。




 二人が帰ると、扉を開けた途端盛大な言い争いが聞こえてきた。

「……から何度言えばわかりますの!?普通の家の家事くらい私には造作もありませんわ!」

「だからって俺の気分転換取るな!いいか、大事なのは結果じゃない、過程なんだ!」

「なあに格好つけたこと言ってんですの!格好つけたところで所詮掃除のことでしょうに!大体あなた執政官の仕事で家事やってる暇なんてありませんでしょうが!そんな暇あるんでしたら……」

ぴたり、とアズリルの言葉が止まる。そして唐突に、呆気に取られてどこで口を挟めばいいのか迷っていた二人に目を向けた。驚きと戸惑いと、それから嫌悪のようなものの交じった表情で。恐らく嫌悪の対象であるブレッドは、もちろんにっこり笑った。

「よかった、いつ声をおかけしようか迷ってたんですよ、元気のよろしいお嬢さん?」

そう言って、ブレッドはアズリルに優雅に一礼した。ブレッドの頭の上でアズリルの顔が一瞬嫌そうに歪み、カイに目で「どうしてこいつを連れてきた?」と語っていたが、ブレッドが顔をあげる頃には戸惑った表情と、赤く染まった頬しか見えなかった。

「申し訳ありません!お客様がいらしているとは露知らず……。」

「いやいや、怒ってる姿であれほど可愛らしいんだから、笑ったらどれほど愛らしいのかと考えてしまいました。」

そう言ってにっこりアズリルを見つめる。「まあ。」とアズリルは一般女子ならばしそうな反応を返して笑ったが、カイにはその笑顔がそら恐ろしかった。

 「あー、それでどうして近衛官がこんな場所に?」

さりげなく、その視線を遮るかのように、二人の間に割って入ってレントが尋ねる。レントの陰に入った途端、アズリルの表情が醜く歪んだ気がしたのはカイの気のせいか。ブレッドはもちろん全く気付かず、快活に笑って答えた。

「陛下に任じられましてカイ殿の護衛をば。本日はご挨拶と、あとそちらのお嬢さんに贈り物を。」

そう言ってブレッドはシーナに渡された例の包みをレントの陰に隠れていたアズリルに差しだす。今度は心から驚いた表情を浮かべて、アズリルは戸惑ったように言った。

「私に、ですか?」

ブレッドが頷き、アズリルは恐る恐るといった風に手を出し、静かに包みを解いた。中から出てきたのは若葉の様に鮮やかな新緑のドレスが一着、他は最新の流行を取り入れた平服が何着かだった。驚いて一着一着アズリルが取りだしていると、はらり、と繊細な花模様で飾られたカードが落ちた。

『記憶をなくした少女に、心よりの親愛をこめて――


                   シーナ・ラカ・トワンテット 』

カードに目を通し、一同にわかるよう声にあげて読んだ直後、素っ頓狂な声で彼女は叫んだ。

「まあ!女王陛下からだなんて、恐れ多い!こんな素敵なお衣装、いただけませんわ!」

恐らく心からの彼女の言葉であろう。事情を全く知らないブレッドは苦笑しながら言った。

「持って帰ったりしたら私が陛下に叱られるんで。どうぞお納めください。」

「まあ!」

心なしか、驚きの声に嬉しそうな、照れくさいような感情が交じっている。レントの表情が複雑そうに歪み、そのままの表情でブレッドに尋ねた。

「あいつはこいつについて何て?」

「それが、全く何も。このように可愛らしい方がいると知ってたら、花束の一つくらい買ってきたんですけどねえ。」

苦笑しながらブレッドが答えると、ブレッドが何も聞いてないからか、それとも花束を買ってこなかったからか、レントはあからさまにほっとして、アズリルを紹介した。

「……そうだな。山に暮らしてた頃に色々事情があってとった弟子だ。記憶喪失で名前もわからんから、チィと呼んでいる。」

「ほほう、チィ!陛下の猫と一緒の名前ですね?」

興味深そうにブレッドがいうと、レントは素気なく答えた。

「よくある名前だろ。たまたまだ。」

「それにしても、何故人間にチィなどと?猫につけるならわかりますがね。小さい女の子ならいざ知らず、人間につける名前ではありませんでしょう。」

ブレッドの言う通り、ラカ王国において犬といえばポチ、猫といえばチィというくらい猫の名前の代名詞といえる名である。あとは言葉をやっと喋れるようになったくらいの幼い少女を戯れでチィと呼ぶことはあるが、アズリルほどの年齢にはあまり適さないだろう。レントはしれっと答えた。

