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クレアルージュ  作者: 由布 叶
21/24

【21】  復讐

【注】残酷な表現あり。 首が飛んだりします。苦手な方はお戻りを。


長くなりました。


※少々書き直しました。内容に変更はありません。

 室内の視線を一身にあびながら、それをものともせずにクレアは微笑む。

愛憎(あいぞう)に加え、さらに私の魔力を(にえ)としてあなたは疫病を蔓延させ、国を一つ滅ぼしたわ」 

 地図から一つの国名が消えた。



 独り生き残ってしまった私は罪悪感に(さいな)まれたわ。

 直接ではないにしろ私の多すぎる魔力がここまで被害を増大させたのだから。罪の一端は私にもあるの。

 それが故意ではなく、抗う術もなく、ただ巻き込まれただけであろうと、よ。

 でもね?それ以上に私の内を占めたのは憎しみよ。

 ただの気紛れで両親を、お優しかったお義父様とお義母様を、この手に抱くはずだった我が子を、生まれ育った故郷を一度に失った。


 そして何よりも私のミカ様を殺された。


 許せない許せない許せない許せない許せない許さない。

 憎くないはずがないわ。

 魔力の多さは命の永さ。この先の永い人生の全てをかけてこの想いを成し遂げましょう。


 当時はまだ何も知らぬ小娘にすぎなかった私は、ミカ様を殺したのが災厄の男だとは知らなかったの。

 それを教えてくれたのは私よりも長寿の魔女だったわ。その魔女は始まりの魔法使いの事実を教えてくれて、災厄の箱とそれに()せられた愚かな男の事を教えてくれたわ。

 災厄の男を探して各地を渡り歩き、どれだけの時が過ぎたでしょう。今こうして巡り会えたことがどれほど喜ばしいか。

 私のこの想い、受け取ってくれるわよね?


「あの魔術師の屋敷に居た魔女?魔術師の屋敷には幾つか訪れたことがあるけれどあそこは当たりだったね。まさか屋敷に居る人間の愛憎と魔力だけで国が一つ無くなるとはね。大事な贄は全て奪い尽くしたと思ったんだけど……そうか全身を貫かれてさえも生き永らえるほどの魔力か」

 素晴らしい、と災厄の男は目を輝かせる。

「思い出していただけたようで何より」


 つー、と滑るようにクレアは災厄の男へ一歩近づく。

「まあ?」

 クレアと災厄の男の間に割って入る小さな影。それは災厄の男を守っているようだ。

 両隣にいた子どもだ。雑木林にいた子どもだ。偽の災厄の箱を持っていた子どもだ。

(マスター)に近づくことは許さない」

(マスター)に危害を加えることは許さない」

 無表情に淡々と言葉を紡ぐ。あの時に見えた感情の欠片は見当たらない。

「哀れな子。災厄の男、この子たちを作るのに一体どれだけの犠牲を払ったの」

「さあ?覚えてなよ。それよりも分かるのかい?この二体を作るだけでかなりの時間がかかったんだ」

 子どもが玩具を自慢するように嬉々として語る災厄の男。

「災厄の箱の模倣はそれなりの物が作れたんだけど……あ、何でそんなことあができるか疑問に思ってる?昔ね、魔具(まぐ)の製作を少しかじったことがあるんだよ。ほら、永く生きてると色んなことに手を出したくなるだろ?」

 同意を求めるように投げられた視線をクレアは黙殺する。

「まあ、独学なんだけどね?」

 独学でも、誰かに師事したとしてもそんな簡単に災厄の箱が模倣できてはたまらない。やはりこの男は危険だ。

「それで、災厄の箱ができたら使いたくなるだろ?でも自分で使ったらつまんないし。だから自分以外で使える奴を探そうと思って」

 時間はたくさんあるし、と災厄の男。

「災厄の箱に興味を示す奴はけっこういたけど、どいつも触った途端に逝っちゃってね。ダメだった。やっぱり魔力の相性は大切だね。これでも一応は人形師だからさ。人がダメならそれ以外ならどうだと思ったけど……これもダメ。魔力が圧倒的に足りない。他人が作った魔石じゃ相性が合わないし、かと言って自分で作れるわけでもないし」

