第16話 母性本能
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僕は呆然としたまま、貴賓室に連れ込まれた。
「マイルズ、席をはずせ。警護なら、廊下で十分だろう。」
「ですが・・・。」
「ああ、無体なことは、しない。約束する。」
「わかりました。失礼します。」
相手は、国王様なのだ。誰も逆らえないのだ。こうして、貴賓室でマクシミリアン様と2人きりになった。いや、否応なくさせられた。
にこやかに笑いかけるマクシミリアン様を見て、だんだんと悲しくなってきた。
「どうした?そんな顔をして・・・。」
僕は、ネックレスを外すとマクシミリアン様の目の前に差し出す。こんなことをしては、いけないことは解かっていたがどうしても、我慢出来なかったのだ。思わず涙もこぼれる。
マクシミリアン様は、あの2人で選ぶという楽しい時間を捨てさって、別のものを渡すという愚行をしたのだから、これを受け取るわけには、いかない。
「そんなに、気にいらないのか?」
マクシミリアン様は、オロオロしながら、ネックレスを受け取る。もう、無礼打ちされてもいい。ひとこと言っておく必要があるのだろう。
「ごめんなさい。あの2人で選んだ時間は、なんだったのかと思うと悲しくなってしまいました。」
どうも、マクシミリアン様は、本気で女性を口説いたことが無いらしい。こういう機微がよくわかっていないようだ。だが、一度受け取ってしまったものは、どうしようもない。突っ返したら、突っ返したという悪名が残るだけだ。
突っ返して、マムという楽士が消えれば済むだけの話だ。
「受け取れません。今日を境に楽士を引退させて頂きます。では、さようなら。」
僕がマクシミリアン様に背を向ける。
「待て!ゆるさん。そんなことは、ゆるさんぞ!」
これで終わりだ。ここで僕が無礼打ちされれば、個人的なことだから、きっと娼館にもそれほど迷惑にならないだろう。いや、マクシミリアン様は、優しいからそうならないようにしてくれるに違いない。
いつ切り付けられるかと身を硬くして待っていたが、いつまで経ってもその瞬間が訪れない。しばらく待って不信に思った僕が後ろを振り向くと膝をついて泣き崩れているマクシミリアン様が居た。
予想外の展開だ。こんなところを見られたら、無礼打ちどころか公開処刑だ。娼館にも被害が及ぶこと間違いない。まったくもう・・・。バカな国王様だ。
「マクシミリアン様、お立ちになって。」
僕は、持ってきた鞄からハンカチを取り出し、マクシミリアン様の涙を拭いた。
「何処も行くな。何処にも行かないでくれ!」
まったく、大きな子供だな。
「わかりました。ほらもうすぐ、オペラが始まるようですぅ。いっしょに見ましょ。」
酷い顔だったがなんとか、威厳を取り戻したマクシミリアン様と貴賓室の座席に座った。ネックレスは、例の宝飾店に使いを出し、僕たちが選んだものに取り替えてくれることになった。
そこから、オペラが始まるまで、コンコンと説明した。マクシミリアン様の寵愛を頂くだけで十分、妬み恨みを買っていること。そのことにマクシミリアン様が手出しをすれば、余計に傷口が広がるだけであること。過分な贈り物をしないこと。庶民が買える程度のものならば、受け取ることなど・・・。
オペラが始まるに当たり、貴賓室に国王様がいらっしゃることが伝えられると、どよめきが起こった。新人公演に国王様が顔を出すこと自体異例なのだろう。そして、静まり返った会場で、静々とオペラが始まる。
前回見た客席は演ずる人を間近で見れる3列目の中央というベストポジションで、歌い方や筋肉の使い方など大変勉強になった。貴賓室は、演ずる人を間近で見れない代わりに音響がすばらしくベストな位置にあるのだ。
アレ?この歌声は・・・。どこかで・・・。舞台に目を向けてみると・・・。そこには、ロビン先生の姿があった。
え、どうして?今週の講義のときにも、特には言ってなかったはずだ。
「マム、どうした?」
「綺麗な女性ですね。」
「マムのほうが綺麗だ。」
マクシミリアン様は、真面目な顔をしてそんなことを囁いてくる。今回の件でよく解かった。マクシミリアン様は、夢中になると目の前の人間しか見えないのだ。この褒め言葉も天然なのだろう。恋は盲目とは良く言ったものだ。
今度は、僕のほうからマクシミリアン様の手を取り両手で自分の膝の上に乗せる。なんだかこの30過ぎのエロいおっさんが突然可愛く見えてしまったのだ。まさか自分にこんな母性本能があるとは思わなかった。
そうすると沈み込んでいたマクシミリアン様の表情も若干和らいだような気がする。そしてゆっくりとこちらに傾いてくる。油断した僕が悪いのだがいつのまにか両手を押さえられている。
そして少し躊躇ったあと、マクシミリアン様は僕の頬にキスして、スッと離れた。とりあえず、僕の嫌がることは避けたようだ。危なかったもう少しで雰囲気に流されてキスを許してしまうところだった。機微に疎いマクシミリアン様でよかった。
あとは、夢中になって舞台を見続けたのだが、先生の目線がときおり合わさる。どうも、こちらに向かって歌っているようだ。先生の歌っている恋の歌に揺すぶられつつ、突然目覚めた女性本能でまるで本物の女性であるかのようだ。
マクシミリアン様の手を撫でながら、なんとなく意識まで女性になったような錯覚を覚えてしまったのだ。
オペラがクライマックスに辿りつき、先生の伸びやかに透き通った歌声が場内に響き渡り、緞帳が下りた。
幕間だ。ちょうど、マイルズ様に取ってきて頂いたネックレスが到着する。僕は、それを着けて、マクシミリアン様の手を取り、貴賓室から楽屋に降りていく。先生が出演すると解かっていれば花でも持ってきたのに・・・。
まあ、花の代わりに国王様で我慢してもらおう。国王様が楽屋伺いに来たというだけでも箔が付くに違いない。
楽屋前のスタッフに頼み込み、先生の前まで連れてきてもらった。