Story.4 その笑顔は
この一時間強を経て、解ったことが一つある。それは、今回の作戦に於いて、間接的、補助的に一番の戦力となるのではないか、という要素だ。もっと言えば、一般社会全てに於いて、そうだと言えるであろう、絶対的な要素。
それは、人と仲良くなるまでの、急激な速度だ。
昨日の自信なさそうな態度と今日の快活な態度を比較してほしい。異常に馴れ馴れしくなってはいないだろうか。仲良くなれる速さというのは個人差があるが、ユキノに関しては異常だ。昨日のおずおずとした態度からは想像もできない程の変化を一日にして遂げている。強いて欠点を上げるなら、馴れ馴れしすぎて逆に少々癪に障ることがあるくらいか。
「ということで、何すればいいの?」
そして、昨日とは対照的な快活な笑みでユキノは再三クレスに質問を投げかける。
鍛錬、といったが、具体的には何をすべきなのだろうか。今回は、総帥曰く県同士の小さな内戦と言うことだったので、核兵器などの使用はないと思われる。正確には、あれば隠蔽など出来ようはずもない。というか、クレスが今ここに存在している可能性がかなり低いものとなる。なので、銃が主流だろうか。それと、爆弾。大砲の使用などもなさそうだ。まあ、大砲も爆弾も効果は似たようなものだ、これに関してはとりあえず脇に置いておこう。そして、これらの武器の中で、一番自然に鍛錬できるものは――銃である。爆弾だとこの学生寮のクレスの部屋の裏庭でやるには被害が大きすぎる。とばっちりを被った三階建の一軒家が一瞬で瓦礫の山と化してしまうし、その横に存在しているクラスメイトの部屋なども消滅してしまうかも知れない。大砲も同様だ。だが、銃ならそうはならない。銃は大勢を一斉攻撃する爆弾に対し、個人を狙う武器だ。拡散的殺傷能力に欠ける為、何かしらの防御手段を取れば、被害は無しとなる。強いていうなら、サプレッサーを付けた上でも完全には防ぎきれない発砲音が、辺りの寮生の迷惑の種となることくらいか。まあそのくらいの被害なら我慢して貰おう。
「ねえ?」
そこで、ユキノが待ち草臥れたとでも言わんばかりの顔で語気を強めてそう言った。長らく思案顔でいたクレスは、はっと意識を現実に戻され、慌てて答えを言う。
「いや、とりあえず射撃訓練でもすればいいと思うけど」
「ああ、鍛錬ってそういう技術的な話のことだったんだ」
すると、ユキノは少し驚いた顔でそう言った。技術的な鍛錬でなければ、肉体的、筋力的な鍛錬を想像したのだろうか。生憎、そちらを鍛えている猶予はない。
「そうだ。ユキノが想像したと思われる方の鍛錬は時間が足りないからな」
「まあそうだね。ところで、銃とか……的? とかも要るのかな? はどうするの?」
クレスは言葉に詰まる。そう、鍛錬といっても武器が要る訳だからそれを用意しない限りは始まらないのだ。ここは、逆に肉体的鍛錬には必要ない工程だと言えよう。腕立て伏せなどの筋肉トレーニングをして、後は走ったりしておけばいいだけなのだから。
だが、それに関しては、心配には及ばない。
「もしかして、今から買いに行くとか?」
「いや、その必要はない」
クレスはユキノの言葉を否定する。そして、この世界に存在する、あまり表立って話題にはされないあるものについて言及する。
「ユキノ」
「何?」
「この世界に、《魔法》という概念が存在することは知っているか?」
《魔法》。それは宗教的な存在であり、魔法陣を描いたりすることによって発動させる《魔術》とは異なる、もう一つの超常現象のことである。
「うん、知ってるよ。それ、友達が言ってた」
「そうか。じゃあ一応確認するが、ユキノの知識は『《魔法》というのは、《魔術》とは違うもう一つの超常現象』で間違いないか?」
「えっと……そうだったっけ。《魔術》の異称じゃないんだね」
「そうだ」
世間では《魔術》と《魔法》は同じものとして混同されがちだが、実際は違う。《魔術》が宗教的なものなのに対し、《魔法》というのはそういった宗教的なものではない。どちらかと言うと、学問的なものだ。ただ、一応双方には共通点も多々存在するので、一纏めに出来なくもないといったところか。
