【8】 西の噂
期待されていた方、先に謝ります。
ごめんなさい!
「ただいま。あら、エリはまだみたいね」
「帰宅……ただいま。休憩……お茶の支度する……から、座って……待ってて」
「あら、ありがとう」
家についてすぐにマリーがそう言ってキッチンに消えて行った。
町で買ってきた物を片付けなくちゃいけないけれど、なんだか疲れてしまってそんな気も起きないわ。ここはマリーの言葉に甘えてお茶が出てくるまでゆっくり待っていましょう。
少しの休憩くらい、いいわよね?
あまり広くないリビングだけれど一人で暮らすには丁度いい。
部屋の隅の棚には町で買ってきた小物や自分で作った小物を置いて飾りつけてあるの。壁にはタペストリーを飾って質素な部屋が少し華やかに見えるかしら?
来客を通す部屋だから少しでもお洒落にしておきたいの。お客さんなんて滅多に来ないのだけれど。そもそも我が家にたどり着ける人の方が少ないのだから。
「完成……お待たせ」
「ありがとう」
お盆に三人分の茶器を乗せているってことはエリがそろそろ到着するのかしら?マリーには分かるのよね。
「マリー、戸棚にスコーンがあるから持って来てくれる?それとジャムもね」
「了解……分かった」
食べる時に一番美味しくあるようにスコーンの時間を止めてあるから乾燥もしていないし湿気ってもいないわ。
美味しい物のためには労力を惜しんではいけないのよ。
「到着……スコーン……と……エリ」
スコーンの盛られた器を持つマリーの隣には不機嫌そうなエリ。
「ありがとう、マリー。エリ、遅かったのね。二人ともこちらへいらっしゃい。マリーが淹れてくれたお茶よ。冷めないうちに頂きましょう」
おいで、おいで、と手招きをする。
と、エリが
「何呑気茶ぁしばいてんですか?」
なんて、悪態をつきながらもちゃんと言われた通りにするのよ。素直じゃないんだから。
「美味しい。落ち着くわ」
「安心……よかった……スコーン……も……美味しい」
お口に合ったようでなにより。
「それはそうと、ごめんなさいね。まだ手紙は読んでいないのよ。家に帰ってから読むつもりだったから」
「やっぱり。そうだろうと思ってたので気にしません。手紙が届いても届かなくてもどちらでもよかったんですから」
「心配無用……手紙より……先に……着く……かもしれ……なかった……から……届いてた……だけ……上出来……」
それでもせっかく書いたのだから後で読ませてもらうわ。
「王都で会ったあの、アルとかいう男ですか?次のターゲットは」
そんな呆れた顔しなくてもいいじゃない。
「え?……驚愕……予想外……デューク……って……人じゃ……ないの?」
エリとマリーは互いに聞き覚えのない名前に顔を見合わせた。
そして……どうして私を見るの!?後ろめたいことが少しはあるからその視線は痛いわ!
「……お……ねえ……さま?」
わずかに首を傾げて答えを促すマリー。可愛いわ。
「な、またマリーに変な呼び方させて」
「あら、何も問題ないわ。いけないのなら、お義姉様でもいいわ」
「そういう問題ではないです」
あ、そこでため息をついて頭をおさえなくてもいいじゃない?ちょっとしたお茶目でしょ?
「それで、結局はどちらなんですか?……まさか、両方?」
目を見開くエリ。
「多ければ、多いほど楽しいじゃない、私が。でも、可能性としてはアルの方が上かしら?」
「いい加減若人をからかって楽しむのは止めてください」
あ、またため息ついて!エリは幸せが逃げるわね。
「別にいいじゃない。私の人生の楽しみの一つなんですから。ねぇ?マリー」
「同意……楽し……みは……多い方が……いい」
「そうやって真実を知った時の反応を見て楽しむのはよい趣味とは言い難いのでは? 母上」
「まぁ、お母様の楽しみを奪うの!?酷いわ!私は貴方を生んだ覚えはあれど、そんな子に育てた覚えはなくってよ」
誰に似たのかしら?
「父上に頼まれたんですよ。母上はたまに……いや、よく暴走するから常識と名のストッパーを頼んだって」
「感心……流石……お義父様……お義母様……の……性格……熟知して……る」
な、何でそこで拍手するのマリー!?
「旦那様がそんなこと言ってなんて……容易に想像できて悲しいわ」
私のことを理解してくれていたってことよね?でも素直に喜べないわ。
「そういえば母上、最近父上に挨拶に行かれましたか?」
「えぇ、一昨日行ったわ」
「やっぱり。ではあの生けてあった花は母上ですか」
「貴方たちも行ったのね。旦那様、喜んでらしたでしょ?花には術を施してあるからしばらくは枯れないままよ」
あら、スコーンがもうないわね。お茶も切れそうだわ。
「……休話……お茶……足してくる……」
よく気が付く嫁で嬉しいわ。
「ありがとう。あ、待ってマリー。貴方たちしばらくは泊まっていくのでしょ?」
「はい。そのつもりですが?」
どうかしました?と目で訴えてくる。
「西から、手紙が届いているのよ。まだ読んではいないけれど、呼び出しだと思うの。それで、しばらく家を空けることになるからその間、家の管理をお願いできないかしら?」
「留守番をしてろってことですか?」
「そういうこと。腐りやすい食材の処理とか、まず誰も来ないけれど戸締りとかしなくちゃいけないと思って急いで帰って来たけれどエリとマリーが留守番をしてくれるなら、今すぐにでも出かけられるの」
処理と言うか処置、ね。腐らせないための。
わざわざ手紙を寄越してくるなんて何かあったとしか考えられないでしょ。
「分かりました。いいですよ。早く帰ってきてくださいよ」
マリーと顔を見合わせていたけれど、渋々頷いてくれたエリ。
ごねんなさいね、私も久しぶりに会えたから色々話を聞きたのよ。
「お義母様……大丈夫……心配しないで……エリ……西の……噂」
「あぁ、そうでした。母上、一つ西の噂を聞いたんですが、最近奇妙な親子連れが目撃さているらしいですよ」
「親子連れ?」
「はい。なんでも、魔物の出現率が高いカ所で目撃されるんだとか。父親と思われる男性と子供が二人」
討伐依頼をされることの多い冒険者や騎士などから目撃情報が上がってきているのだとか。
そんな危険な所へ子どもを連れて行くなんて。
「あ、そうだわ。西から魔物が流れてきているって噂を小耳にはさんだのだけど、本当なの?」
世界中を旅してまわる息子夫婦は各地の情報に精通している。
「知っていましたか。さすが母上」
「情報通……流石……お義母様」
「ええ。まだ一般には知られていない機密事項らしけれど」
間違いではないと思うわ。
「事実ですよ。西の公国はそれを必死に隠そうとしているし、懸命に防ごうとしています」
公女様も心労が絶えないわね。
「そう、ありがとう。では、あとはお願いね」
「……委託……任せて……後片付け……は……やっておく……から」
あら、ありがとう。ホントにエリはいい娘をもらったわ。今日も今日とて旦那様に似て素敵だし。
「お願いね」
と、微笑んでマリーに任せる。
「無茶はしないで下さいよ。誰も止める人がいないからって」
釘を刺すことを忘れないエリに分かってるわ、と返して。
いざ、参りましょう。西の公国。
エリとの関係を期待されていた方、ごめんなさい。
母と子の関係でした。マリーは義娘。エリのお嫁さんです。
クレアの最愛は「旦那様」でした。
書きたかったシーンその1。やっと書けました。後悔はしていません。