第2話 歌と踊りのおさらい
メイクルームを出て、母の待つステージに向かう。
「フローラさん、歌と踊りのおさらいをお願いしますぅ。」
フローラというのが、母の名前だ。普通の娼館では、ご主人さまと呼ばれるらしいが、母はそれを嫌がり、名前呼びをさせているのだ。
僕がさらに近づいていくと、母は、目を見開いたまま、微動だにしない。
「母さん、どうしたの?」
僕は、心配になり声を元に戻し問いかける。
「貴女は・・・ユーティー?本当に?」
「はいぃ。『チェリーハウス』の見習い楽士のマムです。よろしくお願いしますぅ。」
この娼館の娼婦達は、皆、母の名前に、ちなんで花の名前の源氏名を持っている。僕も同じように、付けてみたのだ。
「マム、そうね。いい名前だわ。結構どこにでもある名前だから1日娼館で見ただけの楽士なら、うまく忘れてくれるに違いないわ。きっと。」
・・・・・・・
母の演奏が始まり、僕が歌と踊りを披露していると辺りから、溜息の付く音が聞こえてくる。そんなにも下手だろうか。特に母からは指摘はないのだけれど・・・。
「お粗末さまでした。お姉さま?いったいどの辺が、ダメでした?遠慮なく仰ってください。お願いしますぅ。」
僕がそう言ってお姉さま達に微笑みかけると、また、溜息を付かれてしまった。そんなに酷い出来だったのだろうか。
「大丈夫よ。自信を持ちなさい。皆もそんなに蕩けた顔で見ないの!」
母がOKを出してくれた。お姉さま達は僕に見とれていただけらしい。
「すごいわ。こんなの見たことがない。お得意さまが連れて行ってくれた音楽ホールでみたプロの歌や踊りよりも何倍もすてきだったわ。これなら、お客さまも喜ぶわよ。ねえみんな!」
お姉さま達は、口々に褒めてくれた。学園で学んだことやマーガレットさんから伝授されたものが実を結んだのだ。ようやく、僕は息を付いた。その途端、僕のお腹がぐぅーと鳴った。
「クスクス。さあ、夕食にしましょう。マムは、その大きな前掛けを付けてね。できるだけ、口紅を落とさないように食べるのよ。」
母やお姉さま達が少しお腹を抑えている。そんなに笑うことじゃないだろ。少し安心しただけなのに・・・。しかも赤ちゃんじゃあるまいし。と思うような前掛けだ。仕舞いには、噴出すお姉さままで現れた。思わず、頬をふくらませると、今度は、声を出して笑い出したのだ。
どうやら、この格好でリアクションすると逆効果のようだ。とりあえず、母の言われた通りに静かに食べた。娼館の夕食は、軽めのものだ。お腹がいっぱいでは、仕事に支障が出る。本当の夕食は、仕事が終ってからだという。
娼婦のお得意さまが持ってくるお菓子や果物もあるらしいのだ。そんなときは、食べない。夜中に食べると太るからということらしい。
僕も今日の昼食は、学園の食堂でお腹一杯に食べたから、大丈夫だと思う。
いつもお読み頂きましてありがとうございます。