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Bullet Author  作者: 結野夜風
Flouris war ―フローリス・ワー―
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Story.3 徘徊

 クレスには一つの趣味がある。趣味、と一口に言っても色々あるが、今回はかなり真剣な方だ。それこそそれで飯を食べていこうとしているのだから、最早趣味と言うより訓練や勉強といったところかも知れない。その趣味とは、小説を書くことである。ちなみに、今はとある出版社の小説の新人賞に投稿中で、確か最終選考まで到達していたはずだ。今は、受賞する為の最後の関門の前。まあここまで来ると何となく行ける気がしないでもないのだが。

 自分で言うのも何だが、クレスは眼鏡を掛けた、比較的無口で正義感の強い秀才である。そして、読書が好きという非常にありふれた秀才の形なのだ。無口、といっても元々国民性としてお喋りというのがあるので、国によってはそれ程無口でもないと感じるかも知れないが、そこには目を瞑ってほしい。それと、決して自分の学力を誇示している訳ではないので、そこは勘違いしないで頂きたい。あくまで客観的意見として言っているまでだ。

 そんなクレスだが、小説に関しては読むだけでなく書くのも好きなのだ。文章は絵程はっきりした違いはないが、それでも個性を読み取ることができる。百聞は一見に如かず、というように絵や写真で目に訴えかけた方がイメージは伝わりやすいかも知れないが、それでも文章でも臨場感を持たせれば時に絵を超えられるのである。そんな素晴らしい文章と、逆に絵では伝え辛いストーリーに魅せられたクレスは、数年前からずっと小説を書き連ね続けているのだ。

 そして今は、件の小説を書くべく机に向かっている。昨日、あの後ユキノと相談し、今日の昼頃に会う約束をした。クレスはユキノの家の所在を知らないので、ユキノがこちらに来るという約束。することは勿論、戦争の戦力募集に関する相談だ。ユキノが来てくれたが、一人目がくるまでに四日経過した。この異常なまでに芳しくない成果を打破するには、何か新しい策を講じるほかない。このまま拱手傍観していれば、本当に計画は失敗に終わってしまう。だから、打開策を考える会だ。そして、それまでの朝の時間が暇なので待機がてら暇潰しに小説を書いているという訳だ。だが、今はアイデアが枯渇しているらしく筆が進まない。それでも、アイデアなど考えて閃くものでもないので暫く他のことを考える。

 ユキノ・バイオレット。まず、不思議な名前だった。そもそも何処の国の名前かもよく解らないのだが、あの菫色の髪と瞳がより人種を不明にさせる。それと、性格なども強いのか弱いのかよく解らなかった。強弱のはっきりしない、形容し難い性格。誰よりも強靭なメンタルと誰よりも自信のないメンタルを両方持ち合わせた、謎の人格。まるで二人の人間が一つの身体に憑依したような、多重人格のような感じだった。いや、多重人格と言うと少し言い過ぎだが、それを仄めかすような異質感はあったと言えるだろう。それでも、一貫して行動力や決断力だけは恐ろしく高いと見ていい。それが、この――少女が野郎共の戦争に参加するという――ありえない結果をもたらしたのだ。

 そして、考えれば考える程湧いてくる、後悔感。本当に、承諾してよかったのだろうか。その場ではその決意に満ちた眼に気圧されたように承認してしまったが、今思えば異常な判断だったかも知れない。可愛い子には旅をさせろ、の旅を極限までハードにした感じだ。死を約束されたような旅路を送らせることになってしまうのは、こちらとしても――というか人間として普通に気が引ける。個人の意見を尊重すべきか、我を通し突き返すか。

 それでも、何となく解っていることが一つある。それは、ここで突き返せば二度と誰も戦力にはなってくれない、ということだった。一人でも味方がいると喧伝するには百人力だ。勿論物理的な力あってこその戦力だとは思うが、宣伝的な意味でも戦力になってくれるのはありがたい。だから、欲に従うなら「残ってほしい」だ。

