第32話 なんたってライバル
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今週は2話更新します。次は18時です。
「そういえば、トニーが帰ってきているわよ。」
「えっ、マジ?」
トニーというのは、僕の兄だ。兄と言っても血は繋がっていない。母が孤児院から貰ってきた子供だ。孤児院でも優秀だったというだけあって王立学園の入試でトップという学業の成績だけでなく剣士としての実力もすばらしいと担当の教官がお墨付きを与えるほどなのだ。
そんな優秀な兄だったためか、多くの女性と浮世を流しており、いったい何人の女性と付き合っているのかと思うほど、幼いときからとっかえひっかえを繰り返してきており、その苦情の大半が僕に持ち込まれるので酷い迷惑だった。
一度、兄に対して意見を言ってみたところ。母が居ないときに、ことあるごとに突っかかってくるようになった。流石に暴力は受けなかったが、酷いもんだった。
そんな兄も、その優秀さとその乱れた女性関係のためか、王立学園を卒業する前に隣国に留学させられたのだ。
その兄が一時的にとは、いえ帰ってきているなんて・・・。マムに変身している今の僕の姿をみたら、もっと酷いことを言われるに違いないのだ。
「警備の仕事を覚えてもらおうと、警護役のトップが店に連れて行っているわ。」
「トニーに、僕が変身して居るって、もう言っちゃった?」
「言ってないけど。ダメなの?なんで?」
「ダメ、絶対ダメ。・・・とにかく、嫌なんだ。ねえ、わかってよ。」
「はいはい。わかりましたよ。そのうち、バレると思うけどね。」
「トニーは、何で戻ってきたの?また、女性関係?」
「単純に夏休みって言ってたわ。数日後には、戻るみたいなことを言っていたけど。」
そうなんだ。戻るんだ。よかった。とりあえず、この数日だけでも誤魔化せば、いいだけだ。兄も僕が兄のことを嫌っていることは知っているから、姿を見せなくても不信に思わないだろう。なるべく、マムの姿で居ることにしよう。
「そう。よかった。」
「本当に苦手よね。ユーティーはトニーのこと。なんで?」
「あんな不誠実なやつ、好きになれるわけないだろ。それにあんなに迷惑掛けられているのに。」
「とにかく、着替えなさい。着替える姿を見られるのが嫌なら、貴方の部屋から直接出入りできる部屋をマムの部屋にすればいいわ。」
僕とトニーの部屋は中で別の扉で繋がっている二間続きの部屋なのだ。今は、お客さまを泊められるようにトニーの荷物は整理されており、ベッドが置いてあるだけなのだ。カモフラージュするには、もってこいかも。でも・・・。
「トニーの部屋はどうするの?」
「従業員たちの住居に泊まってもらうわよ。今は、女の子が使っているといえば、断らないでしょ。」
フェミニストだからな。あんなにとっかえひっかえしていても、女性からの評判は、すこぶる良い。問題は、意中の女性をとられた男性たちなのだ。
「じゃあ、そうさせてもらうよ。」
僕は、部屋に戻り、マムの衣装や道具類、マクシミリアン様に買ってもらったものなどを隣の部屋へ持ち込む。
うーん、いまいち女の子の部屋っぽくないが、明日にでも、コーディネイトできるように、街で何かを買ってくればいいか。もう、あいつの所為で余計な出費だよ。
・・・・・・・
アーマリエ様は、1回目の歌のころに伺うということだったので、少し遅めの出勤だ。着替え終わり夕食をゆっくり目に摂ったあと、楽屋から直接ステージに向かう。
「お待たせいたしましたぁ。ダマスス様ですね。本日は、ご指名頂きありがとうございますぅ。」
男装したアーマリエ様は、凛々しい騎士様といった感じに仕上がっていた。女性のときは、見せていなかった。その筋肉質な腕や足をさらすことで、頑強なイメージになっている。さらに、美形な顔がある種異様な存在感を醸し出している。
そして、なぜか、隣には、兄が居たのだ。
兄と視線が合うと兄は、眼を見開いた。もしかして気づいたのかと思ったが違ったようだ。
「新しい楽士だね。俺のことを知っているか?」
「ええ、師匠のお兄さまですよねぇ。マムと申します。よろしくお願いします。」
「トニーと呼んでくれ。不思議そうな顔だね。なぜ、俺がこの席に居るのかというと、たまたま店内で見知った顔を見つけてね。お邪魔しているというわけさ。」
そういえば、留学先は、ルム王国だったな。向こうの国の学校は、この国の王立学園より学業が進んでいるということだった。
「ダマスス様とお知り合いでしたの。それは失礼致しました。」
「同行するのを嫌がったくせに、ここに現れるとは、どういう了見なのじゃ。」
「いや、マムちゃんのことを小耳に挟んだら、途端に顔が見てみたくなってね。全くもって可愛いよ。ねえ、ねえ、俺と付き合わない?」
兄がいきなり口説いてくる。
「嫌。」
「あれっ、嫌だなんて、うそでしょう。」
「私は、誠実な人しか受け付けない体質ですぅ。」
「あれっ、ユーティーからなにか聞いているのか?」
どうやら、僕がマムになにかを吹き込んだと思っているらしい。
「僕は誠実だよ。付き合っているあいだは、よそ見なんて絶対しないさ。しかも、恋愛なんて片思いばかりさ。」
いったい、どの口でそう言うんだか。僕は、全部知っているんだぞ。
「おいおい、いままでの女性たちは、なんなのじゃ。」
アーマリエ様も知っているほど、向こうの国でも浮世を流していたのだろう。
「あれは、誘ってくるんだよ。向こうが誠実にならないものをこちらが誠実になる必要は無いでしょ。」
「とにかく、嫌なんですぅ。そんな、何人もの女性たちと付き合っている男性なんて、私1人を好きでいてくれる男性がいいんですぅ。」




