【22】 魔女、クレア1 (アル視点)
【注】残酷な描写あり。首が飛んだりします。苦手な方はお戻りを。
長くなりましたので二つに分けました。前半をどうぞ。
クレアが城に来るまでとそれからの話。アル視点でお届します。
その日は午後から会議があった。
会議と言っても陛下の誕生祭の段取りを話し合うだけだ。それだって例年通り行う予定だから単なる確認と言ってもいい。
……というのは名目で、実際はもういい加減あの煩い小者を「殺っちまおうゼ」バチコーン、と破壊力抜群のウインクをかました内部監査のオヤジに言われたのだ。
昔は荒くれ共に紛れて傭兵をやってました、と言われたら信じてしまいそうな外見をしている。
泣いている子だって裸足で逃げ出すレベルだ。
アルは内部監査のメンバーをそのオヤジしか知らない。汚職や横領など不正を見つけるのはもちろん、できる人材の正当評価、発掘ということまでもが仕事らしい。
だから、顔が知られてしまうと色々まずい。主に前者には。
従って本当はまだ幾人もいるのだが、オヤジの圧倒的な存在感を隠れ蓑に日夜任務に励んでいるらしい。
(それにしても面白そうだからって陛下自らが餌になるなんて……。待遇よすぎでしょ)
ズレた感想を抱く。
レオと計画を練っていた所を陛下に見つかり知られる羽目になった。悪乗りした陛下によりこっそりと会議の始まる時間と場所、陛下も出席する旨を小者の耳に入るようにした。
そこまでして何がしたいのか?誕生祭の余興?もう間に合っている。
会議も終盤になり「これだけお膳立てしてやったのに、まさか来ない!?」と誰もが思い始めた頃、小者はやって来た。
廊下が騒がしいと思ったら扉の前で見張りをしている二人の騎士の制止を聞かずに乗り込んできた。
現れたのは四人。
一人はもちろん小者だ。今日も今日とて自前の脂を顔中に塗りたくり、趣味の悪い服装をして登場した。
「大切な会議中に失礼いたします。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
そう言って大袈裟に頭を垂れる。
大切だと思うなら乗り込んで来るな、と思うが今回に限っては来てもらわなければ困る。せっかくお膳立てしてやったのに台無しになってしまう。時間と労力も無駄になる。
陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう?
はっ、鼻で笑ってしまう。
まあ、陛下の機嫌はいいかもね。この茶番劇を楽しみに会議に出席しているようなものだから。
「この度は陛下にご紹介したい者がおりまして、こうして馳せ参じた次第にございます」
部屋に入って来た残りの三人を示して小者が仰々しくほざく。
親子、だろうか?特にこれと言って特徴のない男性と両側に子どもが二人。
男性は陛下の御前であるにも関わらず、口元には貼り付けたような笑みを作っている。
両側の子どもは無表情で、無機質な印象を受ける。生きているのだろうか?なまじ顔が整っている分どこか薄ら寒いものを感じる。
「おい、陛下に挨拶をしないかっ」
小声で小者が男性を叱咤する。
男性は仕方がない、と言うように一瞬肩を竦めたが小者はそれに気づいていない。「礼儀がなっていないもので」と誤魔化すように愛想笑いを浮かべている。
礼儀がなっていないのはお前もだ、と言いそうになり慌てて言葉を飲み込む。
「初めまして、皆様方。これはこれは、豊富な魔力をお持ちで。たいへんすばらし……いえ、こちらの話です」
魔力がどうした?
確かに、この部屋に居る者たちは総じて魔力の量が多い。
貴族は身分の高い者たちは少しでも魔力が多い子どもを生もうとするからだ。
魔力が多いということは少ない者に比べて死ににくいということで、長寿だということ。
特に陛下と王子であるレオは突出している。それだけ魔力の量が多い者同士の婚姻をくり返してきたのだ。
「くだらない口上はどうでもいい。さっさと陛下にアレを見せて差し上げろ!」
挨拶をしろ、と言ったのはお前だろ!?
支離滅裂な発言にアルは目を見開く。
いけない、いけない。これくらいの事で感情を表に出していては一国の宰相なんてできやしない。
養父を見てみろ。眉間にシワを寄せて完璧に表情を作っている。
チラリ、と視線だけを隣に座る養父に向ける。
小者の戯言。それを気にする様子もなく男性は続ける。
「このような場所で名乗るほどの名前はないのでなにとぞご容赦を。しかし、そうですね。敢えて名乗るとすれば……」
ごそごそ、と男性は懐から小さな箱を取り出した。
「災厄の男……」
そう口にしたのは誰か?
隣で養父が息を呑む音が聞こえた。
災厄の男とは災厄の箱と呼ばれる魔具にとり憑かれた魔術師だ。災厄の箱は愛憎と魔力を贄に災厄を振り撒く恐ろしい魔具。
子どもでも知っている。
だが、それは大人が子どもを叱るときに使う常套句で実在するかも分からない伝説だ。
こんな所に居るはずがない。むしろ、実在するはずがない。
アルは信じていない。レオだって信じていないだろう。
しかし、部屋の空気は緊張を孕んだものへとかわっている。あの男性の正体を知る誰かの緊張が伝染しているのだ。
「そう、そう呼ばれることもあります」
誰かが口にした名に男性、災厄の男が肯定する。
災厄の男は実在した?なぜ小者などと共に居る?目的は?いや、目的なんてそもそもないのだろう。
先ほど、災厄の男が小者に挨拶を急かされたとき何と言った?