 とりあえず、今日一日様子を見てみよう。戦力募集の件について会議した後は、少し適性検査的なものをやらせて貰う。本当に戦力になるか、或いは、これから戦力になれる見込みがあるかの適正だ。これに関しては自分自身にも受けさせるべきだろう。偉そうなことを言っているので恐縮だが、クレス自身戦闘経験は一切なしなのだ。まあそれが当然な訳だが。だから互いに力試しのようなものをして、その後自分を含め本当に戦場に出るべきか考えよう。

 ふと、そこでいいアイデアが浮かんだ。アイデアというのはユキノの件や戦争の件とは全くの別物だが、何故か浮かんだのだ。そしてそれを忘れぬうちに原稿用紙に書き写していく。まあ、アイデアなどそんなものだろう。ユキノや戦争の件を一旦思考の外に追いやり、再び執筆に没頭した。



 ピーンポーン、という少し鈍いインターホンの音が家内に響く。気が付けば、既に時計の針は午後一時を指し示していた。昼飯を食べ忘れていたことに今更気付き、腹の虫が鳴くがもう遅い。急に込み上げてきた空腹感に苛まれるが、それでもユキノを待たせる訳にはいかない。

 クレスはぐう、と鳴る腹を押さえながら階段を駆け下りる。自室が二階にあるので降りる階数は一階分。どたどたと階段を駆け下りて、そのまま直進して廊下から玄関まで向かった。靴を履いているところで、二度目のインターホンの音。より一層行動速度を速め、急いで靴を履き終えるとクレスは鍵を開錠してドアを勢いよく開け放った。その姿にユキノは面食らったように表情を変える。

「ど、どうしたの……。あ、もしかして腹痛で苦しんでるところに来ちゃったかな?」

「い、いや、そういうのじゃないから大丈夫だよ」

 慌てて取り繕う。待たせたら悪いと思って急いで来たのだが、逆に驚かせてしまったようだ。

「で、何するの?」

 ユキノが若干爛々とした目で訊く。クレスは一瞬迷ったのだが、とりあえず貼紙付近へ行き、その後その周りを行って反応を見ることにした。

「とりあえず貼紙のところに行ってみよう」

「ん、解った。じゃあ、行こ」

 ユキノが学生寮外へ向かっていく。唐突に進み出したので、クレスは慌てて前庭を抜け、ユキノの横に追いついた。横に並ぶとよりはっきり解る身長の差。クレスは約百七十五センチと平均的な身長。正確な値は暫く測っていないので解らないが、今はそこは問題ではない。対するユキノは目分量で百五十センチあたりだろうか。顔一つ分は身長が違う。距離を置いたり座ったりしながらだと特に気にならなかったが、立ちながら会話したりすると目の高さが何かと不便そうだ。

 そしてユキノは歩くのが遅い。こちらが歩幅を合わせているので今のところずれはないが、普段の速度で歩行すれば軽く数十メートルの差を付けてしまいそうだ。確か運動も苦手だと言っていたし、身長に比例して足も小さい。だから仕方のないことではあるのだが。

 人形みたいだ、と思って暫く横で見ていると、すぐに街に着いた。クレスの部屋は広大な寮の敷地内でも特に出口に近い方なので色々と便利だ。今日は土曜日。街は人でごった返している。いや、正確にはごった返している、という程人がいる訳でもないのだが、それなりには多い。クレスは記憶を頼りに貼紙の場所へ向かうべく、路地へ曲がる。

 今日で六日目の貼紙の前には流石に人が少なく、時々誰かが通っては流眄に見て無視するという状況の連続だった。ユキノが来てくれて少し自信が付いてしまっていたのだが、この結果に再びげんなりさせられる。

