【23】 魔女、クレア2 (アル視点)
【注】残酷な描写あり。苦手な方はお戻りを。
長くなりました後半をお届け。
クレアが退出した後のことを少々。
※少々書き直しました。内容に変更はありません。
「災厄の箱が壊されるなんて……」
今目の前で起きたことが信じられないと、災厄の男が呆然と呟く。
それはアルたちだって同じだ。
「災厄の箱が消えてしまえば、あなたはただの人形師。私にとってはとるに足らない存在。あなたは私には敵わない」
まだ終わってはいないとばかり、クレアはおもむろに片手を前に突き出す。
「さようなら」
今までで一番いい笑顔。
突き出した手に力を入れて握りしめる。
すると、いまだに呆然としている災厄の男を黒い幕が包み込み球体を作った。
バキッ、グチャ、メキョ。
中から思わず耳を塞ぎたくなる音が聞こえた。あの暗幕の中で何が起きているかなんて想像もしたくない。
顔を背ける者もいる。
アルたちが見ている前で、黒い球体は徐々に小さく収縮していき最後には消滅した。
沈黙。目の前で起こった出来事に誰も頭が追いつていない。
人が一人、跡形もなく消え去ったのだ。
「うふふ」
沈黙を破った声の主はクレア。
「うふふふ。やった、やったわ。ついにとうとうやったのよ! 災厄の箱を、男を殺したわ! ふふふ」
上気した顔に手を添え、蕩けるような笑みを浮かべる彼女は艶やかだ。しかし、同時に排他的にも見える。
場違いと分かってはいても、やはりクレアは美しいのだと改めて思ってしまうアルはもう手遅れだろうか?
彼女の一挙一動に緊張が高まる。今、下手に彼女を刺激してはいけない。
先ほどまでの彼女の所業を見ていれば誰もが思うだろう。
「無事ですかっ!」
けれど、唐突に緊張の解けない部屋の扉が勢いよく開かれた。
飛び込んできたのは二人。
(あいつっ!?)
あの顔、忘れるものか!町でクレアに馴れ馴れしくしていた「エリオット」とかいう男。しかも今日は女連れ!?
「あら、エリとマリー」
二人の姿を認めると、クレアは駆けて行ってエリにギュッと抱きついた。
クレアの思わぬ行動に硬直するアル。
「エリ、とうとうやったわ。災厄の箱を、男を殺したわ!」
「……そうですか。おめでとうございます」
興奮しているクレアに対しエリは冷静に返す。固まり、動けないアルにエリはさらなる爆弾を投下した。
「……分かりましたから離してください、母上」
「まあ、冷たいわ。貴方のための復讐でもあるのよ?」
渋々と言った様子でエリから離れるクレア。
しかし、アルの頭の中は嵐だった。エリの言った単語を理解しようと必死だ。
(は、はははははh……母上!?母って言った?)
今日は驚くことばかりおきる。いや、驚くなんてそんな優しいものではない。
「そんなこと言われましても、刺殺されたのは俺じゃないですし」
「そうね。貴方はこうしてちゃんと生まれて生きているものね。もう一度巡り会うことができたミカ様との子だわ。ごめんなさいね。取り乱してしまったわ。恥ずかしい」
「……お……義母様……」
さらなる衝撃はマリーによってもたらされた。
(お、お母様……。クレアが、クレアは……二児の母……?)
