Ⅲ-ⅱ 初めての登校
王都セイジェンにおいて、一部の区画は立ちいるのに制限があった。中心に位置する王城や貴人街はもちろん、放射状区画の賭博や売春の盛んな花街、滞在区画の一部寺院の密集する区域などもそうである。
そんな区画の中でも、最も排他的に部外者の立ち入りを禁止しているのが、中心の魔導師たちの住まう一角に最も近い、魔法区画であった。
魔法区画は放射状区画の一つに数えられるのだが、放射状区画の中で一番狭く、中心円状区画部分にひっついてるような形をしている。基本的に認証されている魔法使いとその関係者しか立ち入ることが許されない場所だ。現在再編された学帥所属の魔導部に登録されている魔導師や公僕になった魔法使いなど、国に登録済みの魔法使いたちは当然立ち入り自由である。
レントの場合、執政官という立場上当然公僕であり、立ち入りは自由である。何より執政官である以前に、元魔帥兼宮廷付き筆頭魔導師であった父のおかげもあって、今も昔も顔パスである。
カイが通うことになった魔術学校はこの区画内にあった。当然ながら認証手続きが必要なのだが、厄介なことに既に認証されている魔法使いでなければこの手続きが行えない。……魔法使い以外を排除するための古くからの習わしであった。
魔法使いでなくてよいなら城におけるレント付きの補佐官に私用ではあるが頼めばいい話だ。しかし残念ながら補佐官に魔法使いはいなかったし、いてもレントの性格上公私混同だと頼まなかっただろう。とは言えレント自身が行うには執政官の職務は忙しすぎた。……要は魔法使いの家人を雇うべきなのだ。
結局護衛を選抜して採用し、その中の魔法使いに諸々の手続きを済ませてもらう頃には、既に花はツツジも散り、シーナの婿取り合戦も四人目までが挑戦し、惨敗していた。
「……懐かしいなあ。」
完璧なる左右対称の建物を前に呟いたのは、どこかのんびりした空気と魔導師の証である紫のローブを纏った人物だった。
「ベルベロさんが通ってたのは何年前なんですか?」
カイが尋ねると、「んー」と上を見上げたまま数える。
「八年……かなあ?リーン、初めて一緒に護衛やったのっていつだったっけ?」
カイの横、いかにも屈強な体つきの男に問いかける。男は即答した。
「七年前だ。」
「じゃあやっぱ八年前だ。ファビュラスの海は綺麗だったなあ。」
懐かしそうに目を細め、空の向こうに思いを馳せる。……立ち止まる一行に対し、苛立つように足踏みしたのは残る一人、並の男より背の高く、比率的に手足の長い黒髪ショートヘアの女性だった。
「早くイケ。待ってる。」
「え、待ってる?」
カイが首を捻ると、ベルベロが「んー」と声をあげた。
「ムセカさん、大丈夫だよ。約束してる時間までまだ時間あるから。ラカはトーリッシュと違って、約束の時間よりちょびっとだけ前に行くのが礼儀なんだよ。」
ベルベロのゆっくりとした喋り方は、ラカ語と微妙に違うトーリッシュ語を母語に持つムセカにも、理解しやすいらしかった。わかった、と頷き、急かすのをやめた。
「トーリッシュだと約束のどのくらい前に行くんですか?」
「イチ時間だ。」
一時間!カイが驚いていると、ベルベロが朗らかに笑った。
「トーリッシュはねー、貿易が盛んな商人の国だからねえ。時は金なりって、トーリッシュの諺じゃなかったっけ?」
「グレスだ。」
リーンが訂正を入れる。そうだっけ?とベルベロは相変わらず笑っている。
新しい護衛三人の選抜は、主にブレッドが行った。リーンについてはブレッドの元同僚、つまり元職業軍人であり、ブレッドが直接声をかけた。そのリーン伝手にベルベロを雇った。なんでも二人はよく一緒に旅行に行く仲らしい。
残る一人のムセカはレントが探してきた。滞在区画にあるトーリッシュの寺院に立ち寄った際昔なじみに護衛の話をしたら、紹介してくれたのが彼女だったらしい。ブレッドとカイで直接会いに行き、カタコトの言語能力ながら独特の武術がブレッドの目に適い、採用された。
「んーと、前にも説明したけど、学校内には護衛も魔法使い以外入れないんだ。これから挨拶行くけど、カイが学校にいる間二人は建物周りの警備に加わってね。」
「効率わるい。」
ぼそっと、ムセカが文句を言う。ベルベロは相変わらず笑って、「仕方ないんだよー。」と言う。
「これでも昔よりはね、大分出入り自由になったんだよー。シーナ様のおかげかな?でもやっぱり人間急には変われないんだよー。」
ベルベロのゆっくりとした説明にムセカは納得いってない様子だったが、特に反論もしなかった。……したところで仕方がない。
「そうだ、だからね、カイ、何かあったら、必ず言いなよ。」
「え、はい……?」
言われずとも、護衛される身分なのは重々承知している。何か気になる言い方だったが、ベルベロはそれ以上何も言わなかった。
道化「あー、はじめましての人もそうじゃない人も、道化ですよー。あーめんどくさー。」
少年R「うわっ、いつも無駄にテンション高い癖に、なにそのテンション。寝起きの僕みたい。」
道「自分で言わないでくださいよ、主様。毎回あんた起こすのまじ面倒なんですから。」
R「前から思ってたけどさー、それ仮にもゴシュジン様に対する口の利き方じゃないよね?少しはアーミー見習ってよ。」
道「とか言っちゃって、主様がこういう風にしたんじゃないですか?で、今日はどうしてアーミーいないんですか?」
R「あ、君のテンション低いのそれが原因?うわぁ、ひっどいなぁ。偶に僕がきたくらいで。」
道「違いますよ。さすがに挨拶のネタが尽きてきたので、考えるの面倒だなー、というテンションです。」
R「だったら無理にこのコーナーやらなければいい話だと思うんだけど。」
道「よし、じゃあ今日は、店じまいですね。また会う日まで―。」
R「え、本当に終わらせるのっ!?」




