【4】 海の民
長らくお待たせしました。
甘さがなくて申し訳ないですが。
さて、町での用事は全て済んだしどうしましょ?
「クレア~!!」
ドンッと腰に何かがぶつかった。
「あら」
「クレアだ!」
「久しぶり、リュオ。元気そうね」
「うん!」
きらきらと目を輝かせてクレアの腰に抱きつき少年が元気に返事をした。
「ボクらの商隊に寄ってってよ。前に来たときはクレアに会えなかったから皆寂しがってたよ」
一番寂しかったのはボクだけどね、と何故か自慢気に言う。
「じゃあ、お邪魔させてもらおうかしら? 皆は元気?」
「うん!元気だよ。お祖父ちゃんなんて調子がいいからって馬車の手綱を握れるくらいだよ。一年前まで腰が痛い、腰が痛いって口癖みたいに言ってたのに。クレアの薬のおかげだね」
腰から離れたリュオはクレアの手を引いて先を歩く。
蒼い髪に蒼い瞳。まだ幼さの残る顔に満面の笑みを浮かべている。
「リュオ、そんなに引っ張ったら転んでしまうわ」
あんなにはしゃいで、子供は可愛くて微笑ましいわぁ。くすり、と小さく笑う。
リュオに連れられ手とある宿屋までやって来た。
「父さん、父さん!クレア連れてきたー」
宿の一階にある食堂で話をしていた集団の一つに声をかける。
「ん?……おおー、クレア!よく来たな。ずいぶんと久しぶりじゃないか」
リュオと同じ蒼髪蒼眼の男が振り向き、クレアの姿を見止めて破願する。
共に話していた五人も皆似た容姿をしていて口々にクレアの名を呼ぶ。
コズとどちらが大きいのかしら?
立ち上がった男を見上げながらそんなことを思う。
背丈はコズの方が高いわね。でも、体格がいいのはこちらかしら?日々の肉体労働量が違うのね。
「えぇ、久しぶりね。リュード。元気そうで何よりだわ」
「それが取り柄だからな。クレア、上がってきな。親父が待ってるぜ」
親指を立てて上を示す。
もう誰かが伝えたのね。
こっちだよ、と再び手を引くリュオに連れられて宿の二階に上がる。
お祖父ちゃん入るよー、と一番奥の部屋のドアを開ける。
「あ、リュオ。どこに行ってたんだい。市場に行くならリュカも連れて行ってって言っただろ?」
ドアを開けた途端にリュオにそっくりな女性がそう言った。
「おにぃちゃん市場に行ってたの?ズルい!リュカも行きたかった!」
女性の後ろに隠れていた少女がその言葉を聞いて飛び出した……が、クレアに気が付くと顔を赤くしてまた女性の後ろに隠れてしまった。
「わ、母さん。驚かさないでよ。仕方ないだろ、呼んだけどリュカ居なかったんだから」
リュオも、妹のリュカも母親によね。線の細さや顔の形がそっくりだわ。でも……大きくなったらリュオも父親似のあんな風になるのかしら?いえ、でも男の子は母親に似ると言うし。父親に似るのは女の子の方だった気がするわ。ってことはリュカがいずれはあんな風に……。いえいえいえ、まさかまさか、ないわないわ。それはないわ。
「それより、お祖父ちゃんは?クレア連れてきたよ。あ、それと頼まれてた物ね」
独り思考の海に沈んでいたクレアは、自分の名前が出て事に反応して意識をそちらに向ける。
小さな紙袋に入ったあれは、煙草かしら?控えるように言ってあるのだけど。
「いらっしゃい、クレア。よく来たね。お義父さんならほら、あそこだよ。衝立の向こう。窓の側」
窓の側?
「居た。お祖父ちゃーん。クレアだよ」
「うーん?……クレアさ、クレアだって!?」
ガタガタ、と衝立の向こうで音がした。
何の音かしらねぇ?