 こればっかりはダメだと肩を竦めてため息をついた。

「だから、災厄の箱と相性がよくて魔力量が多い器を探したんだよ。ずいぶん時間がかかったけどね」

「それで見つけたのがその子たち、ということかしら?よくも二人も見つけたものだわ」

「そうだよ。ありがとう」

 褒めていない。

「人間を器にするのは禁忌よ。本来は無生物に行うものだわ。自我を殺して虚ろにしてから人形(ドール)にしたのね」

 会話のできる人形なんて珍しい。人形の反応は、「はい」か「イエス」の二択……いや「はい」の一択だ。と、いうか返答するだけ優秀だ。

 無反応が(おも)で、会話ができるなんてどれだけ腕の良い人形師が作ったのか。貴族連中が喉から手が出るほど欲しがるだろう。

 しかし、今回の場合は人間を元に作っている。

「自我があると邪魔だから。まあ、一度は器を空にしないといけないから壊すんだけどね?あと、僕に従順だと色々やり易いし。会話ができるくらいに自我を残しておくのはけっこう手間取ったけど」

 だが、後々が便利なのだ。関所を通る時など、親子のフリができるから、


「哀れな子。自我を殺され、死ぬまで災厄の男の操り人形にされる。解放してあげましょう」

 ザッと身構える子ども。

 クレアは二度、小さく手を払った。たったそれだけ。

「―――― ?」

 ぼと、ぼとり。

 赤い水が舞う。

 刹那の後、鋭利な刃物で切断したようにスッパリときれいな切り口で首が落ちた。

 魔術師を殺すなら首を刎ねるのが一番早い。

 人形なら心臓とも言える魔石を壊すべきだが、この子どもの身体は生きている。ならば首を刎ねてしまうほうがいい。

「う、うわぁぁぁぁぁ!」

「ひぃぃぃぃー !!」

 室内にいた何人かがそれを見て椅子を倒して後退さる。

 近くにいた貴族の男は腰を抜かしたようで尻餅をついたまま無様な姿を晒している。

 顔や服に赤い飛沫を浴びたらしく一部を鮮やかに染めている。


「あぁー。苦労して作ったのに。酷いな」

 一番近くにいた災厄の男は彼らとは同じ反応を示さず、ただ気に入っていた玩具が壊されたと言うように眉尻を下げた。

「人形に模倣した箱が扱えることが実証されて、次は魔物とか植物とかどこまでが災厄の箱を扱うことができるか実験してたのに。まあ、どっちとも災厄の箱に憑かれてるだけのようだったけど。全部壊してくれちゃって。まだ実験はこれからなのに作り直しじゃないか……あ、でも人形はいいか。もう結果は分かったし」