「それで、それがどうしたの?」
ユキノが、何が言いたいのか解らないと首を傾げる。クレスは《魔法》の存在を曖昧模糊に認知しているらしいユキノに、掻い摘んで《魔法》についての説明をする。
「まあ聞いてくれ。どうやらユキノは《魔法》に関してさほど詳しくないようだから、初歩的なことから説明をする。《魔法》というのは、一部の、本当に極少数の人間が生まれつき無条件に習得しているものなんだ。正確には、出生段階では才能と同じく個人の中に秘めたる《魔法》を認識することは出来ないから――個人差はあれど――何処かの時期で発覚する。極稀に努力のみで習得したものもいると聞くが、それは相当な訓練が必要で、それこそ一生を賭することにすらなり兼ねない程だ。次に、《魔法》というものには主に二つの系統があって、それぞれを《アペンド》《インディペンデント》と呼ぶ。意味は文字通りなのだが、まずは《アペンド》。《アペンド》は、その名の通り『《魔法》を付加する』《魔法》だ。ありとあらゆるものを《媒体》として使用し、その《媒体》に《アペンド》を注ぎ込むことによって外へ放出する。例えば銃なら、銃に《アペンド》を付加することにより、銃弾が《魔法》を纏うようになる。それによって、ある特殊効果を敵に与えられるということだな。次に《インディペンデント》だが、これは独立した《魔法》だ。平たく言えば、《媒体》を必要としない《魔法》。当然、《アペンド》のような不便さは消えるのだが、致命的欠点として日常的と言うのが挙げられる。即ち、例えば料理などで役に立つものしかないということなんだ。ものによっては、発想の転換をすることによって《アペンド》を超える武器となるものもあるが、まあ期待は出来ないといったところか。それが、《魔法》の概要だ」
「…………」
言い終え、クレスははっと気付かされる。それはユキノが唖然としていることだった。クレスには、昔から『語り過ぎる』という悪癖が存在していた。饒舌に雑学に関して有りっ丈を語ってしまうのだ。その様子を見た友達からは『学者』という渾名を付けられる始末。それが今回も表に現れてしまったという訳だ。
「……ごめん、今ので、解った?」
申し訳なさそうにクレスは訊く。ユキノは微妙な引き攣り笑顔を浮かべながらも、何とかこう言った。
「う、うん、まあ、ね」
歯切れの悪さ一つとってもそれが嘘であることは丸判りなのに、その微妙な笑みが更にそれを顕著にさせる。何と言うか、優しさも時には武器になるというのが身に沁みて解るような一言だった。
「つまり、《アペンド》は銃弾に追加効果を与えたりできて、戦闘向き、《インディペンデント》はそれとは対照的な《魔法》ってこと、だよね?」
だが、ユキノは案外把握していたらしく、クレスの長たらしい説明を要約して確認を取ってきた。
「何だ、理解してたのか。そうだ、その通りだよ」
クレスはユキノの意外な呑み込みの速さに少し衝撃を受けた。確か勉強は苦手だと言っていたはずでは。しかし――これは会話しているうちに解ったことなのだが、ユキノはどうやらクレスと同じ国立フローリス高等学校の生徒らしく、学年的にはクレスの後輩にあたるようだ。そしてこの学校は、新設だが国内でも最大クラスの進学校にして、最高クラスの学力を誇る学校なのだ。学校内では学力の低い方らしいが、全体から見れば上の下。今ので確信を得たが、ユキノが言う程ユキノ自信は馬鹿ではなかったのだ。
「で?」
「それで、今回はその中の《インディペンデント》を使って、武器を生成したいと思う」
ユキノが再び唖然とする。そして、暫くして、何処か合点が行ったような顔をして、含み笑いを浮かべた。
「それで《魔法》の解説をしたわけか。いきなり用語を言っても私が理解できないから」
「まあそんなところだ。退屈させたのなら謝る」
クレスがそう言うと、ユキノは不思議そうな顔を浮かべ、その後莞爾としてこう言った。
「いやいや、なかなか面白い話だったし、勉強になったからいいよ」
