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プロローグ

「おい、ユーティー。俺の勇姿を見たか?」


 友人のケイが僕の顔を覗きこむ。


 ここは、王立学園の正門前だ。王立学園は、王族や貴族、大商人の子息達が通う学校だ。本当をいえば、僕みたいな娼館の息子は入れないのだが、街の小学校に居たときにこの学園の音楽講師に僕の歌声が認められて入れてもらった。


 この学園には、騎士専攻もあれば魔術師専攻もあるが、楽士専攻もあるのだ。


 僕の父は、早くに亡くなり、今は母が娼館の女主人をしている。娼館と言ってもただ娼婦と寝るだけの場所ではない。時にはパーティーが催されることもあり、客や娼婦の待合室兼用の大きな広間がある。


 そこに欠かす事のできない専属の女性楽士が居り、歌や踊りを披露する。女性楽士が居ない娼館はランクが落ちると言われるほど重要な存在なのだ。もちろん、楽士も請われれば娼婦の真似をすることもあるが、娼館のトップ娼婦を上回るお金が必要だという。


 僕は、娼館を継ぐために見習い楽士を育てることのできる音楽教師を目指して勉強しているのだ。


 父は、音楽センスは抜群で楽器も歌も踊りもできたという話だが、母はそうでもないらしい。辛うじていくつかの楽器が弾けるだけだ。だから、今はこの娼館に居る楽士は、外部から雇い入れているのだ。


 今日は、学園で騎士の競技会があった。その中学の部でケイは、見事に優勝したのだ。


「ああ、華麗な剣さばきだったよ。」


「そうだろ。そうだろ。それでご褒美がなんだったと思う?」


「え、名誉だけだろ。なにか商品があった?」


「聞いて驚け、近衛騎士に連れられて、娼館にご招待だって。もちろん、『チェリーハウス』をリクエストしたよ。どうせなら、初めては好きな女性としたいからな。」


 『チェリーハウス』が、僕の母の経営している娼館の名前だ。


「それは、ありがとう。へぇ、誰が好きなんだい?」


「マーガレットさんさ。なんとなく母さんに似ているんだ。」


「マザコンかよ。まあ、綺麗な人だけどな。だが大丈夫か。楽士は、とっても高いぞ?」


「リクエストしたときにダメ元で聞いてみたけど大丈夫だってさ。」


・・・・・・・


 その日の夕方、娼館で準備をしているはずの母が突然隣接している自宅に戻ってきた。


「ユーティー!マーガレットさん知らない?」


「え、どうしたの?」


 母は、自宅の内部を見回して溜息をつく。


「居ないのよ。どこにも。ここにも居ないわね。わかったわ。他を探すわね。」


「住居にもいないの?」


 娼婦や楽士達は、娼館で借り上げた近隣の住居に住んでいるはずだ。


「ええ、荷物も全てなくなっているわ。」


「それ逃げたんじゃないの?」


「やっぱり、そう思う?確かにもう娼館に借金もしていないから、辞めたかったら辞めてもいいのだけど、後任の女性に引き継いでもらわないといけないのに、いったいどうしたって言うの。しかも、間の悪いことに今日は近衛師団の貸切なのよ。マーガレットに珍しく指名も入ったというのに・・・。」


 ケイのことだな。


「指名のことは、言ったの?」


「ええ、今日の王立学園の中学の部の優勝者だと伝えたわ。そういえば、その時、少し青ざめていたわ。ダメだったのかしら・・・おかしいわね。同じくらいの年齢の貴族の子息相手のときは、嬉々としてお相手していたのに・・・。」


「そういえば、うちの歌や踊りを教えてもらっているときにも、僕に初めてのときは、私がしてあげるね。って言っていたよ。」


「そうなの!まあ、マーガレットたら・・・。とにかく、手分けして探し出すわよ。ユーティーも手伝ってね。」


「うん、それはかまわないけど。僕、彼女の本名をしらないよ。」


「ああ、言ってなかった?ティナよ。」


 ん。・・・・・・そうなんだ!


「ダメだよ。見つからないよ。たとえ見つかっても、今日だけは、ダメだと思うよ。」


「なにか知っているのかい?」


「中学の部の優勝者は、ケイなんだ。僕の友人の。」


「っ・・・・・。」


 母の息を飲む音が聞こえた。どうやら、母も知っているらしい。


「やっぱりそうなんだ。マーガレットさんは、ケイのお母さんなんだね。」


 ケイの母親は、死んだと聞かされていたが、本当は離婚したらしいことを風の噂で聞いたことがある。しかも、死んだと聞かされたときに名前も聞いているのだ。


「そうよ。よくわかったわね。」


 今日の競技会は、一般客も入場可能で噂では、庶民の娯楽となっており、賭けの対象にもなっているらしい。どうやら、ケイの母親は、競技会でケイの勇姿を見たのだと思う。


 だから、今日の客を聞いたときに動揺もしたし、逃げたのであろう。


「見習い楽士のリリアンは、居ないの?」


「ええ、あの娘は、今実家に帰っているわ。もしかすると辞めるかも。」


 娼婦も大変だが、楽士はもっと大変だ。母が楽器を弾けるので歌と踊りだが、その修行に音を上げて、辞めたり、借金があると娼婦に転向したりする娘が多いのだ。


「他の娼館から借りてくるとか?」


 楽士の都合が合わないときは娼館同士で楽士の貸し借りもするのだが・・・。


「ダメよ。この界隈の3つの娼館すべて、近衛師団の貸切よ。」


「じゃあ、どうするのさ。」


「謝って許しを請うしかないわね。」


「え、そんなことを近衛師団相手にしたら、確実にランク落ちになっちゃわない?」


 娼館のランクが落ちると客から娼館に支払われるお金が下がることになる。そんなことになったら・・・。


「僕が見習い楽士になって、娼館で歌と踊りを披露するよ。」


ここまでお読み頂きましてありがとうございます。

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