「豊富な魔力をお持ちで」
と言わなかったか?
災厄の男はここに居る者たちの魔力が狙いだ!
ここは国の中枢。城に勤める魔術師たちのように、優秀な人材が集まり易い。陛下やレオのように魔力の量が多い者もいる。
どうにかして二人だけでも逃がすことができないか?
しかし、アルは災厄の男から目を逸らすことができない。
災厄の男の狙いに気付いてはいるのだろう。けれど、室内にいる誰もが災厄の男から視線を外せないでいた。
少しでも身動きをすれば男が災厄の箱を使うのではないかと恐れているのだ。
死はすぐ隣にいる。
しかし、重いくらいの沈黙は唐突に破られた。
立て付けの良い部屋の扉が滑るように開かれる。
現れたのは笑みを湛えた美しい女性。
華美な装飾はなく質素ながらも仕立ての良いドレスは小者よりも何倍も趣味が良い。
災厄の男を見止めた女性はより一層笑みを深くした。
アルはこの女性を知っている。クレア。城下町で出会った美しい魔女だ。
彼女は西の公国へ行くと言ってなかったか?いや、行かなかったのならそれでいいのだ。公国周辺は今は危険だから。
それよりも、なぜクレアはここにいるのだろう?どうやって入って来た?城へは簡単に入ることはできない。ましてや今、アルたちが会議に使用しているこの部屋はやや奥まった所にある。
城で働いていれば入れないこともないが、一般人は侵入禁止だ。
それなのにどうやって?
「な、何者だ!会議中に部外者を入れるとはどういうことだ!すぐに退出させろ!」
可哀想に。空気が読めないのか、読む気がないのか、小者が自分のことは棚に上げ喚いている。しかし、誰も見向きもしない。
あんなものより大事なのはこちらだ。
「ごきげんよう。私のことを覚えているかしら?」
クレアは洗練された淑女の礼をする。腰を曲げる角度、落とす高さ、どれをとっても完璧だ。
彼女はいったい何者だ?
腕がいいだけの魔女ではない。
災厄の男は「はて、どうだったか?」と首を傾げる。
「災厄の男。あなたにとって私の存在はとるに足らないただの贄だったということね」
美しい顔を笑みで彩りクレアは躊躇うことなく「災厄の男」と口にした。
彼女は知っていた。災厄の男を。
彼女は会いたかった?災厄の男に。
クレアから漏れ出す魔力によりさっきとはまた違う緊張が室内を占領する。
「贄?贄が生きているはずがない。どの贄も災厄の箱の糧になって死んでいったのだからね」
さも、それが当然であると災厄の男は言う。
「では、殺し損ねたのでしょう。忘れたなんて、記憶にないなんて許されるわけないのよ」
一瞬クレアの顔が憎しみに歪んだように見えたが、瞬きをしてもう一度見れば先程と同様に笑みを湛えている。見間違いだろうか?
「あの魔術師の屋敷に居た魔女?魔術師の屋敷には幾つか訪れたことがあるけれどあそこは当たりだったね。まさか屋敷に居る人間の愛憎と魔力だけで国が一つ無くなるとはね。大事な贄は全て奪い尽くしたと思ったんだけど……そうか全身を貫かれてさえも生き永らえるほどの魔力か」
素晴らしい、と目を輝かせる災厄の男。
何を言っている?国を一つ滅亡させた?
災厄の男一人で国を一つ消し去ることができるのか……。今、アルたちは過去の亡国と同じ道を辿ろうとしているのではないか?成す術もなく一方的に魔力を奪われて。
その結論に至り、顔から血の気が引くのが分かった。
全身を貫かれたとはどういうことだ?クレアは生きてここにいるじゃないか。
ほぼ全ての魔術師は事前に、自身の体内に治癒の術式を組み上げていて何かあれば術が自動的に施行されるようにしている。
魔術はそれほど得意ではないがアル自身も体内に治癒の術式を組んでいる。
当然、魔力の量が多ければ治癒に回せる魔力量が増える分治りも早い。
全身を貫かれてさえも死なない治癒力。しかもあの災厄の男を相手に。
本当に、月に一度自分で作った薬を売りに来る彼女と同一人物なのか?
町で会えばたおやかに微笑み、時に冗談も言う彼女と同じ人か?
今ここで臆することなく、むしろ笑みを絶やさず災厄の男と対峙している彼女と合致するのか?
