幼心に深い傷
十年前のある夜のこと。僕はまだ六歳で記憶が曖昧だが覚えていることが二つある。
ひとつは、その夜はじっとりと肌に絡む蒸し暑い夜で綺麗な満月だったこと。
もうひとつは僕がただの民家の少年から少年兵なったことだ。
僕と兄は母と一緒に夕食の準備をしながら父親を待っていた。
それは貧困に喘ぎながらも幼い自分でも感じていた小さな幸せ。僕にとって食事は毎日家族で朝と夜に行うことのできる一大行事でもあったのだ。
兄は少し離れたところの畑で毎日の食事から余った農作物を売ったり近所に分けたりとしっかり者だった。父は出稼ぎに出て何ヶ月周期で大量に稼ぎや戦利品を持ってくる傭兵であった。傭兵と言っても自分で会社を建てたのは良いものの従業員も中々集まらず自分で傭兵をしなければならないほど経営難で仕方なくやっている素人傭兵だ。だが、さすが命を張る仕事。収入は父がいない間切り盛り出来るほどのモノだった。
そんな父親が帰ってくる夜。近所が遠いこの家の周りがやけに騒がしい。
兄がカーテンを開けて外を確認しようとした時だった。
外から缶スプレーのような物が窓ガラスを割って入ってきたのだ。
あの窓を割る大きな耳を劈く様な音は今でも恐怖と共に脳裏に、そして心に深く刻まれている。
缶スプレーから勢いよく出る煙。これは今思うと催涙ガスだったに違いない。
兄以外の僕と母は煙を深く吸ってしまい、せき込んだ。息も視界確認も難しい。
兄はカーテンを千切って自分の鼻を覆い。僕と母に渡した。
僕はそれを受け取ることができなかった。苦しくて床に伏せてしまったのだ。
そのあとはよく覚えていない。極限に薄く、引き伸ばされたような意識の中反政府軍の兵士に僕たちは連れ去られた。
母と兄の行方は知らない。父親の無事も今は願うことしかできない。
その後、僕は何年も民兵の周りの世話。銃の手入れをした。
銃を持つようになったのも10歳ぐらいからだ。
僕は家族の顔を忘れた。覚えているのはボンヤリとした影のみだ。
大人にこき使われボロボロになった体に罵声を浴びせられ心まで引き裂かれようとしている。その体とココロを繋ぎ止めているのも紛れもない家族の幻影だった。あの頃の小さな幸せ。戻ることのできない思い出。だがありえるはずの無い期待を胸に、自由を願い戦い続けている。
この少年の心にはとても深い傷が刻まれているようです。
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