「お久しぶりね。煙草は控えるように言ったはずなのだけど?」
「今日はこれが一本目じゃ」
「嘘おっしゃい」
火を消すためにおしつけた灰皿ある、その煙草は何かしら?たくさんあるように見えるのだけど?それとも、私の目がとうとう耄碌したとでも言いたいのかしら?
「お祖父ちゃん、往生際が悪いよ。もう謝っちゃなよ」
「生い先短い年寄りの楽しみを取らんでくれ」
懇願?いえ、開き直ったわね。
「煙草を吸ってるとその生い先短い人生がさらに短くなるのよ」
「努力はしとるんじゃ」
努力はしてるけど、結果には出ていないってことね。
ダメねぇ、とため息をつく。
「お、そうじゃ、そうじゃ。忘れるとこだった。クレアに渡すように頼まれたもんがあるんじゃ」
そう言って手紙を二通取り出す。
話を逸らしたわね。ま、いいわ。
「どなたからかしら?」
一通は町の雑貨屋で売っているような普通の封筒に入っている。差出人の名前はなく、ただ一筆「クレアへ」と記されている。
これは中を見るまでもないわね。誰が差出人かわかるわ。
もう一通もどこにでもあるような普通の封筒で差出人の名前はない。
「この朱印は……」
見覚えのある複雑な朱印に眉をひそめる。
「この手紙を受け取ったのはどこかしら?」
「西にある公国じゃ」
「やっぱり……」
どれだけぶりかしら。あまりいい内容ではなさそうね。読むのは家に帰ってからがいいわね。
「ありがとう。来て早々で悪いのだけどこれで失礼させてもらうわ。皆の元気な顔が見られてよかったわ」
「「え?もう帰っちゃうの!?」」
リュオとリュカが声を揃えて驚く。
「もう少しゆっくりしていったらどうだ?クレアが欲しがってた例のアレ、仕入れてあるぜ」
「あ、お父さん」
そう言いながら部屋に入ってきたリュードにリュカが抱きつく。
「言われた通り、粒が不揃いで商品にならない物ばかりだよ」
二人の母、リュンナが中身の詰まった袋をクレアに渡す。
「こんなにたくさん真珠を……ありがとう。でも、いいのかしら?」
ずっしりと重たい真珠の詰まった袋を覗きながら嬉しい悲鳴を上げる。
「クレア、それ何に使うの?」
「磨り潰して薬に混ぜたり、顔に塗ってパックにしたり。とてもお役立ちな一品なの」
「へ~」
気のないお返事。興味がないのね。分かるけれど。
「おいくらかしら?」
「クズばかりだが、腐っても真珠だ。量もあるし……これでどうだ?」
ニッと笑って指を五本立てて見せた。
確かにクズばかりだけど、そう頼んだのは私だし。この量を集めるのは相当大変でしょう。彼ら、海の民だからできることだわ。
蒼髪蒼眼が特徴の海の民は海の知識が豊富だ。時に潮を読み、時に空を読み、時に風を読む。
彼らは海辺に居を構え、主に魚や貝などの海の幸を取って生計をたてている。中には航海士として雇われる者もいる。
リュードたちのように知人同士が集まって商隊を組み、捕れた海の幸を売りに近隣の町や、村。遠く、王都まで来る者たちもいる。言うまでもなく、リュードたちは後者である。
しかし、子供のいる商隊は珍しい。子供は身体を壊しやすいし、体力的に大人に劣るからだ。それでも、ここにリュオとリュカがいるのは両親の教育方針だろう。この家族は代々そういう家系のようだから。
海の民である彼らと親しくなれば、市場には出回らない希少品を融通してもらえる。このクズの真珠がいい例だ。前回会った時に、手に入らないかと駄目もとで訊いたところあっさり了承をもらえた。
他にも、森では手に入らない物をいくつかわけてもらっている。
「妥当な値段ね。いいわ。商談成立で」
