Story.9 溶けるまでは、花でありたい。
と、回想に浸りながら、ソファに腰掛けて次の参戦者を待ち構えていると、裏庭の方から声が聞こえた。低いが濁声と言う訳ではない、若い男性の声。恐らく、またエルヴィンがユキノにとやかく言っているのだろう。抗議するユキノの声も聞こえた。
現在時刻は二時頃。日はまだ高々と空の上から陽光を降り注いでいる。ユキノとエルヴィンは午後の特訓タイムだ。今日は朝からの来訪が多かった。普段は仕事や学校がある時間を過ぎてからなので、夕方や夜の方が多いのだが、今日は不思議と朝が多い。朝、といっても早朝は割とあるので、授業で言うなら一時間目辺りの時間だ。理由は解らない。
だが、そう考えると、昨日アザレアが昼に来たのは妙だ。今日も世界は通常営業されている。学校だってあるのだ。クレスは不本意ながら風邪というテンプレートな口実を付けて休んでいるが、アザレアは普通に学校に行っているはず。今度会ったらそこも訊いてみようか。
読書に耽りながらソファに座っていた訳だが、流石にこの時間は誰も来るまいと見限り、クレスは本に栞を挟んで閉じる。よく使っている栞なので、上の方は破れたり折れたりして色褪せていた。本をテーブルにそっと置いて、クレスは裏庭へと向かった。幾ら《デザイン》があるといっても戦闘は基本銃、クレスも練習しておかないと戦えないから、その練習の為にだ。
裏庭に回り、靴を履いて外に出ると、エルヴィンとユキノが何やら言い合っている様子が見えた。
「エルヴィン、まあそこまで言ってやるな。ユキノはお前とは違うんだ。大人げないぞ」
「そうか……」
一応ユキノを庇ってやると、エルヴィンは考え直し始めた。エルヴィンはスパルタ教育を施したい訳ではないらしいので厳しくすることに固執しているという訳でもないらしい。
「でも時間が無いんだろう? 点滴穿石と言っても、雨粒が石を穿つまで待っていては終戦するか、最悪発展してしまうぞ」
「そうなんだが……まあとりあえず休憩させてやれ」
「休憩?」
そこで、何故かエルヴィンが首を傾げた。ランチ後一時間やっているのだから、そろそろ休憩を挟むべきだというのは妥当な判断だろう。だが、ユキノの姿を見ると、一瞬考え方が変わってしまった自分が少し悔しかった。
「……汗を掻かず涼しい顔をしているが、疲労こそ溜まっているぞ思うぞ?」
「そうか……疲れたという割に顔が疲れてないから嘘かと思ってた……」
「おい、信じろよ」
ユキノが男口調でツッコミを入れる。ユキノはどうやら疲れやすいが、回復も早いらしい。つまり、すぐに息を切らすが、それを整えるのも早いということだ。そして、汗は不思議なことに一切として掻かない。だから、本当に疲れているかどうかが解りにくいのだろう。
「まあ、でも一時間近く――いや、過ぎたか――そのくらいやっているから、休ませてもいいだろう」
そう言って、ユキノに休憩を与えるエルヴィン。ユキノは特に疲れた様子もなく、クレスの家の中へと入っていった。クレスの耳に、「こりゃ前途遼遠だな」というエルヴィンの呟きが届く。
「あ、そうだ」
思い出すようにエルヴィンが言った。
「何だ?」
「クレス、ちょっとこっちへ来てくれ」
エルヴィンが先刻の呆れ顔を消して、真面目な顔をする。僅かながら、目が輝いている気がしたのは、気のせいではなかったのだろう。
クレスは数メートルの距離を数歩で詰め、エルヴィンと対峙する。
「何だよ」
「朗報だ」
今度ははっきりと、何かを企んでいるような含み笑いを浮かべた。
話し終えたエルヴィンは、何処か得意気と言うか、手柄を取ったような顔を浮かべた。クレスは反芻するように、エルヴィンの台詞を要約した。
