Ⅲ-ⅲ 姉弟仲良く
王都セイジェンの中心に位置する王城は、都全体を巨大な要塞と考えて設計しているために、城自身には要塞としての役割よりも政治の中心、王の居住地としての、象徴的な意味合いの方が強い。そのためほぼ左右対称の装飾的な建築物の集合となっている。
城の正面は真っすぐ南を向き、延長線上に魔導館や総合大学校など、重要施設があるのは偶然ではない。
大雑把に城の奥が王の居住領域であり、手前が政治領域である。政治領域の手前の建物には、主に上部に実務を行うための各執務室や資料室などがあり、下部に大広間などの交流・外交のための部屋が並ぶ。中でも両側の見晴らしよい一角には迎賓館が並び、現在はフル稼働している。
しかしシーナのいたのはそのどの場所でもなかった。
剣を鞘に収める音が晴天に響く。――シーナに対峙する軍帥ゲンセツは余裕綽綽の表情であったが、既にシーナは肩で息をしていた。王となった今でも、どれほど忙しくとも二日に一度は王城の外に位置する訓練場に足を運び、剣稽古をつけてもらっていた。母が生きていた頃からの付き合いだったが、未だにシーナは対峙する頑固親父が息をあがらせるところを見たことがない。
「姉上――!」
待ちかねていたのか、稽古を終え訓練場を後にしようとしていたシーナに、今や近接軍司令官となり、外の訓練場と城内の参謀部とを往復するゴンザレスが駆け寄ってきた。シーナは怪訝そうに眉を顰めた。
「どうしたゴンザ?今の時間お前はいつも訓練を見て回ってると聞いていたが。」
それを聞いて、嬉しそうにゴンザレスは笑顔になる。
「はい、その通りです。さすが姉上、臣下をよく見ていらっしゃる。」
「ならば、何故ここにいるんだ?私に火急の用か?」
そうでなければしっかり職務に励む弟である。それにわざわざここで声をかけずとも、今や数少ない王族なのだ。城内でいくらでも機会はある。それをわざわざ職務中の今声をかけてきたのだ。……しかしシーナには、まるで思い当たる節がなかった。しかも嫌なことに、ゴンザレスは声を落とした。
「火急、ではないのですが……。どうしてもお話したいことが。」
「ふむ。城に戻りがてらでは、まずいか?」
「あーいえ、幾つかはそれで大丈夫です。残りについては後ほどいつもの場所で。」
最後の言葉を注意して声を落としたことから、残りこそ話したいことなのであろう。シーナは訓練を見学していた貴族の娘たちに手を振ってやって、ゴンザレスと共に訓練場を後にする。
並んで歩くと、男にしては小柄ながらも、シーナよりはすっかり背丈が高くなってしまったのがよくわかる。昔はシーナの後を追いかけてばかりだったのが嘘のようだ。
「それにしても三戦とも圧勝とは、さすが姉上、他国にもその名が轟くばかりですね。」
「お前にそう言われるのが何よりの褒美だな。」
そう言って、にっこり笑う。……傍から見れば余裕綽綽でも、婿取り合戦で疲れないこともないのだ。弟の純粋な賛辞には素直に元気づけられた。心からの、言葉だった。
「して用はそれだけではあるまい?」
「はい。その……ガルガンの王子との勝負で唄ってなさった求愛の唄が気になりまして……。」
言いにくそうに、しかし一気に言う。途端、怪訝そうな顔が笑顔になった。
「昔からその手の話は苦手だったな。私よりも誰れぞ気になる相手はおらぬのか?」
はは、と苦笑して、ゴンザレスは否定した。
「残念ながら剣の方が性にあってまして……。わたくしのことはともかく、姉上のあの唄、課題の娘に向けてるようでしたが、実のところ想う相手がおられるのではないのですか?」
そうでなければあんな情熱的な歌が勝負とはいえ、出てくるとは思えない、そう付け足した。シーナはにやりと笑った。
「ならば、決闘を申し込んでくる求婚者たちは無駄足を踏んでいることになるな?