「誰か参戦者はいないのかなあ……」

「まあ、そう易々と参戦できるものでもないしな。皆自分が一番可愛いんだから」

「意外とそういうこと言うのな」

 クレスの鬱っぽい言葉にユキノがツッコむ。

「まあ極端な正義は極端な邪悪でもあるなんて言ったりもするし、ある意味では僕達が一番の悪なのかもな」

「少なくとも軍的にはそうなんじゃない?」

 自分の言葉に自分でげんなりする。更にやる気を削がれ、一瞬諦念が浮かんだが、慌ててそれを消し去る。

「もっとポジティブに考えよう」

「何するの?」

 ユキノの質問にクレスは戸惑う。戦力募集はあくまで募集であって勧誘とは違う。命すら落とし兼ねない危険な状況下に勧誘することは幾ら何でも気が引けるというものだ。だからと言ってただそこに突っ立っているだけでは事は始まらない。自分が動かない限り物語は始まらないが、自分が積極的に動くことは禁忌に抵触する。それなら、間を取って行動はするが仄めかすのみ、それとなく様子を窺うくらいだろうか、有効なものは。

「街中を徘徊して、ちょくちょくここに戻って来よう」

「それ、意味あんの?」

「消去法だ」

 それだけを言って、クレスは路地から通りへ出て、徘徊を開始する。「待ってよっ」と後ろからユキノが付いてきて、先程とは逆の構図で歩いていった。



 一時間が経った。

 一時間街を徘徊し、時々貼紙の場所を通っては見る人の少なさにげんなりする、また徘徊して、戻ってきてはげんなりするの繰り返しをしていた。中には少し興味を持った者もいたようだが、興味のベクトルがそもそも違ったので参戦者候補として挙げるに程遠い。結果、成果は特になし。

「ほらやっぱり無意味だった」

「まあ仕方ない」

「仕方ないって……」

 ユキノがどかっとベンチに座る。いや、へたり込む。その顔には疲労困憊の色が浮かんでいた。不思議と汗は一滴として掻いていない様子だったが。

「で、これからどうするの?」

 ユキノから再度質問。少しは自分で考えろ、と言いたいところだが状況が状況だけに難しいだろう。クレス自身も経験のない事象なので立場は同じなのだが。戦闘経験のある奴も仲間に入れたいところだ。

 勧誘は駄目。傍観も駄目。徘徊も駄目。となると、自分から仕掛けに行くことは確実に無理となってしまう。勧誘はもともと禁則事項としているが、傍観は当然無意味で、徘徊も甲斐なしだ。仕掛けに行くことが無理となると、後は誘き出すの一択に限るのだが、果たしてそれでいいのだろうか。いや、迷っている暇はない、有言実行だ。

「帰る」

「ええ!?」

 驚声を上げるユキノ。確かに、この一言だけでは不貞腐れた子供にも見えなくない発言だった。これは説明を要求される流れが自然だろう。

「えっと、帰るって言うのはだな、軍人と相違ない実力を付ける為だ。幸い広い庭や家が存在する訳だし、そこを使って鍛錬しようという」

「そっか、そういうことか……。えーっと、何だ……急がば回れ、か」

 近からず遠からずといったところだろう。戦力を集結させて戦争の仲裁に向かうという目的に対して、仲間を集めるのではなく体を鍛えるというのは一瞬迂遠に見えるが、実はそうではない。そういう意味合いだろうか。勿論こちらが鍛錬したからと言って誘蛾灯に集る蛾のように戦力が集う訳ではない。鍛錬した上で、もう一度誘いをかけるのだ。即ち、力量のない一般人に言われても見向きもされないことでも、力量があれば見て貰えるということで、後者の状態に持っていく為の鍛錬と言う訳だ。

「じゃあ帰ろっか」

 ユキノがベンチから立ち上がり、すたすたと元来た道を行く。これが最後の策で、ここで成果が見られなければ武勇伝は始まる前に終わってしまう。プロローグで終末を迎えるような悲しい物語を、クレスは紡ぎたくはない。絶対に成功させるという決意と覚悟を瞳に湛え、クレスはユキノの後を追った。


 一瞬、背後に誰かの視線を感じたが、振り向くことはしなかった。

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