【9】 密会
期待されていた方、ごめんなさい。と、今回も謝りす。
西の公国へ行く→旅→何か出会いがある…と思っていた方すみません。一瞬です。
魔女だから、むしろそちらを期待されていた方の期待には添えたかと。
届いた手紙を要約すると「相談したい事があるから手紙を読み次第来てほしい」とのこと。
万が一のことを考えれば詳しい用件を書けないのは当然ね。
では、ご要望にお応えしてすぐに参りましょう。
さてさて、庭先の何もない所を爪先でとん、と突きます。すると、景気は一変し青々とした草原が眼前に広がります。はい、ここは西の公国の領土です。簡単でしょ?
「来ようと思えば一瞬なのよね」
くるりと向きを変え、すたすたと歩き出す。
『転移』の魔術は術者が一度訪れたことのある場所へなら一瞬で移動することができるの。便利でしょ?結構重宝するのよ。
ちなみに言えば、馬車で王都から西の公国へ来ようとすれば、かるく半月はかかるわ。
一歩公国の中へ入れば活気があり人通もあるわ。先ほどまで居た王都に比べれば少ないけれど、国民にはまだ噂は知られていないみたいね。
露店を冷かしたい気もあるけれど、まずは用事を済まさなきゃね。
公国で一番大きな建物。お城の正面にある門では騎士が部外者が侵入しないように目を光らせている。
限られた者しか通ることができない門を素通りして――――私は通らないわよ?だって怒られちゃうじゃない――――お城の裏側にある古びた戸を潜る。
「お久しぶりね。相変わらずいい腕しているわ」
「なんでぃ。誰が来たかと思えば魔女殿じゃねぇですか」
戸を潜った瞬間首に突き付けられた短剣に顔色一つ変えず挨拶するクレア。
戸から入って来た侵入者に気配を悟られずに急所を突く早業。この古びた、気を抜けば見落としてしまいそうな通用口は正門より更に限られた者しか通ることができない。
よれた服を着てボサボサの髪を麦わら帽子で隠し、頼りなさ気に見える彼は年齢不詳の庭師である。
彼の手がける庭は美しく、害虫は一匹たりとも居ないのだとか。一言で言えば「優秀」である。
「招待されているの。通ってもいいかしら?」
嘘じゃないわよ。ほら、手紙もらってるもの。
つい先ほど読んだばかりの手紙を見せる。
「いや、魔女殿のことですから疑っちゃぁいねぇんですが。ま、招かれざる虫を追い払うのがオレの仕事なんでこちらとしては助かるんですがね」
はあ、まあ、どうぞって……。気の抜けた声で言わないでほしいわ。
庭師の手がけた庭には腰ほどの低木から異国の草花がとても絶妙に配置されていて目を楽しませてくれる。
迷路のように右折、左折をくり返して誘導、そう誘導だわ。
道なりに植えられている植物に目をとられているうちにいつの間にか到着しているのよ。これを誘導と呼ばずして何と呼びましょうか?
『幻惑』と『錯乱』それと『転移』の魔術かしら?
一つ目の術は庭の植物以外に注意を向けさせないように。もちろん、庭師の魅せる庭は十二分に魅力的で、つい目がいってしまうは魔術のだけの為ではないわ。
二つ目の術は方向感覚を狂わせて自分が今どこにいるのか分からなくするため。
三つ目の術は誘導した者をあらかじめ指定した場所へ気づかれずに移動させるため。
どの魔術も緻密で精緻。一寸の狂いもなく綿密なる計算の元仕組まれたもの。
腕のいい魔術師による、ここまでくると、最早芸術の域だわ。
通された招待客たちは自分が通ってきた道にそんなものがあるとは露知らず。庭の美しさに目を奪われている間に案内されているのでしょうね。素晴らしいわ!
そして、私が通ってきた道の転移は七回。……あら、八回目の転移だわ。多いわね。
魔術というのは仕掛けた術者よりも力のある者が視ればある程度解ってしまうものなのよ。
それで、八回目の転移で私はどこに案内されるのかしら?うん?どなたか生垣の傍に立っているわ。迎えかしら?
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
そう言って頭を下げたのは細身で長身の初老の男性。初対面ではないのよ。以前公国を訪れた時にもお会いしているわ。
「こちらでお待ちください」
彼の後についてしばらく。豪奢な部屋へ通される。
「あら、ありがとう」
ゆったりとした一人掛けのソファーに腰を下ろすと、先ほどの男性と同じ年齢位の恰幅のいい女性がお茶を淹れて壁際まで下がった。
こちらの女性も何度かお会いしているわ。長年このお城で侍女を勤めているの。男性の方は執事を。
コンコン。用意してくれたお茶を楽しんでいると入室の許可を求める音がした。
「どうぞ」
「失礼致しますわ」
執事を従えてしずしずと、まだ年若い女性が現れた。美しい濡れ羽色の髪をきっちりと結い上げ、海色のドレスの裾を持って深々と礼をする。
「堅苦しいのは無にしましょ?公の場ではないのだから楽にしてちょうだい」
堅苦しい挨拶ってどうしてああも肩が凝るのかしら?