纏めると、エルヴィンが言うには、ユキノには何か特殊な能力があるのかも知れないという。ユキノに散々なことを言っているエルヴィンが言うには、意外な言葉だった。勘付いたのは、二日前の月曜日。エルヴィンは、特訓するうちに次第に冷気を感じたという。冬への導入部分のような十一月なのだからそのくらい普通なのではと思うが、エルヴィンが言うには、その冷気は自然のものとは少し感じが違ったらしい。そして、もっと徹底的な証拠として、足場の地面からシャリ、っという欠氷を咀嚼したような音が聞こえたとも言っていた。こちらに関しては、十一月の初めに地面が凍り付いているというのは考え難いので、確かに自然的ではないかも知れない。
そして、更なる証拠が昨日見つかった。ユキノが撃った銃の銃口か白い霧のようなものが出て、的に当たった銃弾は僅かに白い霜が付いていたという。霧の方は火薬の煙では、とも思ったが、触れてみると冷たいダイアモンドダストのようだったらしい。銃弾の霜も本物と言うことだ。ここからエルヴィンは、『ユキノは《アペンド》を使えるのでは?』と推測したのである。
だが、これだけではまだ結論付けることは出来ない。そう言って、エルヴィンは休憩がてらユキノにある実験をさせるという。実験と言っても、一般家庭でもできるような至って簡素なものだ。《魔法》を感知するような装置があるのかどうかは知らないが、そういう物を使うという訳ではないらしい。
「実験は本当に簡単なものだ。だが、それでいて解りやすい。説明は後でするからとりあえず準備を手伝ってくれ」
エルヴィンが靴を脱いで家の中へと入っていく。クレスはユキノが《アペンド》を持っている可能性について暫く頤に手を当てて考えていたが、案ずるより産むが易しだと思い室内へと戻った。
戻ると、エルヴィンがキッチンの食器棚からガラスコップを取ろうと手を伸ばしていた。何をしているのだろう、とクレスが首を傾げていると、エルヴィンはこちらに体の側面を向けながら「手袋持ってきて」とだけ短く言う。ますます疑問に思いながら、クレスは二階へ上がり、クレスの手袋を取ってくる。
階段を下りると、水道水の流れる音がした。恐らくコップに注いでいるのだろう。クレスはリビングに入り、「取ってきたぞ」と報告する。
エルヴィンは「サンキュ」と言って、ダイニングの方へと回った。この短いやり取りが、作戦実行中という感じで何とも恰好良い。エルヴィンが水道水がなみなみ注がれたコップをテーブルにコトッ、と置く。少々の優越感に浸りながら、クレスはその横に添えるように手袋を置いた。
ソファで放心するように脱力していたユキノが振り向く。
「何やってるの?」
「簡単な実験だ。まあお前も来てみろ」
お前も来てみろ、というかユキノが来ないといけないのでは、とクレスは内心でツッコみを入れる。
ユキノはソファの背凭れに手を載せ、軽々と飛び越える。手から伝わったユキノの体重でソファの一部が若干凹む。それをクレスが直していると、ユキノは不思議そうにエルヴィンに訊いていた」
「……何……これ」
「実験道具だよ」
「こんなものが?」
ユキノがあからさまに訝しむような顔をする。ユキノに背を向ける形で立っているクレスにもその顔は容易に想像できた。
「まあまあ。とりあえず手袋を嵌めて」
「……うん」
ユキノが手袋を嵌める。釈然としない表情を浮かべながらユキノは両手を見ていた。クレスは振り返って、ユキノの隣に行く。
「これで何をするんだ?」
クレスは訊く。実はクレスも実験内容を訊かされていない。
「さあ、何でしょう?」
どうやら、教えるつもりはないらしい。と言うよりは、クイズ形式にして考えさせているのだろうか。仕方なくクレスは推測を始める。
エルヴィンが「じゃあその手でこのコップを掴んでみて。両手で包むようにな」とユキノに促す。ユキノは素直にコップを掴んだ。
エルヴィンはユキノの能力について、冷気が発生したり霜が付いたりするものだと言っていた。察するに、恐らく氷系の《魔法》ということになる。冷やしたり、凍らせたりといった効果を持つのだろう。そして、今回の実験道具は手袋と、なみなみ水の入れられたガラスコップ。ここから導き出される答えは、水道水の冷却。