「あまりしっかりした名前をつけると、本当の名前がわかった時に面倒だからな。

 そういえば、寝泊まりもここでするのか?」

適当なことを言いながら、さっさか話を切り上げる。ブレッドが食らいつく隙は微塵もなかった。問われるままに質問に答える。

「ええ、よろしければ。ああ、寝室などは結構ですよ。カイ殿の寝室の外で寝ますんで。食事だけ費用給付されますので出して戴ければ。」

するとアズリルがあの怖い笑みを浮かべて、親切に言った。

「いえ、レント様の術で結界が張ってありますので、寝室の外で寝ずとも曲者は侵入できませんし、例え侵入しても家中に警報が鳴り渡りますのですぐわかりますわ。よろしければ一つ余ってる寝室がありますのでそちらへどうぞ。」

レントが無言で「お前いつの間にそんなもん仕掛けた?」とアズリルを見つめ、それから不機嫌そうに口をへの字に曲げている。しかしブレッドの手前だからか、文句も言えない。……と、カイは師匠が不機嫌なもう一つの要因に気づいて手を挙げた。

「それって三階の寝室ですよね?だったら僕ア……じゃなくてチィさんと部屋変わってもいいですか?そうすれば僕とブレッドさん丁度隣同士になりますし。」

寝室は客用寝室を除けば全部で四つ、二つずつ二階と三階にわかれているのだが、現在のままだと二階にカイとレント、三階にアズリルとブレッドになってしまう。カイにしてみればブレッドのアズリルへの態度は一種癖のようなもので無害だと思うのだが、レントにしてみればそんな男とアズリルを隣同士にするのは嫌だろう。

 カイの読みは的中らしく、レントも早速それに賛成した。

「そうだな。チィや俺は自分でどうとでもなるからな。二人隣が一番だろう。」

するとブレッドが驚いたように言う。

「え、自分でどうとでもなるって……。」

「彼女、魔法に関しては僕より上手で。医術とか薬学とかなら僕のが勝ってるんですけど。政治と魔法については完全負けです。」

何せ世界最強の魔法使いである。カイが苦笑しながら説明すると、ブレッドは感嘆の声を挙げた。

「ほほう、それは是非拝見したいものですな。しかもあのシーナ様が護衛を付けさせないほどなら、かなりの腕前なんでしょうなあ。まあそれでも私としては、女性を護る方が性に合うんですがねえ。」

残念そうに、しかししっかり流し目送ってブレッドが言う。……案外引き離したカイの決断は本気で正しかったのかもしれない。師匠も、ここで「それは俺の役目だ。」くらいのこと言えればいいものを、凍りついたように笑うばかりだ。駄目だなこりゃ、とカイは思うばかりであった。

道「やあ、はじめましての人もそうでない人も、良い子の味方、道化だよ☆」

軍人(以下軍)「やぁねぇ、あなた、主様に言われたくせに、マンネリ抜け出しきれてないわよ?」

道「あれアーミー?おお、やっとダメ作者も僕の希望を聞いてくれたってわけだね!!嬉しきかな、我が半身よ!!」

軍「主様の命令よ。そうでなきゃ来ないわ。」

道「うんうん、君ってばそういう奴だもんね。」

軍「まあ気持ち悪い笑顔。……さて、特に伝言はないんだけどね。一応区切りだから、私たちをちょっと出してみたみたいよ?」

道「まあ基本もうできあがってる作品を一応さらっと見直して、キリいいとこで切って予約投稿してるだけだからねぇ。創作要素がなくてつまんないんじゃないの?」

軍「さあ?まあ大した用もないのに主様と引き離されて、私は迷惑してるんだけど。」

道「そんなこと言わないでやってくれたまえっ!!……ってか何か裏話とかないの?」

軍「ああ、そういえばサブタイトル考えるのが毎回何気に大変だ、ってぼやいてたらしいわ。」

道「ああ、でも律儀につけてるよね。」

軍「自分が読んでて数字ばっかだとどのシーンかわかんなくて読み返す時不便だから、そこはがんばってつけてるみたいよ?」

道「がんばってつけてるわりに適当なタイトルだよね。」

軍「うちの主様とは大違いねぇ。」

道「いやいやいや、それ言っちゃうとさぁ……。まあいいや。」

軍「相変わらず中途半端の適当なふざけた男ね。」

道「まあそれが僕の定められた性だからね?」

軍「はいはい。そろそろ主様の下に戻るわよ。炬燵で飢え死にしてるんじゃないか心配だわ。」

道「我らが主もなかなかのダメ人間だよね。君が用意しないと下手すっと何にも食べないし。……ま、またその内茶々入れにくるよ。苦情は僕らを寄越した作者に言ってくれたまえっ!!ではさらばっ!!!」

軍「ほんと適当な男ねぇ……。私たちのことは気にせず、引き続き楽しめばいいわ。」

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