第3話 はじめての接客
いよいよ本番だ。まず、始めのお客さまは、ケイだった。
「えー、マーガレットさん居ないの?そんなのない!!」
「大変申し訳ありません。当館専属の楽士の都合が着きませんでした。また、今日の代わりの楽士は、未成年ですので、あいにくと娼婦としての仕事は、致しかねます。」
「はあ。そうですか。」
ケイは、がっかりと肩を落とした。可哀想だが、全く同情していない。誰のせいでこんなことになっていると思っているんだ。
「こちらに居る女性達からお選びください。」
一応僕は、母の影に隠れている。できれば顔をあわせたくない相手だからだ。
ケイがお姉さま達の顔や身体をシゲシゲと見つめている。もう立ち直ったらしい。全くスケベな目つきをしている。そして、母のところに戻ってくると立ち止まった。どうやら僕を見つけたらしい。
「そ・・・その娘がいい。」
「ですから、この娘が見習い楽士でして・・・。」
ケイが僕を見つめている。もう、さっさと選べよ。どのお姉さまも素敵だし、あっちのほうも上手いさプロだからな。
「きみ、いくつ?」
「はいぃ。13になりました。」
「へぇ、俺より2つ下だね。」
そうなのだ。ケイは、近所に住む士爵の子息で2つ年上だ。虐められた僕をよく庇ってくれた優しいお兄さんなのだ。でも、今見る彼は、いっぱしの男のような態度だ。精一杯の虚勢なのだろうが。そこそこ様になっている。
「決めた。やっぱり、この娘にお願いすることにする。2年だったら待つよ。今日のところは、傍にいてくれるだけでいい。」
ケイがとんでもないことを言い出した。ちなみにこの場合、当然僕に拒否権はない。これから、ケイの相手をすることになったらしい。なんの呪いだこれは。
・・・・・・・
「きみの名前を教えてくれるかな?」
「マムと申します。よろしくお願いしますぅ。」
「マムか。可愛い名前だね。きみにぴったりだ。」
「ありがとうございますぅ。」
とりあえずは、口説かれているような口調だったが、無難に過ぎた。これから、歌と踊りの時間だ。ケイには悪いがようやく、一息つける。
5曲分程で終った歌と踊りの時間は、万雷の拍手が巻き起こった。特に激しく手を叩いているのは、ケイだ。
「僕の友達にも歌が過ごい奴が居るんだけど・・・ユーティーって知ってる?」
ユーティーは僕の名前だ。もしかして、気づいたのか?
「ユーティー・・・・フローラさんのご子息ですか?」
「そう、彼に匹敵するよ。」
へぇ。僕の歌を聞きに来てくれたことがあるんだ。
「ありがとうございますぅ。私の師匠ですから、全く及ばないですけど精進してますぅ。」
「そうなのか。なんとなく、声の質が似ているね。俺は、きみの声のほうが好きだけど。」
「師匠は、従兄ですぅ。私は、地方の片田舎育ちですけどね。」
従兄という設定は、顔が似ていると言われたらと考えていたことだ。咄嗟に使ってしまったが大丈夫だろうか。
「へぇ、なるほど。顔のパーツも似ているかも。」
うっ・・・。意外と鋭いな。厚化粧で全く印象が違うだろうに。
・・・・・・・
僕達の会話は、主にケイが喋って僕が相槌を打つ。ほとんど今日の競技会の話などの自慢話だったが、大人しく聞き役に徹した。
なんといっても、マムは誕生したばかりで話題が少ないのだ。歌や踊りなどユーティーの経験をそのままマムの経験として喋ることもできそうなのだが、どの話題を過去にケイに対して、喋っているかわからない。用心して越したことはない。
あっと言う間に時間が過ぎていった。
「マム、また逢えるかな?」
ケイが帰るため、玄関までお送りするとこう囁いてきた。
「また、娼館『チェリーハウス』へお越しください。事前に連絡を貰えば、出勤してお待ちしていますぅ。」
ケイの家は、準貴族だがそれほど裕福ではない。いつか、聞いた話だと学園に通うのも無理をして通わせて貰っているらしい。そんなケイが自力で娼館に来れるはずがないことをわかって言っている。
しかもマムは、今日だけの営業なのだ。明日になれば、もう居なくなる存在だ。
それでも、にこやかに笑顔で送り出したのだ。
・・・・・・・
大難関を突破して、気が緩んだ。おそらく、これ以降は、定期的に歌や踊りを披露するだけのはずだ。
その期待も裏切られることになった。2回目の歌と踊りの披露の後、席に呼ばれたのだ。
しかも娼館に来る前に、しっかりと飲んできたのであろう赤ら顔の外国の騎士のようだった。
「ワオー。スバラシイ!歌声ね。しかも、こんなにビューティフルなお嬢さんだとは。」
彼の隣には、しっかりとこの店のトップクラスの娼婦を侍らせている。反対の隣には、母が座り、酔っ払って聞けていないだろうが、僕が未成年の楽士で娼婦の仕事をさせていないことを説明している。
「OK、OK。ワッカリマシタ。傍でお話ししてくれるだけでカマワナイよ。」
母が戻り、暫く話を聞いていると彼が果物を特別注文してくれた。僕や娼婦のお姉さんの分もあるらしい。
「マム、そのリンゴをボクに食べさせてね。」
どうやら、これが目的だったみたいだ。僕は仕方なく、傍に寄り彼の口元にリンゴを差し入れようとしたところ、彼の腕が腰に回りこんだ。
僕は、必死に悲鳴をあげないように噛み殺した。これくらい接客業なら当たり前の光景だ。むちゃくちゃ嫌だったが、ここは我慢することにした。
「カワイイデスネ。こんなカワイイ楽士が居るとは、ユメみたいデスネ。」
「ありがとうございますぅ。」
僕は必死に表情に出さないように努めながら、微笑んだ。しかし、それが裏目に出た。
「キス、OK?」
彼は、そう言いながら顔を近づけてくる。僕は必死に抵抗したし、隣の娼婦のお姉さんも止めようとしてくれたけど、騎士の力には、叶わないのだ。頬にキスを許してしまった。
「次はバードキスね。」
そういって、また顔を近づけてくる。今度は唇を狙っているようだ。
「お楽しみのようですね。」
その時突然、頭の上から声が降ってきた。渋い声の持ち主だ。その声に、彼は固まったようだ。
「こ・これは、陛下。」
咄嗟に彼の腕を振りほどき、離れて声の主のほうを振り向く。本当に陛下だ。エル国・国王マクシミリアン様だ。彼は、王立学園の卒業生であり、時折、騎士専攻の授業を覗きにくることがあり、そのご尊顔を拝見したこともあるのだ。
「まあ、あまり羽目を外さないようにな。特にその子のような子供を相手に如何わしいことをしないように。」
「ハッ、シツレイしました。あまりの美貌と歌声に、ツイ。」
「ほうそんなによかったのか?ちょうど2回目のあとに入ってきたのだ。是非とも、聞かせてほしいものだ。」
いつのまにか、近づいてきていた母に向かって言う。
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