第1話 見習い楽士
「なにを言ってるの。貴方は、男の子よ。できるわけないじゃないの、娼館の楽士は女性と決っているのよ。」
「僕が女装をすればいいだけじゃない?前に娼館のお姉さま達に無理矢理、女装させられたときに見ていたよね?」
「ああ、確かに可愛いかったし、女の子そのものだったけど。それとこれとは、関係ないわ。今日の楽士は、娼婦もしなきゃいけないのよ。貴方がケイと部屋で裸になったら、一発でバレてしまうわ。」
「母さん。知らないの?先日、王の勅令で未成年と同衾することはできないと定められたのを・・・。」
「もちろん知ってるわ。そのせいでリリアンが辞めると言い出したのよ。まあ、確かに楽士の都合がつかずに見習い楽士が来たことにすれば、娼館のランクは落ちないで済むわ。でも、貴方は、うちの歌と踊りはできるの?」
「うん、マーガレットに一通りは、習っているよ。リリアンも明日には、戻ってくるんでしょ。明日から後任が見つかるまでは、居てもらえばいいだけだ。今日一日さえ、バレなきゃOKだよ。」
「ええそうなんだけど、もし貴方が男の子だと発覚すれば確実にランクが下がるわ。」
「では、ほかにいい方法があるの?」
「やっぱり、近衛師団の方に謝るしかないわ。もしかすると許してもらえるかもしれないわ。」
「いままでの例から言って無理じゃない?隣の娼館のランクが落ちたときだって、たまたま王宮の下級職員が歌を所望したときに居なかっただけだと言うし。今回は、近衛師団の貸切だよね。」
「・・・・・・・・。」
母は、悩んでいるようだった。それは、そうだ。過去には、小さな男の子が下手な踊りを踊って誤魔化すこともあったらしいが、それは、もっとランクが下の地方の娼館の話だ。こんな王都のど真ん中のトップクラスの娼館では、ありえない話なのだ。
「とにかく、娼婦のお姉さん達に相談してみようよ。彼女達の協力がなくては、できないのだから。彼女達に断られたら、きっぱり諦めるよ。」
「そ・・・そうよね。みんなに相談してみるわ。ほかにいい手があるかもしれないからね。」
・・・・・・・
「私は、賛成よ。」
「私も・・・。」
娼婦のお姉さま達は、皆、僕の案に賛成してくれた。それは、そうだろう。娼館のランクが下がれば、彼女達の見入りも確実に減るのだから、はじめから負け戦になるような手は、打ちたくないのだ。少しでも、勝ち目のある手段があるのなら、そっちに乗ってみようということらしい。
しかも彼女達は、僕の女装姿を見ている。その時は冗談だったのだろうが、すぐにこの娼館のトップになれるよ。とか、いっそのこと本当の女の子になってみれば?とか言われたのだ。
他の手段として、彼女達の誰かが楽士のフリをするという手段も提示されたのだが、それは、母が却下した。どうも、今回この娼館を利用する近衛騎士達は、この娼館の常連らしく彼女達の顔を覚えられているらしい。しかも、歌や踊りに詳しい人間も居るようなので、彼女達の素人芸では、太刀打ちできないらしい。
「わかったわ。とにかく、用意してちょうだい。時間が無い。可愛い顔を隠すのは、勿体無いけどお化粧も濃い目でユーティーだと絶対にわからないようにしてね。そして、歌も踊りもおさらいが必要だわ。」
ようやく、母が心を決めたらしい。娼婦達の総意では、どうしようもないのだろう。娼館の女主人としては、娼婦達にそっぽを向かれるわけには、いかない。彼女達すべてが、娼館に借金しているわけじゃないので懇意にしている客を引き連れ他の娼館に移られては、堪ったものじゃないからだ。
・・・・・・・
娼館には、専用のメイクルームがある。通常、娼婦達は薄化粧で娼館にやってきて、ここでメイクをし直すらしい。しかも、娼婦は時間貸しだから、次のお客さまの前に出て行く前にどうしても、メイクし直す必要がある。
娼館の営業は、夜からだから薄暗い中でも綺麗に見えるように必然的に、濃いメイクが必要なのだ。
衣装は、あるお姉さんが買ってきて、以前悪戯で女装させられた時のものを使用した。もちろん、胸は無いが未成年の見習い楽士ということで胸には、なにも付けていない。
着替えが終わり、いよいよメイク開始だ。ここは、王都トップクラスの娼館ということもあり、わりと大きな鏡が備え付けられている。わずかに歪んでいるらしいのだが、それほど気にならない程度だ。
メイクが完了し、さらに母の髪と同じブロンドのかつらを被り、改めて鏡の中の自分を見た。うーん、まったく面影もない。表情を変えてみると、鏡の中の女の子は、たしかに僕のようだ。ここまで、変わるんだな。化粧って恐ろしい。僕も女の子と付き合う際には、気をつけようと思った。
「ありがとうございますぅ。」
僕は、振り向きメイクしてくれたお姉さま達に向かって、わずかに高い声で礼を言った。お姉さまそれぞれが得意な分野のメイクを担当している。みんなの合作というわけだ。
僕は、学園で声楽などの授業をうけている。その授業の一つに、声の音域の幅を広げるための授業の間中、わずかに高い声か低い声で喋るというものがあり、これくらいの高さなら造作もないのだ。
元々の声が高いせいか、少し上げるだけで女の子の声に聞こえるという。同じ授業を受ける友達の中には、僕の声を目を閉じて聞き、リクエストまでするという変わった友達も居るくらいなのだ。その友達がリクエストしてくる喋り方が慣れているから、それを使った。
「ユーティーちゃん、可愛い声ね。まるで、女の子だわ。いや、女の子にしかみえないわ。」
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