(僕はあんなクレアを知らない)
そういえば、あの男はクレアとどんな関係だったんだろう、と違うことを考えた。
つー、と滑るようにクレアが災厄の男へ一歩近づく。
すると、クレアの動きに反応したのか間に割って入る小さな影。それは災厄の男を守っているよう。両隣にいた子どもだ。
「主に近づくことは許さない」
「主に危害を加えることは許さない」
無表情に淡々と言葉を紡ぐ。
(喋った。ちゃんと生きてるんだ)
喋るところを見れば、なんとか感情の起伏が乏しい子どもと納得できる。
「哀れな子。災厄の男、この子たちを作るのに一体どれだけの犠牲を払ったの」
「さあ?覚えてなよ。それよりも分かるのかい?この二体を作るだけでかなりの時間がかかったんだ」
子どもが玩具を自慢するように嬉々として語る災厄の男。
「災厄の箱と相性がよくて魔力量が多い器を探したんだよ。ずいぶん時間がかかったけどね」
「それで見つけたのがその子たち、ということかしら?よくも二人も見つけたものだわ」
災厄の男はありがとう、などと言っている。
「人間を器にするのは禁忌よ。本来は無生物に行うものだわ。自我を殺して虚ろにしてから人形にしたのね」
人形だって!?これが!?生きた人間を器にした人形。
クレアの言葉に驚く。
人形の反応は「はい」の一択だ。と、いうか返答するだけで優秀だ。
「自我があると邪魔だから。まあ、一度は器を空にしないといけないから壊すんだけどね?あと、僕に従順だと色々やり易いし。会話ができるくらいに自我を残しておくのはけっこう手間取ったけど」
災厄の男の言葉に憤りを感じる。
クレアの話から想像するに、あの二人の子どもを人形にするのにたくさんの犠牲を払ったらしい。
何が目的かは知らないが、己の自己満足のために多くの生き物を殺したのは間違いないはずだ。
「哀れな子。自我を殺され、死ぬまで災厄の男の操り人形にされる。解放してあげましょう」
即座に反応し、ザッと身構える子ども。
クレアは二度、小さく手を払った。たったそれだけ。
アルには何が起きたのか分からない。いや、ここにいるどれだけの人が理解できたのか。
「―――― ?」
ぼと、ぼとり。
鮮やかな鮮血が宙を舞う。
刹那の後、鋭利な刃物で切断したようにスッパリときれいな切り口で首が落ちた。
魔術師を殺すなら首を刎ねるのが一番早い。
人形なら心臓とも言える魔石を壊すべきだが、この子どもの身体は生きている。ならば首を刎ねてしまうほうがいい、そう思い至ったのはしばらくしてからだ。
「う、うわぁぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃー !!」
室内にいた何人かがそれを見て椅子を倒して後退さる。
近くにいた貴族の男は腰を抜かしたようで尻餅をついたまま無様な姿を晒している。顔や服に赤い飛沫を浴びたらしく一部を鮮やかに染めている。
「あぁー。苦労して作ったのに。酷いな」
一番近くにいた災厄の男は彼らとは同じ反応を示さず、ただ気に入っていた玩具が壊されたと言うように眉尻を下げた。
「全部壊してくれちゃって。まだ実験はこれからなのに作り直しじゃないか……ああ、でも人形はいいか。もう結果は分かったし」
「させないわ。災厄の箱はあってはならないものよ?」
「でも魔女殿に災厄の箱は壊せないよね?」
「えぇ、口惜しいことに私だけの力では壊せないわ。だけ、ではね」
意味深な言葉。
クレアはどこからか小石ほどの魔石を取り出した。
澄んだアイスブルーの色をしたその魔石は透き通る氷塊を思わせる。
「今さら魔石の一つが加わったくらいで何も変わらないだろ?」
肩透かしをくらったと災厄の男は笑う。
「あら、分からないかしら?この魔石はね、私が頼んで特別に作ってもらった物よ。純粋に魔力のみでできた魔石。災厄の箱に対抗しうる物」
アイスブルーの魔石が光りだす。
「始まりの魔法使いが溺愛していた娘。その娘の血をひく者が作った魔石よ」
彼の魔法使いの娘は古の魔女と呼ばれ、父と同様に史書にその名を残している。
「そんなことはあり得ない! 古の魔女の血は途絶えたはずだ」
そうだ、あり得ない。その系譜は途絶えたはずだ。彼女が流行り病で死した時に。
しかし、アルの疑問など置き去りにしてクレアは続ける。
「必ずしも史書が真実であるとは限らないわ。ここに災厄の箱があるようにね?」
災厄の男が言葉に詰まる。奴は知っている。クレアが言ったその意味を。
「古の魔女の血をひく者が作った魔石があるだけでどうにかなるものじゃない」
「なるわ。……さあ、壊れなさい。欠片一つ、塵一つ残さずに。跡形もなく」
「なっ!?」
ホロリ、と災厄の箱の角が崩れた。
崩れた角につられて側面にヒビが入り一部が剥がれ落ちる。
一度崩れ始めればそれを皮切りに災厄の箱はまるで砂山が崩れるように脆く崩れ去った。
誰もが目を見開き、全ての視線のその先で箱は欠片一つ、塵一つ残さずに、跡形もなく消え去った。
災厄の箱はこの世界から消滅した。
遅くなって申し訳ないです。時間がなくてなかなか書けませんでした。