……残念ながら、そんな相手はいないさ。いればせっかく王になったのだ。権力駆使して手に入れてるさ。」
「はあ、しかし……姉上には本気で婿を取るつもりがおありなのですか?」
「それはどういう意味だ、ゴンザ。」
何故だか、にやにやしながらシーナが聞き返す。ゴンザレスは戸惑った様子のままだった。
「姉上が敗北された場合の方が、ラカにとって相当有利な条件を提示されたとか……しかも姉上、二戦目三戦目では細工なさいましたよね?」
低まった声に、そこまでして勝ちたかったのか、という思いが滲む。シーナは快活に、弟の戸惑いを笑い飛ばした。
「細工とな?ふふ、とにかく正々堂々たる勝利さ。ガルガンもファビュラスも、それから例のロッタリーニも、負かされたからとて我が国との交遊関係を悪化させるほど肝の小さな国ではない。……それにこちらが負ければ背伸びをしすぎた交渉内容だったのだ。実現させたら自らの首を絞めかねん勢いだったぞ?案外負けてほっとしているかもしれん。」
「ならば……!やはり婿を取る気がないのでは!?」
納得できない、と、シーナに問いただす。ふっ、と、シーナの顔が、真面目になる。
「ゴンザレス、私は王だ。……シーナ・ラカ・トワンテット、月神の加護受けしラカ王国を守護する、十二人目の王だ。従って、よくよく見極めねばならぬ――我が玉座の隣に最も相応しき人物をな。単なる飾りの席ではないのだ。彼らが何故その座を欲するのか、着いた後々ラカに何をもたらすのか――。」
そしてにっこりと笑って、締めくくった。
「だから負けられぬのだよ、私は。」
「それでは――。」
ゴンザレスはなおも何か言いかけ、やめた。……いずれわかることだろう。姉がどのような人物を待ち望んでいるのか、今この場で聞いたところで話してくれないだろうし、どうしても聞きたければ後でまた聞けばよい。
「それで終わりか?」
シーナが問うと、ゴンザレスは、改まって言いにくそうに切り出す。
「いえ、もう一つ聞きたいことが。――その、先ほど出て参りましたが、例のロッタリーニとはやはり勝負……なさったのですか?」
先ほどの質問以上に戸惑い、密められた声だった。心なしか顔も赤く染めている。シーナはそんな弟を見て、弾けるように笑った。
「お前は本当に昔から初心よのお。仔細を聞きたければ後でジェンヌに聞くがよい。……初めから終わりまで手とり足とり教えてくれるぞ。」
ひっそり囁くと、ゴンザレスの顔が耳まで真っ赤に染まり、ますます戸惑いを深めた。
「ではやはり……!」
「ああ勝負したさ。内容が内容だけに大声で言えんがな。結果は……ロッタリーニの王子を見れば一目瞭然だろう?」
ゴンザレスの脳裏に、シーナにその勝負を挑んだ翌日、目に見えてげっそり自信をなくしたロッタリーニの王子の姿が浮かんだ。
「……しかし、どうやって女である姉上が寝屋で女を喜ばす術なぞ……」
すかさずシーナの拳が飛ぶ。……幼い頃はよくあったが、姉が玉座に着いてからは初めてだったかもしれない。痛そうに頬をさする。
「ジェンヌに聞けと言っておろう?それほど気になるのは一人身だからに違いないな?よし、リーナ姫はどうだ?中々逸材だぞ?」
「な……!そりゃ、誰だって気になります!城内はその話題で持ちきりですよ!ってかそこでどうしてリーナ姫の名が出てくるのですか!?」
……恥ずかしさで顔を真っ赤にさせながら、混乱の極みで叫ぶ。そんな弟を見て、先ほど殴ったばかりなのをすっかり忘れて、シーナはからから笑った。
「いやあ、交流深めるほどにおもしろい姫だと思ってな。さすがに我が妻には迎えられぬが、そのままニージェンバルトに帰すのも惜しい。お前なら相性よさそうだし、好いた相手がおらぬならどうだ?」
……なんだかお手軽に薦められている。
ゴンザレスは少しばかりリーナが哀れになった。端から見ている限り、彼女は完全にシーナに夢中だった。せっかくこれだけ他国の貴賓が集まっているのだからそちらを狙えばいいものを、どうしてよりにもよってシーナなのか。……シーナに夢中の貴族娘たちや『花屋』の妓女をゴンザレス自身何人も目撃していたが、そんな同情心抱くのは初めてだった。
「……姉上、嫁にできぬとわかっているのでしたら、冷たく接したらどうです?」
ゴンザレスが咎めると、一瞬シーナは驚き、それからみるみる笑顔を広げていった。
「おお、そうかそうか。――それもそうだな。可愛い弟がそう言うならば、その方がよかろう。よし、これからはそうしよう。」
「え――!?」
予想外の返事を残し、シーナは歩を早める。慌ててゴンザレスが追いかけてどういう意味か尋ねるも、にこにこ「言葉のままだ。」と返すばかりだった。女に冷たくしようなぞ姉らしくない言葉に、ゴンザレスは本気にせずにどういう意味かひたすら考えながら、姉と二人仲良く城に戻るのであった。