と、推論を展開している傍ら、ガラスコップに入った水道水はみるみる凍り付いていた。ガラスコップの外側から真ん中に向かって罅が入るような感じだ。クレスの推測はどうやら当たりらしい。
「え……凍ってる? 体温で温まるならまだしもこんなことって……」
「手袋を嵌めながらコップを掴んだことなんてあるか?」
「いや、ない」
ユキノが首を左右に振る。それはそうだ、分厚い手袋を嵌めながらだと持ちにくいこと請け合いなのだから。
「じゃあまあ見たことないだろうな。これが、ユキノの中に宿る《アペンド》だったって訳だ」
エルヴィンはユキノに笑い掛ける。ユキノは少し感動したようにガラスコップの上から水道水もとい氷を突いていた。氷は微動だにせず固まっている。
「でも……なんで……? 《魔法》って一部のエリートしか使えないんだよね? 運動音痴で頭も悪い私が使えるわけ……」
困惑した顔でユキノがエルヴィンを見る。エルヴィンはどう説明するか迷うように、一旦視線を泳がせて頤に手を当てたが、やがて何かに閃いたように視線をユキノに戻した。
「そうだな……。よく解らんが……《アペンド》が吸収していたんじゃないのか? 完璧な人間なんて何処にもいない。それぞれが長所と短所を抱えていて、一長一短のバランスを保ちながら生きている。長所と短所の比率はそれぞれだけどな。で、どれだけその長所を伸ばせるか、或いは短所を無くせるかというのはある程度決まっている。限界がある訳ではないが、たまには老いに逆らえないこともあったりするしな。で、その謂わばリソースのようなものが、ユキノの場合全部にいっていたんじゃないのか? すまん、その辺りの《魔法学》は専門外だ」
エルヴィンが適当な推論を述べた。恐らくエルヴィンの推測は外れている。何故なら、《魔法》を制御するにはある程度強靭な肉体と精神がいるからだ。つまり、華奢な身体を持つユキノに《魔法》が使えるはずもないのだ。だから、《魔法》が使えて運動音痴は元来有り得ない。
だが、クレスも詳しくないので正しい答えは言えないし、ユキノもその推論を信じ込んでいるようだ。少し慊焉と出来ないが、まあひとまずはいいだろう。
「それに、運動音痴で学力も低いとか言ってるけど、ここって一応賢い所なんだろう? 新設だからまだよく解らないが、でもそんな学校にいるだけでそれなりには賢いんじゃないのか?」
「そ、それは……」
エルヴィンが励ますように、ユキノの肩に手を置いた。ユキノはまだ釈然としていない様子だったが、小さくこくっと頷いた。
「じゃあ、《魔法名》を決めよう」
「《魔法名》?」
ユキノが首を傾げた。クレスはそんな工程もあったなあ、と少し昔を懐かしむ。
「そう。まあ《魔法名》といっても、そんな大仰なものじゃなくて単に自分達で呼ぶ名前を決めるだけだよ。決めなくてもいいけど、決めた方がいいだろう? まあ猫とか犬に名前付ける感じで適当に」
「って、言われてもねえ……」
ユキノが視線をクレスに向ける。助けを求めているような目だ。突然振られて、クレスも慌てて考えた。
だが、ユキノはすぐに閃いた顔をして、まるで無意識みたいにぽつりと呟いた。
「スノーフレイクス」
snowflakes――スノーフレイクスとは、どういう意味だったか。確か、雪花、雪片のことだ。簡単に言えば牡丹雪などのことだ。雪花、とはそれを花に譬えていう語だったか。
山頂に雪が降る。花びらのような、綺麗な雪。その真ん中に、一人切なげに咲くは、一輪の菫の花。クレスの目にそんな情景が浮かんだ。
「いい、名前だな。それにしよう」
エルヴィンが力強く頷いた。クレスも頷く。ユキノは繰り返し《魔法名》を唱えるように呟いていたが、やがて表情を晴らして「うん」と頷いた。
「それじゃあ、方針変更だ。これからは、意図的に《スノーフレイクス》をコントロール出来るようになる為に、《魔法》の特訓を開始するぞ!」
