第41話 将軍の帰還
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結論から言ってしまうと僕たちは最後の一線を越えられなかった。キスしたり抱き合ったりいろいろして貰ったお陰で精神的ダメージからは浮上できたのだが、いざ最後の一線を越えようとすると自らが何も持っていない状態で、彼女を幸せにできないという思いが先立ち萎えてしまうのだった。
それでも、こんな僕を支えてくれる彼女という存在と3日間あの戦いのことを忘れられたのがよかったのだろう。鬱々とした気分は大幅に改善したのである。
まあ、例の勅令もあることだし、僕が一人前になるまで待っていてほしいと告げるとコクンと彼女は頷いてくれたのだった。
・・・・・・・
「それでどうやった?据え膳は。」
彼女が帰っていくと下品な手つきをした母が擦り寄ってきて聞いてくる。
「ううん。やってない。」
僕が最後の一線を越えられなかったことを告げるとポカンと呆れた顔をした。
「なんで?仮にも娼館の息子が役に立たないとは情けないにも程があるわ。まあ、初心者2人じゃなあ。わからんでもないか。やっぱり、プロに手ほどきして貰ったほうがいいんとちがうか?」
流石に母もプロである。彼女に経験が無いことを一発で見破るとは・・・。続けていらないことを言ってくるが無視することにする。やっぱり、初めては好きな人としたほうがいい。
「そういえば、今日、伯爵が戦地から帰ってくるそうよ。早速、今日の夜に予約が入っているからね。」
3日間も休んだんだから断れないわよ。という視線を向けてくる。一瞬、身体が硬直したがあのフラッシュバックのように砦の記憶が蘇ることは、もう無かった。
それよりも、伯爵の娘であるロビン先生とあんなことをした後でどんな顔をして会えばいいのだか・・・。
「ほら、さっさと学校へ行っておいでよ。」
「はーい。」
・・・・・・・
「風邪でも引いていたのか?」
校門のところでケイと会うなり話しかけてくる。
「まあね。もうよくなったよ。」
「ユーティーの居ない間大変だったぞ。アマーリエ王女もヨハン王子も友達が居ないらしい。毎日、毎日、俺のところに来るんだぞ。気遣いだけで疲れる。」
よほど疲れたらしい、げっそりとした顔付きだ。
「ユーティー!」
そこへ後ろから誰かが声を掛けてくる。
後ろを振り向くと馬に跨った騎士のようだ。
「わしだ。ウォーレスじゃ。」
馬から降り立った騎士の兜から覗く顔は、伯爵だった。
「戦地、お疲れさまでした。これから、マクシミリアン様にご報告ですか?」
王立学園の校門に面した道は、ちょうど北門から王城へ延びる道なのだ。
「そうじゃ。ようやく、調停が終っての。捕虜は返してほしいとさ。」
伯爵の話によると、国境ラインが1KM程北上して、その間にあった鉱山が我が国とルム国の共同管理下に置かれることになるそうだ。
つまり、鉱山を取り戻そうと戦を仕掛けると両国に仕掛けたことになるのだとか・・・。それだけ、国に収入が増えれば戦死した兵士たちの家族にも十分に補償ができそうだという。
その言葉に僕はホッとする。
「それから、娼館の皆を巻き込んでしまい申し訳なかった。」
伯爵が軽く頭を下げた。どうやら、これが言いたくて声を掛けてくれたらしい。きっと、今夜来たときも皆に言うのだろう。
「いえもう。皆怪我が無かったことですし、頭を上げてください。」
「じゃが、マム様の機転が無ければ皆死んでおった。感謝してもしきれぬよ。そうだ。マム様に礼をしたいのじゃが、欲しいものを考えてほしいと伝えてくれぬか?」
本当にそうなのだろうか?いや、指揮官である伯爵の言うことなのだ。僕が役に立てたならこんなうれしいことはない。なにか胸につかえていたものが落ちた気がする。思わず泣きそうになった僕は、俯いて返事をした。
「わかりました。では、お待ちしております。」
「うむ。」
伯爵は、そう言うと馬に跨り王城のほうへ走っていった。
「マムちゃんがどうしたのか?」
ケイは余程聞きたかったのだろうが伯爵の前では、遠慮していたようだ。
「ああ、マムが行った慰問団が居た時期に戦を仕掛けられたのさ。」
「マムちゃんは、大丈夫だったのか?怪我してないのか?」
ケイは、心配そうに聞いてくる。
「マムも娼館の皆も怪我は無いよ。ただ・・・。」
「ただ?どうしたんだ?」
「ああ、目の前で多くの人が死んだせいで少し塞ぎこんでいたけど、今は少し浮上している。できれば、そっとしてやってほしいんだが・・・。」
「むう・・・。わかった。」
少し不満そうだったがケイは了解してくれた。やっと気分が浮上してきたのに今、ケイに混ぜ返されると流石につらいからな。勘弁してほしい。




