表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Bullet Author  作者: 結野夜風
Flouris war ―フローリス・ワー―
2/52

Story.2 雪の野に咲く一輪の菫

 事情があって元1話と元2話を合併させたので8話までの間で話数が一話ずつずれることをご了承ください。

 インターホンの音を聞き、クレスは玄関へと向かう。

 今日で五日目。ここまで成果はなしだ。流石に諦めようかと思い掛けていたところなので、どうか期待を裏切らないでほしい。もし今来た人が、戦力募集の件とは全く関係ない人ならきっとクレスは完全に諦めてしまうだろう。だから、裏切らないでほしい。それはそうと、ここまで成果なしの状態で来た一人目なのだから、相当の強者なのだろうとクレスは推測していた。強者、というのは別に力量や技術に限ったことではない。どちらかというと勇気や信念的な意味で強靭な者に違いない。まあ恐らく、それ程の精神にはそれなりの肉体が付随するものだとは思うのだが。

 だから、その時クレスがドアの向こうに見た光景は異様なものだった。クレスの予想をそれこそ大きく上回る――いや、斜め下を行くその状況にクレスは困惑せざるを得なかった。少なくとも、現段階のクレスには。

「あ、あの、戦力募集の張り紙を見てきたんですけど」

 外から、そんな若干上擦ったような声が聞こえる。ドアを開け、外を見ずともそれは一目瞭然だった。そう、それは女子の――それもどちらかというと弱々しそうな声だったのだ。一言で言うなら、明らかに場違いだったのだ。

 クレスは一瞬どう対応すべきか迷ったが、とりあえずドアを開けることにした。掛けていた鍵を開け、恐る恐るドアを開け、隙間からその容姿を確認する。


 そこには、菫色の髪をした少女が、いた。


 どんな民族でも決して自然では有り得ないはずの、菫色の地毛と瞳。背丈は小さく、百五十センチにも満たない程だ。身体も華奢で、腕や脚も、それこそ蹴り一つで折れそうな程に細く、弱々しい。表情も明らかにおどおどした様子であり、自信満々とは遠く掛け離れている。例えるなら、雪の野に咲く一輪の菫、といったところか。何故、ここまでの場違いをそのまま体現した存在がこの場にいるのかは、皆目見当がつかなかった。

 ふと、長い間じろじろと見過ぎたことに気付き慌ててドアを大きく開ける。そして――決してクレスの顔や容姿が厳ついという訳ではなく、むしろ華奢なくらいだが――微笑を浮かべ案内する。

「……とりあえず中入ってよ」

「え? あ、はい」

 少女が一瞬戸惑った表情になったので、クレスは判断を誤ったのかと思ったが、困惑気味ながらも従ってくれたのでほっとする。初対面だしあまり悪い印象を与えてはいけないので、ドアを開けたまま中に通してその後からクレスが閉める。何となく対応が丁重過ぎる気がしたが、この際何でもいい。

 少女は靴を脱ぐと、気を使っているのかやたら丁寧に靴を揃え、リビングに入る様子もなく突っ立っていた。クレスは「そこまで気を遣わなくていいよ」と言って少し少女の気を和らげた後、リビングへのドアを開けて招き入れた。ソファに座るよう言い、少女が慎重にそこに座ると、クレスはお茶とお菓子を取りに行ったのだった。

 初対面時は、お互いに丁寧過ぎる対応だった。


「まず初めに、本当にあの貼紙を熟読したんだね?」

「は、はい」

 あれから、クレスはお茶とお菓子を用意して、あたかも客人かのようなもてなしをした。いや、客人ではあるのだが、一纏めに客人といっても色々ある訳で、今回のケースはそれには当て嵌まらないだろう。だから互いに色々と場違いだったのだ。そして、特に雑談することもないので、早速本題に入っているという訳だ。

 熟読できる程沢山文字があった覚えはないが、とりあえず確認を取っておく。遊びではないので、何かの間違いだったのなら早々に帰って貰わないと困るからだ。だが、少女はクレスの質問に頷いた。なので、話を続行することにする。

「解った。じゃあとりあえず肩の力を抜いてよ。敬語もなしでいい。友達と会話する感じでいいから」

「う、うん……」

 少女の強張った肩がすとんと落ちる。同時に少女の口から大きく溜息が漏れた。何というか、素直なのかどうなのかといったところだが、これで会話しやすくはなっただろう。

「まず、確認だ。軍人とかじゃないなら戦闘経験はないんだよね?」

「……うん」

 馬鹿なことを訊いているだろうと自分でも理解しているが、一応重要なことだ。何が重要かというと、これは外見だけでなく、中身や経験まで場違いなのかどうかの確認となることだからだ。答えは予想した通り。少女の方は、何故そんな当然の質問を投げかけてくるのだ、と疑問に思っているような困惑した表情を浮かべながら、静かに頷いた。それを見て、クレスは次の質問に移る。