「ごきげんよう、アリシア様。時間があまりないのでしょ?早速本題に入りましょう」
「承知致しましたわ」
彼女、アリシア様が向かいの席へ腰を下ろしたところで話を切り出す。
「お話を聞きましょう」
「クレア様は魔物の活性化についてはどれ程ご存じですか?」
「詳しいことは知らないわ。公国の方面から魔物が流れて来る、という事くらいかしら?」
「流石クレア様ですわ。お耳が早い。この度ご足労願いましたのはその魔物についてなのです」
侍女が冷めたお茶を淹れかえる。
この時点で部屋にいることを許されている執事と侍女は信頼されている。……といかクレアへの対応を任されている時点でアリシア様との間に絶大な信頼があるのが分かる。なにせ、これは「密会」なのだから。
「魔物の活性化はこの公国の領土にて何カ所か発見されております。……実はわたくし共はその原因を半ば突き止めているのですが……」
アリシア様が言い淀む。
「何も問題ないわ。続きを聞かせてちょうだい」
私が先を促すと、アリシア様は神妙な面持ちでコクリと頷き口を開いたわ。
「災厄ですわ。災厄の男と思われる者が目撃されたのです」
「災……厄の……男で……すって?」
思わぬ名に心臓が早鐘を打つのが分かるわ。
「はい。相手が災厄の男では我らには到底力及ばず……どうかお助けくださいませ。クレアルージュ様」
そう言って、年若い国の主は頭を垂れた。
「災厄の男……。承知したわ。アリシア様の願い、確かに承ってよ」
わずかに口角が上がる。
「有り難うございますわ。部屋を一室用意致します。滞在中はそちらをご利用くださいませ。何かご入用な物がございましたら、侍女を一人付けますのでその者にお申し付けくださいませ」
「ありがとう。――――アリシア様、少し痩せた?いえ、やつれた、かしら?」
最後にお会いしたのは数年、二、三年くらい前のことだけれど、ずいぶんとほっそりされたわ。元々線の細い方だったから余計ね。
「ほうら、聞きましたか?アリシア様。私の言った通りでありましょう?」
我が意を得たり、と言う顔を侍女のサリサがする。
「そうですかしら?」
「そうですとも。しばらくお会いしていなかったクレア様も仰っているすから間違いありません。第一、アリシア様の召します物は全て私が管理をしているのですからアリシア様の身体に合わなくなればすぐに気がつきます」
「アリシア様は根を詰めすぎなのです。確かに、政や今回の魔物のように早急に手を打たなければならい事は多々ありますが、アリシア様はお身体を大切にすべきです。もっとご自愛ください」
執事のゼハスにも言われてしまった。
「ちゃんと休息はとっておりますわ」
「「不十分です」」
幼い頃より側仕えをしている二人に言われてたじたじのアリシア様。
常に凛々しく毅然とした態度を崩さないアリシア様もこの二人には敵わない様子。
拗ねたような、困ったような表情をするアリシア様は年相応に見える。
「ふふ。アリシア様は愛されているわね」
「はい。ですがクレア様には勝てませんわ」
「ご謙遜を。自分を大切に思っている誰かがいるということは幸せなことよ?末の姫はご健勝かしら?」
「はい。恙無く。わたくしの知らぬ所で交友関係を広げておりますわ」
凪いだ海のような瞳に一瞬よぎった影がよぎったけれど、直ぐに朗らかな笑みを湛える。
これはアリシア様の問題で私がどうこうすることではないわ。
「貴女は深く考えすぎることがあるわ。気に病むなと言うには近過ぎて、気に病むべきと言うには他人事だわ。貴女が貴女の内で答えを見つけなければいけないこと。アリシア様が望むようになさい」
「……はい、クレア様」
思い悩むは若人の特権よ。大いに悩みなさい!……なんて軽々しく言えることではないけれど。
アリシア様が望むようにするべき事だわ。
届いた手紙はまとめて読みました。エリからの手紙を要約すると「久しぶりに会いに行くよ」とうような内容でした。
アリシアの話も書きたいなと、欲望がむくむく…。案はあるのです。時間がないだけで。いつか書きたいです。
>>アリシアのセリフと文末に二文追加しました。
アリシアのセリフ…そうかしら?→そうですかしら?
アリシアのセリフ…ちゃんと休息はとってるわ→ちゃんと休息はとっておりますわ
文末に二文「……なんて軽々しく言えることではないけれど。アリシア様が望むようにするべき事だわ。
」 以上です。