Ⅴ-ⅰ 外への一歩
Ⅴ
シーナとツビスの結婚が決まった夜、婿取り合戦の始まりと同じように、仮面舞踏会を催すこととなった。幾つかの国が既に帰国していたせいで人数が少なかったからか、カイやその護衛三人衆の下にも招待状が届いた。
「あれ?ブレッドさんにはないんですか?」
レントに手渡された招待状を見て、怪訝そうにカイが尋ねる。
「あー、俺は色々やることあっから……ってか一応まだシーナ様の近衛を解雇されたわけでないんでな。どう足掻いてもパーティーに呼ばれる身分にゃなれん。」
そんなことを言えばカイだってレントの一番弟子ってだけで、大した身分でもないのだが……。そう言うと、ブレッドは身内かそうでないかの差だ、と笑った。
「おもてなしするのが身内、おもてなしされるのが招待客、ってことだ。ま、本来なら招待状なくともシーナ様護衛って形で参加するんだがな。まぁだ昨日の後片付けが色々残ってんだ。」
昨日と言えば、とブレッドが続ける。
「例のお嬢ちゃん、魔導師のお陰で全快したんだってな?よかったな。」
「あー、はい。それはよかったんですけど……。」
レントが、逃げるようにして部屋へ下がる。……城から準備のために戻るなり、事の顛末を直接聞いていたが、どうも師弟揃ってどう振る舞えばいいか決めかねている。カイが怒るのもお門違いだし、かと言ってクローゼアを思えばよかったとも言えない。
「……まあ嬢ちゃんも呼ばれてるだろうから、本人と話せば解決すっだろ。」
「え、ロージーも招かれてるんですか!?」
カイが驚くと、ブレッドは「多分な。」と頷いた。
「陛下の性格なら、絶対招くだろうな……。それでこう言うんだぞ?『レントを責めてくれるな。執政官の仕事として、やったまでのことだ。あ奴を執政官に据えたのは私、責めるなら我を責めよ――。』ってな?」
「あはは――。」
確かにシーナの言いそうな、男前なセリフである。ブレッドが真似しても、中々様になっている。
「ところでこの家の嬢ちゃんはどうした?」
「あー……そっとしといてあげてください。」
……アズリルは帰ってくるなり部屋に籠もったままだった。シーナの結婚が余程堪えているのだろう。レントも、何も言わない。
「ふうん……。そうだ、多分俺な、今日でお前さんの護衛任務終了だから、今日中に荷物引き取っておくぞ。」
「え!?」
……急な話である。戸惑うカイの頭を、ブレッドが鷲掴みにする。
「なあに、花屋で言ってくれりゃ、いつでも会える。……お楽しみ中じゃなけりゃな。」
「はは……。」
……とりあえず少なくとも一つ、アズリルの不安の種は消えるらしい。
「んじゃそろそろ行かんとな。……本当は後片付けなんぞ任務外なんだがなあ……。」
あっさりした別れだけを告げて、さっさと家を出て行く。――と、階段を降りる軽い足音が聞こえた。
「え、あれ、チィさん!?行くんですか、舞踏会――。」
前回あれだけ渋ったアズリルが、既にもう着替えを済ませ、金色の蝶の彫られた藍色の仮面も装着済みだった。
「やっと行きましたのね、あの男――。ええ、もちろん出席しますわ。わたくしが行かないで、誰がシーナ様の幸せを願うというのでしょう?」
空元気なのだろうか――。アズリルの演技力は見事で、カイには全く判断がつかなかった。
「レントはまだ支度できてませんの?呼んで参りますわ。」
全く、とぼやきながら、再び階上に上がり、部屋に下がったレントを呼ぶ。
そう言えば、とレントに渡された招待状を取り出してみる。仮面に彫られていたのは、シーナに初めて出会った時に出した、特性ブレンドティーの主成分に使った葉の形であった。
「はは……。」
そう言えば、以前山小屋で師匠が、シーナはポタージュに目がないだとか、そういやアズリルがここに来たのも、そもそもオムライスが食べたいからとか何とか言っていた。よっぽど、カイのブレントティーが忘れられないのか。……山と違って王都では揃う材料が違うので納得いくブレンドがまだつくれていないが、いいのができたら今度アズリルに持たせよう。
そんなことを考えながら、カイは仮面を弄び、師匠とアズリルの二人を待つのであった。
アズリルが扉をノックすると、返事がない。わざわざ呼びにきてやってるのに、と思ってどんどん強い力でノックするも、全く返事がない。……気は進まなかったが、扉を開けて中を覗く。
「全く、支度できましたの?」
驚いたように、レントが顔をあげる。……服は帰ってきた時のまま、着替えは済んでいない。何やら寝台に腰かけ考え事をしていたらしい。
「あ、ああ……すまん、ちょっと色々な……。」
「何考え込んでますの?シーナ様の晴れの舞台なんですから、さっさと支度してくださいな。」
レントは驚き、アズリルを見つめた。
「お前……おかしくないか?」
「おかしい、ですって?そりゃまあこの忌々しい首輪のせいで未だ精霊の声聞こえませんのは甚だ不愉快ですわね。」
ドレスの下に、うまく隠した首輪を示す。……さすがに黒猫チィと同じ首輪をしていれば、何か勘づく者もいるだろう。本来首飾りに相応しい宝飾がなされているので隠すものでもないのだが、出ていたところで不都合と不愉快しか生じない。
「そうじゃなくて……あいつの結婚喜ぶなんて、いつものお前らしくないだろ?」
首輪をいじくるアズリルの手が、ピタリ、と止まった。……その表情が、氷つく。
「私らしいって、一体何ですの?」
「は?そりゃいつものお前ならシーナシーナうるさくて……。」
