第48話 エルムの涙
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本日2話目。
技巧の判定は、家元がやるらしく、そのまま部屋の隅のほうに行った。
「マムちゃん、出だしの部分をお願いする。」
「えっ。私?」
出だしの2小節くらいは、僕でも弾けるのだが、この曲のテンポを僕が決めることになってしまう。いつも習っているテンポだと、リバー先輩に有利になってしまう。だが、リラ様のテンポもよくわからない。
仕方がないので、家元がいつも弾いているテンポを思い出して、始めの2小節を弾いた。
途中から、リバー先輩とリラ様の音色が乗っかってくる。
あんまり、気持ちよくて、4小節目まで弾いたが、ソコまでだった。流石にこれ以上は、僕の技量では、付いていけない。
トチってしまう前に止めることにした。曲を壊したくなかったからだ。
二胡を下に置き、家元のほうを向くと微笑んでくれた。やはり、これで正解だったようだ。しばらくすると、家元は、目を閉じてしまった。聞くことに全力を傾けるようだ。
僕もそれに倣う。
リラ様の音色は、悠然とした音色だ。曲に合わせて盛り上がるところで盛り上がり、寂しげなところでは、寂しい。
目を閉じていると風景が見えてくる。
後宮での寂しい日々。そして、王の目に止まり、側室としての日々。そして、懐妊し一定の地位を得ることが幸せに繋がらない。王の寵愛が無くなり、自暴自棄。そして、死産。
しばらくすると王の寵愛も復活するが、後悔から王を愛せなくなり、自分を愛せなくなっていく。それに追い討ちを掛けるように王の死、そして、実家に帰されるものの、後悔の日々。
そんな悲しい物語が綴られていく。
2人共、全く、外さない。いや若干、焦りなのかリバー先輩が流れに乗れないでいる。
そして、終焉・・・いや・・・終演。
2人共、弾ききってしまったのだ。
「久しぶりに聞きましたが、流石に衰えておりませんね。師匠。それに比べ、このバカ息子ときたら・・・。」
「「師匠?」」
思わず、リバー先輩とハモってしまった。
「親父、いったい。」
「この方はな。ドウガ流の前家元だよ。」
「えっ。親父にドウガ流を手解きしたって言う?」
「そうだ。俺が30歳のときに、18歳の彼女に手解きしてもらったんだ。その分、俺の音量や技巧が広がり、俺がウィロー流で一歩抜きん出たことで家元に成れたんだ。」
「それを言うなら、お前も私の師匠だ。荒いだけの私も緩急が付けられるようになっただろ。おかげで、後宮でも口説くタネには、事欠かなかったよ。」
「師匠も相変わらずですな。娼館でショバを荒しているドウガ流の人間が居ると言われて、行ってみたのが出会いでしたな。マムちゃんも口説いたんですか?」
「いや。これからだ。」
これからかよ。僕がこれから口説かれるんだ。
「参りました。」
ようやく、リバー先輩の口が開かれた。あれだけの実力差を見せ付けられたら、負けを認めるしかないようだ。
「だが。マムちゃんは、渡さない。」
「まあ、いいでしょう。その年であれだけ弾けるのなら、マムの師匠としては、合格点です。メインの指導役は、お任せしましょう。ただ、細かい指導方法は、これからですね。まあ、私を見て覚えなさい。」
「ダメだ。見てたぞ。不必要に肩や背中や太ももまで、触りやがって。」
そうなのだ。この辺りに力が入っていますね。といいながら、肩を解す仕草をしたり、太ももを軽くタッチをしてきたりしたのだ。
「バレたか。」
どうやら、セクハラだったらしい。むしろ、ごほうび。いやいや、下手なところ触られたらバレるだろ。
「師匠も相変わらずですね。どうでしょう、どうせ通って頂けるのなら、発表会に出ていただけませんでしょうか?もう、ドウガ流とは、縁が切れているんでしょう?」
「嫌だ。面倒なことになる。」
「では、マムちゃんとの二重奏では、どうでしょう?」
「乗った。」
リラ様は、あっさり掌を返す。
「ダメだ。ダメだ。ダメだ。マムちゃんは、俺と弾くんだ。そう約束しただろ親父。」
そういえば、次の発表会では、リバー先輩との二重奏を打診されていたのだった。技量が違うからと固辞したのだが、押し切られてしまった経緯がある。
「じゃあぁ。3人で弾きましょうぅ。ね、カルテット頑張りますぅ。」
今週分は、これで終わりです。
そんな出会いをした家元とリラ様は、どんな関係だったのでしょうね。
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