「うんっ!」
喜色満面の笑みで、ユキノはエルヴィンに笑い掛けた。
*****
次の日。ユキノに《魔法》が見つかったこともあって一気に有利になったクレス達は、学校に行っていた。エルヴィンは学生ではないので学校には行っていないが、それなりに暇を弄んでいるのだろう。
有利と言うと、昨日エルヴィンが言っていたことなのだが、どうやら集まった兵が想像以上に優秀らしく、目標より少なめの人数でも行けるそうだ。何でも百人は必要だと推測していたらしいのだが、そんなにもいらないそうだ。と言うことで、このままの流れでいくと明日か明後日にでも乱入できると言っていた。かなり急だが、急を要するのは解っているので文句は言わない。
三日間も休むと流石に心配され、教室に入るなり色々と声を掛けられたが、クレスはその全てを適当に流した。クラスメイト達を危険な戦いに関与させたくはないので、間違っても真実を話したりはしない。
そして、今は学校から帰ってきてユキノを待っているところだ。学校の場所こそ同じだが、寮内の自室までの距離は違う。一旦家に帰るとなるとクレスよりも時間が掛かるのだ。なかなか来ないので、クレスは暇潰しに読書に耽る。
すると、部屋の外に気配を感じた。程無くしてインターホンの音が鳴る。クレスはパタン、と本を閉じ、玄関へ向かう。
靴を履くのも面倒くさくなり適当にサンダルを履いて扉を開けると、門扉の向こうには、菫色の髪が特徴的なユキノともう一人、赤い長髪を風に靡かせる女子がいた。
「アザレアも来たのか」
「一回くらい参考に見にきたのよ。あんた達が何をやっているのかをね」
アザレアは手を腰に当てて言う。その姿がやけに絵になっていて、クレスは感動すら覚えた。それを紛らすようにクレスは視線をユキノに移す。
「ユキノ、何処で出会ったんだ?」
「何処って……さっきそこで」
「たまたま見つけたのよ。顔は見たことなかったけど、あたしが一昨日ここに来てる時にクレスの家の奥から聞こえていた声にそっくりだったから。後菫色の髪なんて滅多にいないから関係者なのかな、と」
ユキノの言葉に補足するようにつらつらとアザレアは説明する。それにしても声で見分けるとは、なかなか出来ることではないはずだ。洞察力も高いし、不思議な少女だと思った。
「で、裏に回ったらいいのよね? 時間もあんまりないし、出来れば今すぐ始めたいところなんだけど」
「ああ、そうだな、始めようか。一人、まだ来てない奴がいるんだが……」
クレスが言葉を濁していると、何やら強く地面を踏みしめるような音が立て続けに聞こえてきた。その音は次第に強くなる。何だろう、とクレスが振り返ると、誰かが隣の家の屋根の上から勢いよくクレス家の前庭へと着地した。
「よっす」
「普通に入れ!」
隣の家の屋根から飛び込んできたのはエルヴィンだった。クレスは驚いて、ツッコむ。
「だって、ここ住宅街みたいになっていて、道路が複雑だろ? だから歩いていたら時間が掛かるんだよ。反面屋根が多いから上は平地同然って訳だ」
「それでも普通はやらないだろう……」
瞑目して溜息を吐く。やれやれ、といった感じだ。
「じゃあ、始めようか」
気を取り直してクレスは皆を裏庭へと誘導した。
ユキノが意識し始めた途端、《スノーフレイクス》の威力は格段に向上していった。今までも微弱の《魔法》が流れていたということらしいが、今ははっきりと目に見える程だ。
ユキノがまた銃を構える。この数日で相当数をこなしているからか、クレスには最初よりもかなり銃が手に馴染んでいるように見えた。ユキノは勢いよく人差し指でトリガーを引く。
銃弾が木の的に命中する。半ば貫通したところで、あたかも自らブレーキを掛けたかのようにその場で勢いを緩め、的ごと凍り付き始めた。周りが凍り付くのに囚われたみたいだ。的は中心から徐々に罅割れるように凍り付いていく。やがて完全に凍り付いた的にユキノがもう一発銃弾を放つと、的は一発目の銃弾ごと粉々に粉砕して、二発目の銃弾はその向こうのマットレスに埋まった。
