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Ⅰ-ii 花嫁修業の一方で

 晴れ渡る青空は、まだ寒さの名残を伝えるかのような北風を人々に優しく撫でつける。北風に撫でられた人間は一瞬ひやっとし、そろそろ春風が吹いてもよさそうなのにと感じずにはいられない。

 そんな寒空残る春の始りでも、王宮の朝は早い。

 これは新しい王が朝型人間だからというわけではない。初代ラカ一世の時からの慣習である。むしろ現王ラカ十二世の生活リズムとしては夜型なのではないかと周囲は推測している。だからと言って朝議にしろ何にしろ、いつだって女王は欠伸どころか背筋をぴっと伸ばし周囲の目の覚めるような鋭い眼光を宿して、職務に励んでいた。

 その日の朝も例外ではなく、三人の執政官と新しい五帥、それから彼らの補佐官たちが並んで朝議に参列する中、女王は鋭いながらも愉快げな眼をして、一同を見渡していた。

「……以上で早急の議題は終わりだが、何か他にあるか?」

女王が問いかけると、すっと、真っ直ぐ一つの手が挙がる。

「宜しい、シャロット、発言を許可する。」

王の最も近く、レントと反対の右隣に座っていたくすんだ金髪の男が、静かに口を開いた。

「早急の要件ではなく、また新しい体制になって間もなかったので誰も口にしていないと思うのですが……。」

そう前置きすると、一言で言いきった。

「陛下のご婚儀について皆さまのご意見をお伺いしたく存じます。」

さっと、ざわめきが一同に走る。当然出てきていいはずの話題であるのに、誰一人として今まで考えてこなかったかのような、反応。もしくは考えるのを避けていたのか、それこそ新体制が整っておらず、考える暇もなかったのかもしれない。それをわざわざ今、議題としてあげることの意味――。

 ここ最近は家でアズリルに言い負かされていながらも、職務では滅多に顔色を変えないレントでさえ、軽く驚きの表情を表している。議題を発した本人の他はただ一人、シーナだけが顔色を変えずに座に着いていた。

「……静かに。そう驚くことでもなかろう?玉座に着いた以上いずれは話し合わねばならぬ事項だ。それに、な。」

シーナが何やら目配せすると、視線を受けてシャロットが補佐官に相図し、合図された補佐官が用意していたらしき手元の文を示しながら発言した。

「逸早く届きましたのは北国ケパルドより、まだ一人身の三の王子が陛下御即位の祝辞を申しに参るとの報せ。隣国シャシーからは末の王子の一行が我が国との交流を深めたい、とのこと。その他似たような文が五萬と届いております。」

静かに告げられた言葉に、何人かが深々と溜息を吐いた。

 確かに、一人身の王族の縁談なぞ山とあるものだし、ましてや正式に玉座に着いた今あって当然だ。ただ一つ……問題は女王だという点であった。

「シャシーの末の王子と言いますと、陛下の従兄弟に当たりますな。」

何気なしにいかつい軍帥ゲンセツが発言する。……彼の性格から考えて特に意味のない発言だろうと周囲は受け取った。

「御年十三歳、でしたかな。ある意味一番の適任ですね。」

狐顔の配帥リンシュウが意味深に発言する。こちらは見た通りの狐親父で、勘の鋭い者は彼が何を言わんとしているか察した。

 彼の発言に対しゲンセツがすかさず異を唱えた。

「はあ?まだケツの青いひよっこじゃねえか。そんな青二才にシーナ様のお相手ができるわけなかろうが。」

はん、と鼻でゲンセツが笑うと、リンシュウが馬鹿にしたように言う。

「青二才だからこそ、あれこれ煩いこと言われずに済むというものでしょう。」

「は、そんな女々しい輩に来られた日には、ラカの面汚しにならあ。俺はそんな青二才反対だぞ。」

頑固親父と狐親父の反目で、いきなり雲行きが怪しい。「まあまあ。」と苦笑しながら怪しい雲を追っ払おうとしたのは朝議参加者中最年長の学帥ロウシェンだった。

「まだ見てもない内から婿について論じてても仕方がなかろうて。大体候補に他に誰が挙がってるかも分らんというに。

 シーナ様は、どのように見極めなさるおつもりですかな?」

白い髭に埋もれた顔に配置された二つの眼光が、瞬間鋭く煌く。温和さを演出する白い髭はその鋭い光を隠すためのカモフラージュなのかもしれない。

視線を受けた女王は口の端を挙げ、笑った。まるで予定通りの会議の展開だと言うように。

「そうだな、皆に一つ提案がある。」

続く王の提案でその表情を見て、一同は一つだけ確実に、王がこの事態を楽しんでいるのだということを悟ったのであった。

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