何といういい子なのだろうか。これは、単にユキノが消極的思考の持ち主で、自分を過小評価し過ぎているだけなのかも知れない。何処かフランス人――いや、西洋人離れしたような印象を受けた。
「そうか、ありがとう。それで、話を戻すが……いや、とりあえず見ていてくれ」
「了解」
ユキノが燦爛たる瞳をクレスに向ける。その、子供らしくて可愛らしい笑顔を一目見て、クレスは掌を天井に向けた右手にイメージを集中させた。イメージするものは、無論銃だ。銃の種類は忘れてしまったが、いつか何処かで知った銃の構造の記憶を頼りに、詳細に想像していく。ちなみに、記憶にある銃は恐らくハンドガンだと思われる。少しずつイメージが完成されていき、その名も判らない銃は確かなものとなる。そして、その瞬間――肩の位置まで持っていった右手の、丁度三十センチ上くらいだろうか――銃が出現した。
ユキノは驚きを隠せない、といった様子でその銃をまじまじと見詰める。
「……本物?」
「そうだよ。触れてみるか?」
言って、右手を突き出すと、ユキノは虫か何かを触るように恐る恐る黒鉄塊に指を乗せる。すっ、とソースを味見するときに指で掬うような動きで銃身をなぞり、手を離して指の匂いを嗅ぐ。
「……本物だ。いや、本物触ったことないけどさ。でも、何で? えーっと、《インディペンデント》、だっけ?」
ユキノが、《インディペンデント》の部分をたどたどしく発音し、訊く。
「そうだ。《魔法》というものは《魔法可使用者》が稀有な為、個々には正式な名称というものは存在しない。だから名前に関しては僕が勝手に呼んでいるだけだから、そこは変えてもいい。僕の使える《魔法》は《デザイン》といって、その名の通り『設計する』《魔法》だ。設計、といってもそこにある物質を変形させることは不可能。できることは『虚無に物質を生成する』ことだ。物質は循環しているからここ以外の何処かから物質が消えて、その代りに生まれているのかも知れないが、その辺りはよく解らない。そして、今回はその《魔法》――より正確を期すなら《インディペンデント》によって銃を創ったんだ。ああ、後、これを使うと何でも創れると思われて、最強の《魔法》みたいに言われることがよくあるのだが、何でもは創れない。僕が創れるものだけ、だ。具体的には、規模の小さいものの中で、僕が細かい構造まで完全に把握しているものだけだな」
言い終わり、再びクレスの悪癖が表に出ていたことに気付き項垂れる。だが、ユキノは微塵も迷惑がっている様子も、無理をしている様子も見せず、会話を続けてくれた。
「ふんふん、まあ何となくは解ったよ。でもその条件だとクレスは銃の構造を把握していたってことになるから、結構凄いよね」
「前に何処かで見たのを偶然覚えていただけだ。ともかく、書籍などで調べる手間が省けたことはよかったがな」
「そうだね」
ユキノが、場面の切り替わりを示すかのように、一つ溜息を吐いた。暫く俯いた状態でいたが、突然顔を仰け反らんばかりの勢い振り上げ、「よし」と一言気合を入れるように声を張り上げた。
「じゃあ、早速……えっと、裏庭でだっけ? 訓練、しよっか!」
まだ少し問題は残っていたのだが、ユキノはそこには目を向けずそう言った。クレスは一瞬止めようかとも思ったが、外に出てからでも遅くはないので呼応するように返した。
「そうだな、しようか」
クレスは、そう言って家の裏庭へと出た。
クレスは銃を構える。射撃は始めてなので、僅かな緊張感と恐怖感を携えながら、それでも真っ直ぐにその的――いや、ガード用マットレスを見据えた。
ここで、これまでの状況を少し説明しておこう。
ユキノが家を飛び出、その後クレスも追いかけて出て行った訳だが、当然銃を撃てるような状況ではまだなかった。当然だが、何せ設備が一切として整っていなかったのだ。無論、《デザイン》がある為、簡易設備ならあっという間に完成してしまうのだが、ユキノに関しては銃の使い方すら知らないという始末。そこの説明から始めなくてはならなかったのだ。