「よし、決まりだな」
頷いて示された金額を支払う。
「リュード、持ってきたぜ」
宿に着いた時に下の階にいた五人の内二人が何かを持って入ってきた。
「おお、悪いな。クレア今回も頼んだぜ」
「はぁい、任せて」
手渡されたのは小さな貝殻をいくつもつなぎ合わせた壁飾りだ。クレアの指先から肘くらいまである。それが三つ。シャラシャラと音を立て揺れている。
これはお守りだ。海を離れ、旅をする海の民が必ず持ち歩く物だ。海を離れる時に、自分で貝を集めて作り呪い師や魔術師に道中の安全を願い呪をかけてもらうのだ。三つあるのは馬車が三台あるからだ。
それと、白と緑の小粒の翡翠が数個。これは、捕った海の幸の鮮度をおとさない用にするための魔道具だ。海から市場まで、商品が腐っては何の意味もないからだ。
どちらも衰えてきてるわね。魔力の波が微細になっているわ。
貝でできた壁飾りにふっ、と息を吹きかける。それを三回。それだけで先ほどまで虫の息ほどしかなかった魔力も力強く波打ち、心なしか生き生きしているように見える。
次いで、翡翠は力を入れてグッと握る。鮮度保つための効果が薄れてきていただろうが、これで魔力を充填し直してやれば効力は再び元に戻るだろう。
「お待たせ。はい、どうぞ。安全でよい旅を」
「ありがとう。いつ見ても見事だな。お前ほど短時間で完璧にこなすヤツは見たことねぇよ」
「ふふ、ありがとう。詠唱と術式の組み上げを省略しているからその分早くてそう見えるのでしょう」
「昔他の商隊のヤツが呪をかけてもらってるとこを見たことがあるが、いつまでたっても終わらなくてな。朝からやって昼頃にやっと終わったんだ。それに比べて、クレアは一分で終わらしちまうんだ。魔術のことはよく知らねぇが、すげぇよ。ホント」
「半日は、確かに長いわね。その人はあまり腕のいい人にあたらなかったみたいね」
気の毒だわ。
「さて、そろそろ失礼するわ。雪が降る前にもう一度来るのでしょ?その時にまた会えるといいわね」
「ああ、そうだな。次はもっとゆっくりしてってくれ。リュオもリュカも寂しがるからな」
「そうだよ!せっかく久しぶりに会えたのに。クレアったら急ぎすぎだよ」
引き留めようとするリュオに次はゆっくりさせてもらうわ、と微笑む。
「そうだ!次の時は一緒に市場に行こう!ね、クレア」
「そうね、リュカも一緒に三人で行きましょう」
「クレアと?わーい!行く、行く。リュカも行く!」
リュカの喜びように、つられてクレアも嬉しくなる。
リュカが喜んでくれてよかったわ。
「……うん。リュカも一緒ね……」
歯切れ悪くリュオが返事をする。
「リュオ、下まで送ってくれるかしら?」
「うん!!」
それでもクレアにそうきかれれば躊躇いなくリュオは返事をする。
「それじゃ、リュオ元気でね。お父さんとお母さんの言うことはちゃんと聞くのよ?リュカにも優しくしてあげてね」
どこか不満気な表情のリュオの頭をぽんぽん、となでてクレアは歩き出す。
後にはやっぱり不満気な顔をして
「ボク、クレアが思ってるほどもう子供じゃないよ。クレアはいつもボクを子供扱いする。いつになったらボクを大人として見てくれるの……」
口を尖らせ、呟くリュオが残された。
クレアは生まれてから一度もお金に困ったことがない人種。
薬師としての収入や魔女としての収入があるので実はけっこうお金持ってたりするのです。他にも色々作ってますし。
だから、あの量の真珠も顔色一つ変えず買えちゃったわけです。
リュオは十代半ばくらいでしょうか?
少しサクサク進みすぎたかな?と思わなくもないです。