アズリルに、レントの言葉は届いていなかった。
「……シーナ様に任された護衛の任務も果たせず、魔法も精霊の声も奪われて、何もできないわたくしのどこに、私らしさなんてありますの!?風も地も鋼も翡翠も、全て見破られ道院の連中に封じ手を取られましたわ!風はええ、窓さえなければいいですもの。ですけどそもそも気紛れであてにしておりませんでしたわ。その分大地はどこにいても存在する上、滅多に変わらない精霊ですわ。だから多いに頼りにしてましたのよ。だけれど地から離れた場所なんて、いくらでもありましたわ!鋼は、短剣を手にするような事態になった時にしか役立たず、いつでもどこでも対処できるように持たせたのは翡翠だけ、その翡翠も封じられてしまえば全く意味がありません!」
「……落ち着け、アズリル、な?」
レントが近寄りながら言うと、黒猫さながら、威嚇されてしまった。
「……落ち着け?ええ、そりゃああなたは、シーナ様に必要とされてますもの。なんだかんだ言って役に立ってますもの!何とでも言えますわ!だけど私は……わたくしは……。」
……アズリルの眼から、涙が流れ落ちる。流れ落ちた涙は、次から次へと溢れてきて止まらない。「わた……わたくしは……」呟きながら、両手に顔を埋めて泣きじゃくる。
レントは黙って、胸にその頭を抱き寄せた。ぽんぽん――。黒猫にそうしてやったように、リズムよく、その頭を叩いてやる。
「何するんですの!?人を、馬鹿にして……!」
しゃくりあげながら、腕の中でアズリルが抵抗する。……レントはそれでもその腕を放さなかった。
「……お前は昔っから、ほんっとうにシーナのことしか見えてないくせに、あいつがお前のこと大事にしてんのには全く気付かないのな。」
「そんな、こと、あなたなんかに言われずとも知ってますわっ!シーナ様は、いつでも、わたくしを兵器として使いたくない、って、おっしゃるんですから……!」
そう言われる度に、大切にされているはずなのに胸はぎゅうぅっと、締め付けられて――。
「……あいつな、今回俺にお前つけたの、お前のためだぞ。」
「え――?」
アズリルの動きが、止まった。レントは再び、その頭をぽんぽん、と叩く。
「……亡きシェーハザード様念願の玉座を手に入れ、やっとお前を解放できる、って言ってたんだ。」
「解放だなんて、そんな……!」
縛られているなんて、一度だって思ったことはなかったのに――。レントの手が、再びアズリルの頭を叩く。アズリルは、下からレントを睨みつけた。
「続きがあんだよ――。一度自分から離れてみた上で、その上でまた傍にいてくれるなら、そんな嬉しいことはないってな――。」
アズリルの目が、見開かれる。……みるみる内に、頬が赤く染まっていく。……レントは内心むっとして、今のことを教えなければよかったと思った。
「――本当に、本当にシーナ様がそれを――?」
アズリルの問いに、答えようかどうか迷ってしまったが、縋るような目を見てついつい「ああ――。」と答えてしまっていた。……アズリルに喜びが広がれば広がるほど、反比例してレントは不機嫌になった。「……そんなにあいつがいいか……。」レントのぼやきも、既にアズリルには聞こえていない。
「ならば――。早く舞踏会に行きましょう。」
さっと、アズリルが腕を振ると、レントの服がパーティー用の物に変わる。
「あ、また勝手に――!」
「あなたに任せますと、とんでもなください服になってしまいますもの。」
「ださいってなんだよ、ださいって……。」
内心けっこう傷つきながら、ぼやく。アズリルは嬉しそうに、レントの手を取った。
「――早く行きましょう!」
ぼやいていたレントは、不意に与えられた温もりに全てを許してしまって、「ああ、行くか。」と答えていた。下ではカイが二人を待ちわびて仮面を弄んでいた。
道化「はいはいはいはい、道化さね。よい子のみんな、やっほーい☆」
あんぐ「お前のその毎回のテンションの高さ、ほんと尊敬するよ……。」
道「はっはっは、それもこれもツッコミ属性なみんながいるおかげさ☆」
あ「ほめてないからな。そしてツッコミにさせてるのはお前のせいだからな。」
道「あんたがそれ言いますか?」
あ「いや……それもそうだな。
それにしてもこの章分割、気に食わん。」
道「あー、まあⅣがあんだけ短かったってびっくりですねー。」
あ「それだけじゃない。カイの仮面の模様がなんかまともなのに変わってる。」
道「あんた自分で描いたんでしょうが。」
あ「忘れてたんだ。あまりにアイデアでなくてあっかんべーの形させてたのは覚えてたんだけど。」
道「というかへたれも花嫁も、事件解決方法無理やりすぎやしませんか?執政官の仕事じゃないでしょう?」
あ「そういうこと言わないで!昔の作品なんだもん。」
道「はっはっはー、何甘えたこと抜かしてんだか。というかあんたシリーズ最新作も似たようなノリで描いてるじゃないですか。成長ありませんね。」
あ「というかお前はまだ最終話でもないのになんでそんなノリなんだ……。」
道「最終話は恒例のおまけコーナーでつぶれますからね。というかせっかくならアーミーとがよかったんですが。あんたどうせ最終話おまけコーナーいるでしょ?」
あ「それ言うならお前もな、いるからなっ!?」
道「僕はレギュラーですから。これがお仕事ですから。」
あ「クビにしてやるかな……。」
道「はっはっはー、聞こえないなー。それじゃ、やっと次回最終話だよ。楽しみに待っててちょ☆」