「よくここが分かったわね。心配してくれたのでしょ?ありがとう」
マリーもギュッと抱きしめる。
アルは気が遠くなるのを感じた。頭が理解の限界を超えた。
その後の事は曖昧にすら覚えていない。無意識にクレアを見つめていたのか、一度目が合ったのだけは覚えている。
「それでは事後報告に行きますか」
「そうね。それでは皆様、ごきげんよう」
退室するクレアの背に国王と宰相は深々と頭を下げた。
◇◆◇
「……ル。おい、アルフォード!」
強く肩を揺すられて我に返る。
「レオ?」
気がつけばクレアたちの姿はなく、下働きの者により飛び散った鮮血の掃除が行われていた。
例の小者は呆然自失の所を連行されたらしい。
陛下と殿下の御身を危険に晒したのだ、一族郎党死刑になるのは確実だろう。
しかし、その理屈でいけばこの計画を立てたレオやアル。進言した内部監査のオヤジも罪に問われなければおかしい。
だがそれでは貴重な人材を失うことになる。レオに至っては次期国王だ。よって、罪は小者に押し付ける形で他は謹慎と言う名の執務室に監禁――権力者による揉み消しだが、これが政。事実危険を持ち込んだのは小者であるのは事実なのだ――となった。
要するに「反省しているなら姿勢を見せろ」と言うことだ。この間、誰もが忌避するような面倒な事務仕事ばかりが山のように回って来た。
クレアの事は気になるし、仕事は終わらなし、回された仕事は七面倒臭いものばかりが持ち込まれるし、一つ一つが細かくて複雑で多数の資料を必要とするから一個を終えるのにやたらに時間がかかるし、クレアの事は気になるし、仕事は終わらないし、回された仕ご……。
と、悪循環のドツボに嵌りつつもレオと協力して少しずつ終わらせていた時にそれは来た。
陛下から呼び出しがあったのだ。あと一秒遅ければアルはキレていた自信がある。罰則中でなければやってられるかあんな面倒臭いこと。
呼び出されたのは陛下の私室だった。通された応接間には既に養父がグラスを片手に酒を飲んでいた。
「養父上、どうしで既に飲んでいるんですか?」
「いい酒が手に入ったんだ。たまには息子と飲もうと思ってな」
「それはありがとうございます。確認ですが、陛下のレオがこの場にいることは失念していませんよね?というか、それ以前にここは陛下の私室です」
応接間の中央にあるローテーブルには軽く摘まめるものまで用意してある。どれだけ息子と飲みたかったんだ?
しかし、ここは人様の部屋である。
陛下と養父も幼少時からの付き合いらしいが、親しき仲にも何とやら……。二人掛けのソファに腰を下ろし、部屋の主よりも寛いだ様子の養父にアルは頭痛を覚える。
いつもは相手を振り回す側のアルだが養父には逆に振り回されてしまう。 これが年と経験の差かっ!
「気にするなアル、疲れるだけだ。それよりも、座れ」
「……失礼します」
気がつけば立っているのはアルだけで陛下に促されて養父の向かいにある二人掛けのソファ、レオの隣に座る。
陛下は上座にある一人掛けのソファに腰を落ち着けている。
「本題に入る前に一つ。西の公国より先日の件は解決したと報告が入った。お前たちもご苦労だったな」
「「っ!?」」
レオとアル、二人で黙って頭を下げる。
「さて、聞きたいことがあるだろ?」
パン、と手を打ち養父が単刀直入に問うてきた。
「災厄の箱と男のこと、それからあの魔女のこと。それと太陽とは何かの隠語?」
レオが簡潔に答える。
「では、まず災厄の箱と男について答えようか」
頷いて養父が語りだした始まりの魔法使いの真実に驚愕する。
「なら、他にもまだ始まりの魔法使いが作った魔具があるということか?」
「そういうことです。レオ様がっ見た災厄の箱はその幾つかある内の一つです」
「他にはどんな魔具があるのか分かっているんですか?」
「いや、数も形も不明だ」
「ならば、あの魔女は知っているのか?」
「どうでしょう?クレア様でも全ては把握していないかと思います。クレア様も人に教わったと仰っていましたから」
「養父上、そのクレアという魔女は……?」
クレア、という名につい反応してしまう。
「そう急くな。これは陛下から聞いた方がいいだろう」
「尤もらしく言って説明が面倒臭くなっただけだろ」
いやいやそんなことはない、と真面目な顔で言う養父が胡散臭く見える。
「まぁいい。あの方はクレア様。クレアルージュ・ミリオンベル様。知っての通り魔女だ」
ミリオンベル?聞いたことのない家名だ。
あれほどの実力があり、且つ影響力のある魔女ならばもっと名のある家の出かと思った。
でも、彼女の噂は城下町以外では聞いたことがないな。
例外はアルに気のある令嬢たちの口からクレアとの関係を遠回しに問われたくらいか?