「じゃあ志望動機を聞かせて貰おう」

「う、うん。あ、あの、話、聞いてくれる?」

 歯切れの悪いユキノの言葉と、初めて見せた少女の積極性に一度面食らってしまったが、平静を取り戻す。

「あ、ああ」

「あ、あのね、私って見ての通り身体も華奢だし、頭も悪いし、取柄とか何もない人間なんだ。だから走っても遅いし、力も弱いし、体育の授業や体育祭も勿論足を引っ張ってばかり。頭も悪いからいつもみんなに教えられてばかりで、それでもテストの点は芳しくなくて……。数人、仲良い友達がいて、その子たちといるときだけは弾けられるんだけど、クラスとか、少し規模が大きくなると怖気ついちゃってさ。そんな情けない奴なんだよ。そんな私の夢はただ一つ、何か一つでもいいから誰よりもこれが出来る、という決定的な得意分野、取柄を持つこと。その世界ではそれこそ神みたいな存在になることなんだ。そんな時、私が街中で見掛けたのは一つの簡素な貼紙。最初は特に興味もなく流眄に見てたんだけど、戦力募集の文字にふと一つの案が閃いたんだ。『ここで戦争に参加して、銃とか使えるようになれば、たちまち人気者になれる』その時はそのくらいの、浮かれすぎた考えが浮かんだ。閃いた。そこからは、特に深く考えもせず、気が付けばここまで来てしまっていて。事の重大性を考えれば明らかに場違いなのに。ここに来て、最初、訝しむような眼で見られたときそこに気付いて、帰ろうかとも思った。でも案内されるからとりあえず入ったら、こんなことに……」

 おどおどした少女の声は次第に減速していき、長い独白は終わった。

 要するにこの少女は馬鹿なのだ。いきなり馬鹿といってやるのもどうかと思うが、それでも恐ろしい判断力の無さであることは明白だろう。ここまで来ないとその場違い感に気付かないだなんて、とても戦力になるとは思えない。だが、少女はきっ、と目を見開いて続きを話し始めた。

「で、でもね、何も出来ないよりはマシかなって思うんだ。即戦力にはならなくても、直接戦闘には参加できなくても、何か補助的な役なら出来るかも知れないし。だから、やっぱりここですごすご退散することは出来ない。だから協力、したい、です……」

 この答えは予想外だった。てっきりこのまま帰ってしまうのかと思ったら、やはり参戦すると言い出すだなんて。少し普通では想像しがたい状況だ。止めるべきか、歓迎すべきか、脳内で葛藤が起こる。

 先程この少女は、酷く自分を非難した。自分に自信がない――というか、駄目な人間だ、と言ってしまう奴は正直のところ好きではないが、この子は先程の独白で一つ、見落としていることがあった。それを含めずして取柄なしと断言できない重要な要素だ。それは、精神的な優しさや強さ――勇気である。何でもいいから協力したいという強さ、ここに来る勇気、クレスを落胆させないための配慮、優しさ。そういったものがこの少女には備わっているのだ。これは教われるものではない、人間の本質的な力。鍛えることの難しい、究極の力だ。

 ――この少女は、強い。

 気が付けばクレスはそう結論付けていた。ただの思い付きで、誤った判断でここに来てしまったこの少女に、勝手にそういう判断を下していたのだ。過大評価し過ぎたかも知れないが、後から思えばむしろそれでも過小評価だったくらいに、この少女は強いのだ。だから、ここでクレスが取った行動は、間違いなく正解だったと言えよう。

「いや、まだ迷ってる……。迷ってる自分がいる……。振り払わなきゃ」

 そしてクレスが口を開きかけたところで、少女は独り言のようにぶつぶつと言い出した。少し驚いたが、クレスはその一言を言うのをもう少し待って、少女の最終の答えに耳を傾けた。


「自分の馬鹿ああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」


「ふぅ」

 室内いっぱいに轟いたその耳を劈くような絶叫に、今度は大いに面食らった。吃驚した、なんてものではない。今のクレスは、それこそ化物を見たかのような恐ろしい顔をしているだろう。こちらが叫びそうになったくらいだ。そして、その叫びの後に、達成感に満ちた小さな息を一つ吐いた少女は、自信に満ちた眼でクレスにこう告げた。


「参戦するよ。もう躊躇したりとか、情けない姿は見せないから」


 その時の少女は、本当に輝いていた。自信満々のその顔を見ると、身体の華奢さだけで場違いだ、と判断したクレスが馬鹿らしく思えてくる。場違いなのは確かだが、肉体の強さよりも大切な精神の強さに思わず戦闘に向いている、等と思ってしまったのだ。さあ、この半分ネジが飛んだような吹っ切れた少女をどうしようか。

「……命の保証は出来ないぞ」

「何も為さないままただ死ぬよりは、一つくらい変わった経験してから死ぬ方がマシだ」

 答えは、こうである。

「解ったよ。じゃあ純粋な戦闘員としては無理かも知れないけど、協力者としては歓迎する」

 言うと、少女はほんの少し迷ったような顔をしたが、躊躇しないという自分の言葉に反すると気付いたのか、もう一度顔を引き締めた。その後、莞爾とした笑みを浮かべ、

「よろしくね」

 柔らかな、その一言を告げた。

 そこで、ふと、一つ重要なことを訊き忘れていることに気付く。

「よろしく。えっと、ごめん、名前は?」

「私はユキノ。ユキノ・バイオレットだよ」

 ユキノ・バイオレット。そのままこの子の容姿を説明したような、綺麗な名前だ。菫、という喩えをしたが、それがそのまま名前の中にも入っている。

「ユキノ、か。いい名前だ。僕はクレス・オーソリアだ。気軽にクレスって呼んでくれたらいい」

「解った」

 そう言って、少女改めユキノは、右手を差し出した。クレスも手を差し出し、強く握手を交わした。

 これで、ようやく一人目だ。先は長い。そもそも何人集えばいいのか解らないし、必要人数集まる前に勘付かれて計画を中断させられるかも知れない。はたまたその前に戦争が終戦を迎えてしまうかも知れない。或いは、更に大きな――今度は国全土を巻き込んだ戦争や、それ以上のものに発展するかも知れない。そんな、まだまだ前途多難な状況ではあるが、それでも、一つだけ言えることがある。これが全ての始まりで、全ての主軸で、これからの人生の大きな起点だ。

 一人、仲間が出来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