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満月の夜に、スズラン畑で私の恋は眠る。

 

 いいもの見せてやるよ。

 そう言って夜レジスが窓から忍び込んで来た。シーツを引き寄せ、枕元にあった物をとっさに掴む。

「火掻き棒? ちょ、落ち着け!」

 朝一番にかまどに火を入れるのが私の仕事だからで、幼馴染の夜這いなど警戒していたわけではない。

 出掛けようと誘うバカに何時だと思ってんだと文句を言っても始まらない。

 コレはただのバカである。だが、可愛い弟分なのだ。ワクワクするものを探させたら並ぶものは居ない、そういう奴で。

 子供じゃないのに、私も案外そういうのが好きだから仕方ない。

 いいもの、と言われて子供心が騒ぐのを感じる。直ぐに腹は決まった。

「着替えるから出てけ不審者」

「不審者じゃないから!」

 声を抑えてそんな遣り取りをして、着替えてから窓の外に出ると、満月が明るく夜を照らしていた。寝起きでぼんやりした頭でそれを見上げた隙に手を掴まれて走らされる。寝起きの足がもつれ掛け、何が楽しいのかくすくす笑うレジスにムカついて足を蹴った。

「え、何!?」

「別に。ただムカついた」

「何ソレ理不尽!」

 カンテラの覆いを取って家の裏の森に入って、そう奥に行かずに開けた場所に出た……いや、目の前が開ける手前でレジスは止まる。

 振り返ったレジスは、見てて、とまたカンテラに覆いをした。そして、私の驚くかおが楽しみでならない様子でにんまりしながらワクワクと手を引く。

 木々を抜けた途端、遮るものが無くなって辺りに月光が満ちる。

 何より、足元が唐突に明るくなった。

 呆然と見入る私に、レジスは嬉しそうに笑った。

 しゃがんでみると、真っ白な花で、小さな釣りがねを幾つも付けた華奢な茎、ナイフの様な葉……スズランだ。

 家一つ分開けた足元にはスズランが群生しているのだ。まるで、月明かりをそのまま灯した様に真白く明るく。

「毎年春の満月はきれいなんだよ、ココ」

 すげぇだろ、とレジスも隣にしゃがんで、にかっと笑った。

 レジスはしょっちゅう夜更かしするくせに早起きだ。昼間学校で寝ているせいだろう。

 流星雨に、星を捕まえに行こうと誘いに来たり、眉唾の噂やら言い伝えやらを仕入れてきてはお化けを捕まえようぜ、だとか妖精捕まえようぜ、だとか。

 まあ、楽しくなかったとは言わない。夜中に家を抜け出すあのワクワク感。昼間とは全く違う夜の匂い、濃いような空気、闇色に染まる世界は、子供には胸をときめかせるものだった。たとえ実際には捕まえられないと知っていても夜の散歩は楽しく、星空を眺めるのはあきない。

 そして、今目の前に広がる真っ白な絨毯も。

「悔しいけど、すごいね、これ」

「おう。悔しがれ」

 ご機嫌なレジスはスズランをつついて遊び出す。

 二人でしばらくスズランの絨毯を眺めた。ベルの形をした愛らしい花が時折揺れ、仄かな香りが漂う。

「あ、そうだ、キャラメル」

 ポケットを探ろうと突っ込もうとした手を掴む。

「お前のもあるよ」

 キョトンとしたレジスに私は首を振る。

「スズランは毒草だからダメ」

「ど、毒?」

 レジスはギョッと立ち上がる。

「特に花と根に毒があるから、花を触った手で何か食べるのは止めといた方が良い」

 多分触ったくらいでどうにかはならないけど、念の為。

「え、でもスズラン贈り合うよな」

「幸福のシンボルだって言われてるから。幸わせになりますようにって」

 一輪摘んで渡すと、レジスは毒草だということも忘れて「そうなんだあ」と嬉しそうに受け取った。

「好きなヤツに贈る花だって聞いてたけど、そうなのかあ」

「何で知ってんだよ」

 ぺしっと頭を叩くと「何で叩くんだよ!」とレジスは声を上げた。

「ん? アレ? 今、何て……?」

「家帰ったら寝る前に手を洗えよ」

 最後に念押しして、私はさっさとバカに背を向けた。まだよく事態を飲み込めていない様だから、うやむやにしてしまうに限る。

 女から男に贈る時は告白になる事も、好きな相手に香りを振りかけると想いを返してもらえると言われている事も、知っていた。

 レジスが知っているとは思わなかったが。

 さて、レジスは果たして気づいただろうか。

 気づいたなら、どう出る?

 木々が月明かりを遮り、森は暗い。

 先が見えない私そのものだ。

 でも、夜は好きだ。闇も悪くない。怖いと思った事なんてなかった。

「――アディ!」

 夜はレジスが来るから。出掛ける時はいつだってレジスとずっと手をつないでいたから、怖いと思った事なんてない。

 バカなレジス。カンテラを忘れてスズランだけつかんで追いかけて来るなんて。スズランじゃ足元を照らせやしないのに。

「ねえ、コレ! 何でくれたの?!」

 私の渡したスズランを突き出すレジスは、可愛い弟分のかおで。私からの告白なんてちっとも届いてない。何にも響いてない。

 ああ、いつか、私を誘う手が別の誰かを誘う日が来るのかも知れないなと思う。

 別の誰かの手を取る日が。

「スズランには他にも純粋って花言葉がある。ぴったりじゃないか。子供のままのレジスに」

「こ、子供言うな!」

 何だよ、そんなことかよ、とレジスは頬を膨らます。

 ちぇっ、と舌打ちしてから、ブスッとしたまま手を差し出した。

「帰ろ」

 頷いてないのに、レジスはいつだって勝手に手を掴んで来る。

 勝手だけど、嫌だと思った事もない。この手は安心する手。

「カンテラは?」

「あ! 置いてきた!」

 レジスはスズランの花畑に走り出す。私の手を掴んだまま。

 「何で私を引きずってくんだ」といつもなら足を蹴飛ばしたりするところだけど。

 まあいいか。そう思うのは眠気が差して来たからか。このきれいな景色を案外気に入ったからか……暗い森を抜けて眩しい白が広がる。

 カンテラを拾うと、思い出した様に「ここ、内緒だぞ」とレジスが言った。

「アディにしか教えてないんだからな。俺とアディだけの秘密だ」

 とっておきの秘密を打ち明ける様にレジスが笑う。

「また来年来ような!」

「来年も夜這いに来るつもりか」

「夜這いじゃないよ!」

「来年になったら可愛い女の子と見たくなってるかも知れないのに」

「俺はアディが良いよ」

 つかまれた手がギュッと握られる。

 無邪気に、何にも考えてないかおでレジスが笑うから、私は足を蹴飛ばしてやった。

「え、何で俺今蹴られたの?」

「ムカついたから」

「何で怒ってんの?」

 意味ワカンナイ、とレジスが声を上げる隣で私は笑う。

 他意なくさらっと言ってのけるのがムカつく。私の想いとは比べるべくもない軽い言葉。

 けれど、他意ないストレートな声だからこそ、疑いようもない。

「アディが俺蹴って超ご機嫌……」

 何で? と首を傾げたが、深く考えないレジスもすぐ笑う。

 真っ暗な森を、カンテラの灯り一つで手をつないで歩く。月なんかなくたって、なんだったらカンテラすらなくともレジスが居たら、それでいい。

 そんな事を考えてるなんてちっとも思っていないだろう隣を歩く男は、スズランを手に鼻歌でも歌いそうにご機嫌で笑っている。

 ムカついたから、絶対に内緒だ。


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