「ミリオンベル?聞いたことのない家名ですね」
レオも同じことを思ったらしく疑問を口にした。
「ミリオンベルはクレア様と特別に許された者しか名乗ることのできない家名だからな。クレア様は五百年を生きる大魔女だ。クレア様と関わりを持たぬ国はないと言える……」
要約すると、永い時を生きるクレアはその経験を生かし、時に相談役のようなことを。その実力を生かし、今回のように常人ではどうにもならい案件を引き受けているらしい。
太陽、とはクレアの容姿を例えた彼女を指す隠語だそうだ。
条件として、絶対に内政には干渉しない。ミリオンベルの名に各国は権利を保障する。例えば、クレアがミリオンベルの元に何かを要望すれば、された方はその要望に応える、もしくは応えられるよう手を尽くさなくてはならない。
持ちつ持たれつ。自分たちにはできないことをやってもらう代わりに彼女の願いを叶えるのだ。
まあ、陛下曰く過去一度も無理難題を言われたことはないのでそんなに気を張る必要はないだろうとのことだ。
そして、気になる「エリオット」という男。ヤツは信じられないが正真正銘クレアの息子らしい。ついでに「マリー」と呼ばれていた女性はクレアの義娘。つまり、エリオットの妻である。
クレアが二児の母でなくて安心……いや、エリオットは結婚していた。あの性格でよくも嫁に来てれる娘がいたものだ。マリーという女性には拍手をおくりたい。
寿命と同様、外見年齢も魔力量で決まる。魔力量が多ければその分だけ長寿であり、一番魔術の施行に適した年齢で成長が止まる。
クレアの場合はそれが二十代前半であったようだ。だからあの外見で十代終わりくらいの息子が居るのもおかしいわけではない。理屈上では。
ただそんなに魔力量のある魔術師はそうそう居るものではないし、いてもせいぜい「少し若い親」程度で「ほぼ同年齢の親子」なんてアルはクレアたちしか知らない。
息子が居るということは当然「父親」にあたる人物が居るはずで。
今なら以前ヤツが言っていた言葉の意味が分かる。
「クレアの最愛はあなたじゃない」
それはヤツの父親、クレアの夫にあたる人物のことだったのだ。
分かってしまえばドッと疲れが押し寄せ、身体から力が抜けるのを感じた。しかし落胆した、とは感じない。
何故かと自問自答してみれば答えは案外容易く見つかった。
薄々気づいてはいたのだ。クレアがアルをそういう相手として見ていないことを。
当然だ。彼女は五百年を生きる大魔女だ。彼女から見ればアルのなんて子どもどころかよくて赤ん坊だ。
しっかりと認識してしまえば逆にスッキリとするものだ。絶対に叶わないと分かったから良かったのかもしれない。
アルには人様の家庭を壊す趣味はない。第一、もし万が一にもクレアと結ばれた場合、もれなくヤツが付いてくるのだ。義息子として。
絶対にご免である。
ほら飲め飲め、と養父が酒とグラスを押し付けてきた。陛下もレオも手にグラスを持っている。
乾杯っ、という養父の音頭でグラスを打ち鳴らす。一口飲んで確かにこれはいい酒だと先ほどの養父の言葉に納得する。
陛下とレオも満足気だ。
一体何に対しての乾杯なのか。魔物の活性化の件か、それともアルの失恋祝いか……。
あの養父なら知っていそうだ。
アルはそれ以上考える事を止めてさらに酒を煽った。
うん、いい酒だ。
バレました。とうとうアルにもクレアとエリの関係暴露!
さて、次回はクレアの視点に戻ります。