「へえ、凄いわね」
アザレアが感心して声を上げる。
「まあ、昨日発現したばかりなんだけどな」
「へえ、なら尚更じゃない」
アザレアは更に感心して、ユキノの方へと歩み寄った。なにやら《スノーフレイクス》について訊いているようだ。自分でも何故《魔法》が使えるのかを把握出来ていないユキノは、困惑顔で曖昧に答える。
それにしても、このままだとどんどん壊れた的だけが溜まっていく。前にも言ったが、良くも悪くも生産的でしかないクレスの《デザイン》では、的を創ることはできても消すことはできない。よって、ゴミが溜まる一方なのだ。ゴミの量は、脇に除けてあるゴミ袋に入った的の破片の山を見れば一目瞭然だろう。
だから、クレスは的の消費量を極力抑える手段をいい加減考える。そして、短絡的ながらある方法を思い付いた。
クレスはまず一つ気の的を創る。ここまでは今まで通りだ。そして、もう一つ、バケツを創って、更にその中に百度近い熱湯を創った。湯気でクレスの眼鏡が僅かに曇る。
「ユキノ。それじゃあゴミが溜まる一方だから、これからはこれを使ってくれ」
「ん? 何それ」
「物体って言うのは基本何でも凍ると耐久力が落ちるんだよ。だから、凍らせる度にこの熱湯で溶かしていってくれ。孔が開くだけなら《デザイン》で孔の中に木を創って補修できるから」
「何か……ダサくない?」
ユキノが顔を顰める。
「そんなこと言うなら凍らない的にしようか?」
「それは《魔法》を使った実感がなくなるのでやめてください」
「解ればよし」
ユキノは渋々と言った様子で的の横にバケツに入った熱湯を置いた。途中、撥ねた水滴が足に掛かったらしく「熱っ」などと言いながら。こんないよいよ冬に差し掛かろうとしている時にスカートなんか穿いているからだ。
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暫く特訓を続けていたが、やがて休憩タイムへと突入し、ユキノ達は四人で座り込んでいた。ユキノの《魔法》はもう既に実践で通用するクラスにまで到達しているとエルヴィンは言う。熱湯を用意していたにも関わらず砕けてしまった十数個の的も救われたというものだ。
一回、マットレスを貫通して家と家を仕切る柵にぶつかったこともあった。柵が壊れていないか冷や冷やしたが、その時は無事で少し傷が付く程度だった。だが、いずれ柵をぶち破るくらい威力が上がることもあるだろうとエルヴィンが言うので、クレスがマットレスを強化していた。
「で、次は何をすればいいの? これでもう完成?」
ユキノはエルヴィンを見上げる体勢で見て、訊ねる。エルヴィンはかぶりを振って、こう答えた。
「いや、まだ最終フェイズが残っているさ」
その時、インターホンの音が鳴った。横で休憩するクレスが立ち上がる。
「お、また新しい参戦者ですかい」
「そうだろうな。ちょっと行ってくる」
エルヴィンが冗談めかしてそういい、それにクレスが応じる。クレスはせかせかと靴を脱いで玄関の方へ回った。その後、何故かアザレアまで立ち上がる。
「なんでアザレアまで行くの?」
アザレアとは今日初めて会ったのだが、話しているうちにそこそこ馬が合って仲良くなった。最初は少し高圧的な口調に怯みもしたが、話して見れば優しいお姉さんで助かった。
「え、いや、ちょっとクレスがどんな応対するのか見たくなって。他意はないわよ」
そう言ってアザレアもクレスの後を追う。不思議なところに関心が行く人なんだなあ、とユキノは思った。
「それで、最終フェイズって言うのは?」
ユキノは改めてエルヴィンに向き直り、更に訊く。エルヴィンはにやり、と口角を吊り上げて、悪巧みをするようにこう言った。
「《意志》の力、だよ」