もうひとつの誕生日
ドアが開き、二人の30代後半と思われる男女が入ってきた。
「どうも初めまして。スウィフトと、言います」
男性のほうから挨拶をしてきた。メガネを掛け、スーツを着ていてビジネスマンという感じだ。僕はコクっと頷き返した。
女性のほうはワンピースを着ていて暖かい微笑みを僕に向けてお辞儀をした。
「スウィフト夫妻はね、この廃れた街に科学の力でお金を集めてくれた。いやらしい話だが、お金があるところに人は集まるのさ。だからこの街にはスウィフト夫妻を知らないものはいないし、この病院も夫妻の投資から成り立っているのだよ」
僕の主治医は淡々と説明をする。そんな偉大なお方が僕の里親に…不安が過る。
「な、なんで僕なんですか…腕を失くしていて…戦争の経験もあるしまともじゃない…」
僕は夫妻のことを想っている。引き取ってほしいが、僕じゃないほうが夫妻も幸せだ。欠陥があるものをわざわざ引き取らなくていい・・・。あの戦場{ばしょ}と同じで・・・。
「私は君の事を知ってからずっと科学の力で君の腕を元通りにしたいと思っていた。失礼な話だが、腕を元に戻すのは史上初の試みだからね。今日ここに来た理由、本当はそれだけだった。だが、君の名簿を見て気付いたのだ。名前が無いことに。理由は敢えて聞かない。だが、君は兵士である以前に人だ。まだ君はこの世に産み落とされていない。何故なら呼ばれるべき名前が無いのだから。」
僕の心に一言一言重く圧し掛かる。彼はこう続けた。
「私は人の親になったことがない。なりたいとは幾度も思った。だが…」
彼はその場にいる妻である彼女を見た。彼女は俯いてしまった。
「神は私達に富と名声{知識}の代わりに彼女に試練を与えた…。君にはまだ難しいだろうが彼女は子を産めない身体なのだ・・・。だから、私は与える喜びを知らない。よければ私に親としての喜びを教えてくれないか?」
彼はゆっくりと僕に近づき手を差し伸ばした。僕はその手を取りながら職業柄質問をしてしまった。
「どうすればいいですか?欲しいものなんてないです…。」
パンと水だけの生活を送ってきた僕にはこの快適な気候ですら幸せを感じる程だった。嫌悪を感じない気候や食事に。
「まずは名前と住むところだな…今日から退院らしいし。私達の家に来てくれないか?」
そんな事は一度も聞いていなかった。僕は主治医の顔を見た。
「い、いや・・・。内緒にしてくれと頼まれていてね。君の身体は普通の生活ぐらいならしても大丈夫だよ・・・はは・・・」
明らかに焦りの目が見える。僕も期待と不安で動揺していた。
「名前か…。つけるの初めてだな…。君は何か好きな歌手とか尊敬している人はいないのかい?」
僕に聞いてきた。有名人も何も…テレビなんて見たことないし、読み書きですら簡単なものしか出来ない。
「ぼ、ぼくですか…?ジョン…とか?」
僕に普通聞かないだろ…。とは思いつつ呼ばれてみたい名前であったので疑問符を打ちながら言葉にしてみた。ジョンとは病院のカルタに名前を書きなさいという時に例えとして「ジョンと書きなさい」というのだ[日本でいう太郎]。
「ジョンか…それは呼ぶきでいいな…じゃあジョナサンっていうのはどうかな?ジョナサン・スウィフト!いい響きだ。」
僕はあまりの嬉しさにフフッと笑ってしまった。変に思われていないだろうか…。
彼にとっての誕生日はこの日になるだろう。やっと自分を表せる名前を得たのだから。