クレスも正直のところ正確には理解していなかったのだが、朧げな記憶を頼りに何とか銃の打ち方を説明した。何とか、といっても複雑な工程がある訳ではないが、それでも確信がなかったので色々と手間取ったのだ。そして、その後的を作成することになったのだが、何せ初心者なので一発目から的に当てられるような保障など一切ない。自信もない。なので、一般的に想像できる的とは少し違う、より被害を減らすことに努めたような、不思議な材質と配置によって出来た的だ。短絡的で申し訳ないが、用意するものは以下の二つ。ベッドに使われるマットレスのかなり大きいものと、工事現場などにありそうな鉄板――正確には鋼鈑だ。これを、マットレスを前、鋼鈑を後ろにして密着するように配置する。簡易的なので、的としてはこれで完成だ。
これまた短絡的だが、この的の材質と構造には意味がある。普通に、木だか鉄だか何だかの的を配置したときにどうなるかと言うと、先述の通り外す可能性が大きいだろう。そして、その場合、横の柵や、その先の建物を破壊し兼ねなくなる。最悪、人が死ぬ。なので、まずはそうならないようにとにかく巨大な鋼鈑を創る。大きさ的には、少し規模の制限を超えてしまっているのだが、幸い複雑な構造で出来たものでは無かった為に生成することに成功したようだ。次に、鋼鈑に命中して跳ね返ってきた銃弾が、今度はクレスやユキノ、乃至クレスの部屋に当たらないようにする対策だ。マットレスはその為にある。最初にマットレスである程度勢いを緩める。そして減速した鋼鈑にあたり更に減速した銃弾を、もう一度マットレスで受けとめて勢いを無くそうという魂胆だ。これなら、最悪三度の減速ポイントを全て突破してきたとしても、それなりに勢いは落ちているので殺傷能力は相当に低いと思われる。まあ、もし本当に危なかったら鎧の一つでも創るだけなのだが。
そして、的を完成させた後、最後にサプレッサー――発砲音や発砲時の閃光を軽減する為の筒状の装置――を取り付け、銃弾を装填した。サプレッサーを付けた時にはユキノに「律儀だね……」と若干呆れられたが、近所迷惑になるので配慮すべきだろう。銃弾も亜音速弾という、サプレッサーと相性がいいらしい音速を超えない銃弾を使用。これによって、完全ではないにしろかなり発砲音を軽減できるはずだ。効果の程は知るところではないが。
そして、今、恐らく安全に銃弾を受け止めてくれるであろう特殊的に、クレスは銃口を向けているという訳だった。仮にも女の子にいきなり兇器を握らせるというのはこちらとしても気が引ける。ユキノ自信もいきなりやるのは少し恐怖心があったらしく――何となく実験台に使われているような気がしないでもないが――ここはクレスが受け持つこととなった。
たどたどしい動きで、親指をハンマーに乗せ、押す。トリガーに人差し指を掛け、左手を添えて銃身をしっかりと両手で支え、それを引いた。
直後、激しい衝撃が両手に伝わる。それとほぼ同時――といっても人間には区別がつかない程の僅差――に、発砲音と、何かが硬いものにぶつかったような音――銃身が鋼鈑に衝突した音が鳴り響いた。一瞬のうちにいろんなことを懸念したが、銃弾が再びマットレスから飛び出すようなことは、なかった。
暫し、呆然とその光景を眺める。安堵か、興奮か、恐怖か、よく解らないが複雑に混ざり合った感情が渦を巻く。軽く膝を曲げた体勢で立ち尽くすこと、恐らく十秒程。後ろで隠れるように見守っていたユキノが第一声を上げた。
「……成功……したの?」
「……ああ、恐らく、な」
更に数秒の沈黙。数秒、といっても体感的には数十秒にも感じられるような長い時間。そして、その末にユキノが飛び上がった。
「凄い! 成功したじゃん!」
「……ああ」
クレスはまだ実感が湧かず、完全に正常な思考機能を取り戻している訳ではなかったが、それでも成功したことへの喜びは切に感じでいた。手には、まだ軽く銃の衝撃が残っている。銃身を持つ右手を、一際強く握りしめた。
「じゃあ次は私にやらせて!」