 まるで「今度の休みは何しよう?」と言うように弾んだ声音で災厄の男は言った。

「させないわ。災厄の箱はあってはならないものよ?」

「でも魔女殿に災厄の箱は壊せないよね?」

「えぇ、口惜しいことに私だけの力では壊せないわ。だけ、ではね」

 クレアはどこからか小石ほどの魔石を取り出した。

 澄んだアイスブルーの色をしたその魔石はクレアのとっておきだ。

「今さら魔石の一つが加わったくらいで何も変わらないだろ?」

 肩透かしをくらったと災厄の男は笑う。

「あら、分からないかしら?この魔石はね、私が頼んで特別に作ってもらった物よ。純粋に魔力のみでできた魔石。災厄の箱に対抗しうる物」

 アイスブルーの魔石が光りだす。

「始まりの魔法使いが溺愛していた娘。その娘の血をひく者が作った魔石よ」

 ()の魔法使いの娘は(いにしえ)の魔女と呼ばれ、父と同様に史書にその名を残している。

「そんなことはあり得ない! 古の魔女の血は途絶えたはずだ」

 彼女が流行り病で死した時に。

「必ずしも史書が真実であるとは限らないわ。ここに災厄の箱があるようにね?」

 始まりの魔法使いが若くしてこの世を去ったと史書に記されていたように。

「古の魔女の血をひくものが作った魔石があるだけでどうにかなるものじゃない」

「なるわ。……さあ、壊れなさい。欠片一つ、塵一つ残さずに。跡形もなく」

「なっ!?」


 ホロリ、と災厄の箱の角が崩れた。


 崩れた角につられて側面にヒビが入り一部が剥がれ落ちる。

 一度崩れ始めればそれを皮切りに災厄の箱はまるで砂山が崩れるように脆く崩れ去った。

 組み上げた術式は『瓦解(がかい)』と『消滅』。

 災厄の箱とて所詮(しょせん)は道具。製作者である始まりの魔法使いの影響を少なからず受けている。

それが魔具なら尚更。製作途中で少しずつ染みついた始まり魔法使いの魔力。

 災厄の箱の魔力の相性とは(すなわ)()の魔法使いとの魔力の相性とも言える。

 ならば溺愛していた娘の血をひく者が作った魔石の魔力とも相性がいいだろう。

 クレアの魔力では敵わなくても魔石の魔力を用いて内側から崩し、消し去る。

 

 災厄の箱はこの世界から消滅した。


「災厄の箱が壊されるなんて……」

 呆然と呟く。

「災厄の箱が消えてしまえば、あなたはただの人形師。私にとってはとるに足らない存在。あなたは私には敵わない」

 おもむろにクレアは片手を前に突き出す。

「さようなら」

 今までで一番いい笑顔。

 突き出した手に力を入れて握りしめる。

 すると、いまだに呆然としている災厄の男を黒い幕が包み込み球体を作った。

 

 バキッ、グチャ、メキョ。

 

 中から思わず耳を塞ぎたくなる音が聞こえた。想像もしたくない。

 顔を背ける者もいる。

 クレアがさらに魔力を込めると、黒い球体は徐々に小さく収縮していき最後には消滅した。

 

 沈黙。目の前で起こった出来事に誰も頭が追いつていない。

 人が一人、跡形もなく消え去ったのだ。

「うふふ」

 沈黙を破った声の主はクレア。

「うふふふ。やった、やったわ。ついにとうとうやったのよ! 災厄の箱を、男を殺したわ! ふふふ」

 顔に手を添え、ほんのりと頬を染める彼女は蕩けるような笑みを湛えている。

 彼女の一挙一動に緊張が高まる。今、下手に彼女を刺激してはいけない。

 

 唐突に、緊張の解けない部屋の扉が勢いよく開かれた。

「無事ですかっ!」

 飛び込んできたのは二人。

「あら、エリとマリー」

 二人の姿を認めると、クレアは駆けて行ってエリにギュッと抱きついた。

「エリ、とうとうやったわ。災厄の箱を、男を殺したわ!」

「……そうですか。おめでとうございます。……分かりましたから離してください、母上」

「まあ、冷たいわ。貴方のための復讐でもあるのよ?」

 エリから離れるクレア。

「そんなこと言われましても、刺殺されたのは俺じゃないですし」

「そうね。貴方はこうしてちゃんと生まれて生きているものね。もう一度巡り会うことができたミカ様との子だわ。ごめんなさいね。取り乱してしまったわ。恥ずかしい」

「……お……義母様……」

「よくここが分かったわね。心配してくれたのでしょ?ありがとう」

 マリーもギュッと抱きしめる。

「母上、それよりも」

 エリの視線に気づいて頷く。

「陛下。見苦しい所を見せてしまってごめんなさいね?これで魔物もおとなしくなるでしょう」

「いえ、我らの為にご尽力くださりありがとうございます。皆を代表して御礼申し上げます」

 この部屋の上座に座っていたパルメヒアの国王陛下が答える。

「今回は私自身の為にしたことだわ。お礼を言われるようなことはしていないわ」

「それでも我らは感謝しております」

「気持ちは受け取るわ。近々西の公国より今回の件の報告があるでしょう」

「承知しております」

 部屋を汚してごめんなさい。あとよろしくね、と丸投げするクレア。

 ふと、見知った顔の青年が視線で問いかけている。それに笑顔を返す。

 

 赤き太陽の娘クレアルージュ。

 

 そう呼ばれることもある。 

 (だいだい)と紅蓮を混ぜたような髪に瞳は灼熱の赤。その容姿故に「太陽の娘」と呼ばれることがある。 



「それでは事後報告に行きますか」

「そうね。それでは皆様、ごきげんよう」

 退室するクレアの背に国王と宰相は深々と頭を下げた。


災厄の男がクレアのことを思い抱いてしまって少しがっかりしているクレアです。思い出さなかったら実力行使で思い出させるつもりでした。

思い出す前にこと切れてると思いますが…。


終わりの方がややグダグダに。

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