嬉々としてユキノが走り寄ってくる。クレスは鋏を渡すときのように銃口の方を持ち、グリップの方を前にしてから手渡す。ユキノはそれをがしっと受け取ったのでクレスは手を離し、それを持ったユキノはクレスと立ち位置を交換した。クレスは安全な位置まで引き下がると、マットレスに穿たれた穴の中に、層になった幾つかのマットレスの中身を創って補強する。それを確認したユキノは、先程のクレス同様、たどたどしくトリガーを引いた。
そしてそれから暫くは、《デザイン》による的の修復を行いながら射撃練習に明け暮れるのだった。
その後ユキノは、日も落ちて暗くなっていたということもあってクレスの部屋で晩御飯を食べていった。料理に関しては《デザイン》では微細な味までコントロールすることが出来ないので、料理の勉強をして手料理で創ることに決めている。今日も、出来れば味の良いものを食べて貰いたかったので、腹を空かせていたユキノには少し悪かったが、《デザイン》を使わずに創らせて貰った。そのおかげか、ユキノが満足げに食べている顔を見せてくれたときは、本当に嬉しくて、抱きしめたい衝動に駆られたくらいだった。
そして、暫くして――午後九時くらいだっただろうか――クレスはユキノを見送った。暗い夜道だったが、少し距離があるというし、ユキノが大丈夫と強く言い張るので一緒に行ったりはしなかった。ユキノは最後まで快活な笑みを湛え、夜道に消えていった。
「……頼もしいな、ユキノは。この状況下で、これだけ明るく振舞えてさ。僕も頑張らないとな」
クレスの顔に時折指していた闇を勘付かれはしなかっただろうか。今更になってそんなことを懸念してしまうが、恐らくあの無垢な瞳に、そんな闇は映らなかっただろう。それにしても、この状況下で明るく振舞えるというのは、本当に凄いことだと思う。勿論、現実味が欠けているせいで、というのもあるのだろうが、それにしても少し極端だ。故に、実感があるとかないとか関係なく、ああいう振る舞いが出来るということだ。ユキノは、昔から堅い印象の強かったクレスには到底無理な、対照的な子だった。
そして、欠けていた現実味は、徐々に現実のものへと姿を変えていく。最初は憤怒の衝動に駆られて深く考えもせず行動に出たが、ここに来て少しずつ不安も感じるようになってきた。本当にそんな容易く命を使ってもいいのだろうか。軍、などという国の組織に逆らってもいいのだろうか。殺の報殺の縁、なんて言葉もあるが、本当に誰一人殺すことなく戦争を終戦させるというのは可能なのだろうか。虫が良過ぎはしないだろうか。様々な不安や、葛藤が渦を巻く。
それでも――惰性かも知れないけど――この活動は続ける。知恵出でて大偽あり、知恵を持った人類が戦争をするのは最早仕方がないことなのかも知れない。けれども、たとえ完全に消滅することは未来永劫なかったとしても、それでも多少数を減らすことくらいは可能なはずだ。綺麗ごとかも知れないが、クレスはとにかく争いが嫌いだから、世の全ての人々に幸せな障害を送って貰いたいのだ。勿論、人々の部分には、クレスや、ユキノも含まれる。だから、その為にクレスは戦うのだ、間違った軍と。
夜空を見上げる。十一月初めの夜風が吹き、身体を揺する度、そこに凍えるような寒さを置いていく。空に瞬くは、三日月よりも少し大きい月。それと、名も知らぬ星の数々。流石に都会の地域なので満天の星空、とまでは行かないが、それでもそこそこには綺麗な空だった。身震いしそうなクレスの身体に追い打ちを掛けるように、もう一度夜風が吹いた。風邪をひいてしまっては行けないので、クレスはドアを開け、家の中に戻った。
それから――教師達が勉強用にと用意したのだろうか、何故かおいてある戦争や銃器に関連した書物を手に取り、数時間と言う時間を使って目いっぱい勉強した。予備知識、というのは何に於いても大切なものだ。銃器の種類など知っても役に立たなさそうだが、知っておくに越したことは無かろう。
そして、数時間の勉強を経て、クレスは眠りに就くのだった。
数時間後に身に降りかかる災厄のことなど、その時のクレスには知る由もなかった。