【20】 昔語り
【注】残酷な表現あり。妊婦さんに対しての残酷表現があります。苦手な方はお戻りください。
クレアの旦那様に対しての愛が伝わっているといいです。
あれは、私が外見通りの見た目よりさらに五・六歳若い頃のこと。
私の生家、ダイディーミラーは魔術師の家系で数代に一人くらいの割合で家位に「カーメルセ」を戴いていたわ。
父は才能のかる方でその「数代に一人」が父だったわ。
クレアルージュ・カーメルセ・ダイディーミラー。私は当時そう名乗っていたの。
私が年頃になると両親は同じ家位のイェンカとの婚姻話をもってきたわ。それが旦那様の生家。
家位が同じとは言ってもイェンカは先祖代々、一度も途切れることなくカーメルセを名乗ってきた名家でダイディーミラーとは歴史もその名の重みも全然違うわ。
それ故にその名が欲しいと多くの家が縁談を申し込んできて、正直鬱陶しかったと旦那様は仰っていたっけ。
下は豪商から上はリフォまで。
貴族、とよく一括りにされるけれどリフォとカーメルセは貴族ではないのよ。一代しか家が続かないこともあるのでは貴族としては認められないわ。
婚姻は同位の家と行うことが殆どだけれど、適当な人物がいない場合――――例えば、適齢期の相手がいないとか――――一つ下か一つ上の家と結ぶことが普通ね。
けれど旦那様の場合、その優秀な血を欲しがり無理をおして貴族であるズィルソまでもが立候補したとか。わざわざ娘を降嫁させてまで、よ?
中にはイェンカにとって都合のいい話があったでしょうに旦那様はダイディーミラーを、私を選んで下さったの!
イェンカに比べたらダイディーミラーなんて天と地ほどに差があるわ。
それでも私を選んで下さったのは、私が人より魔力が多かったから。
魔力が多ければそれだけ多彩な魔術を操ることができるわ。それは魔術師にとっての強み。
とある一つの魔術を施行した時に一時間継続することができる魔術師と二時間継続することができる魔術師とでは、当然後者の方が重宝されるわ。
それと、これはとぉっっっっっっっても重要よ!!
たまたま出席した夜会に――――私だって人並みに乙め……いえ、今でも十分に乙女よ。……要するに私にもそんな時があったの――――旦那様も出席なさってらして、そこで偶然私を見かけた旦那様が私の魔力を気に入って下さったのですって。
災厄の箱とそれに魅せられた男のように、魔力には相性があるわ。
魔力とはすなわちが生命力であるから、もしも万が一にも旦那様のお命が危険にさらされたときに私の魔力を分けて差し上げることもできるのよ。
相性の合わない魔力を取り込んだ場合、死んでしまうかもしれないのだからこれはとても大切なことよ。魔術を習う基本として教えられるわ。
生まれた時から貴族に近い暮らしをしてきた私には親の持ってきた婚姻話に否を唱える選択肢はなくて、この話はあっという間にまとまったわ。
まあ、中には破談にしようとした輩もいたらしいけれど誰もが徒労に終わったみたい。
我が家にとってこの婚姻は悪くない。むしろ良すぎるくらいの話だったわ。
結婚のあれやこれやの準備に追われている間に、気がつけば結婚式の当日になっていてとても驚いたことを覚えているわ。
純白のドレスを身に纏い、繊細なレースで作られたヴェールで顔を覆って赤い絨毯の道を行けば祭壇の前で旦那様が待っていらっしゃるわ。
ヴェール越しでは旦那様のお顔がよく見えないのよ。
旦那様がヴェールを外して下さった時の第一声は「まあ、初めまして……旦那様?」だったわね。ふふ。
そうなの。私は結婚式当日まで一度も旦那様にお会いしたことがなかったの。
旦那様が私を見初めて下さったのはとある夜会だったわ。
その夜会は魔術師だけが出席できる特殊な夜会で――――そういう会だったからこそ私も参加できたのだけれど――――すでに城勤めをされていた旦那様は夜会に遅れて到着されたらしいの。
ご友人の方々と談笑をしている時にそろそろお暇しようとした私を見かけた、と仰っていたわ。ほとんど入れ違いね。
思い立ったらすぐ行動、な所がある旦那様は直ぐに私がどこの誰か、どんな人物かを調べ上げたそうよ。
そして、毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日……届くお見合い絵姿の中に私を見つけたのだとか。
旦那様も後で知ったらしいのだけれど、どうも私の絵姿を見つけやすい位置に紛れ込ませたのは旦那様のお父様――――私からしたらお義父様ね――――らしいわ。
旦那様が特定の人物を調べていると知ったお義父様がこれ幸いとこっそり紛れ込ませたらしいわ。後に早く身を固めてほしかったと仰ってらしたわ。
お義父様の手を借りてしまったことを悔しがりながらも結果的に私を見つけられたと旦那様は笑ってらしたわ。
イェンカは魔力量の多い子どもを授かるために、ダイディーミラーはイェンカと繋がりを得るために。両家にとって有益な政略結婚だったけれど私は幸せだったわ。
恋すら知らずに一生を終える貴族の娘は少なくないわ。私のように、結婚式に初めて自分の伴侶となる方に会う、ということだって珍しくないの。
嫁いだ先で夫の母親とうまくいかないことだってあるのよ?
まあ、お義母様はお美しくて優しくて、たいへん凛々しくていらっしゃったけれど?私の憧れよ。
旦那様は紳士だったわ。お優しくて些細なことにも気がついて下さって、ことあるごとに私を気遣って下さるの。旦那様、素敵。
恋も知らない、まだ幼かった私は少しずつ旦那様に惹かれていったわ。恋のしたのよ。旦那様は世界で一番素敵なの!
始めこそ「旦那様」とお呼びしていたけれど「ミカ様」とお呼びするのにそう時間はかからなかったわ。
「ミカウィル・カーメルセ・イェンカ」それが旦那様のお名前。ミカ様は旦那様の愛称。
お義父様もお義母様も娘ができて嬉しいととても良くして下さったわ。
特にお義母様はミカ様が呆れられるくらいに様々なお茶会に連れ出して下さったの。お茶会は人脈を作るのに絶好の場所。お茶会は情報の宝庫。
お義母様のおかげで多くの方と知り合うことができたわ。
人混みがあまりお好きでないミカ様はどうしても断れない夜会やパーティー以外には欠席なされていたわ。だから、必然的に私もそういう所へは足が遠のいたわね。ミカ様とゆっくり過ごせる時間が減るから別に構わないのだけれど。
そんな優しい家族だからこそ私は申し訳なかったわ。
嫁の一番の役目は世継ぎを生むこと。けれど私はなかなか子宝に恵まれず……。
まだ若いのだから気長に待てばいい、とミカ様もお義父様もお義母様も仰って下さったけれど私は早くミカ様との子が欲しかったのよ。もちろんミカ様の愛を疑ったことなんて一度もないわ。
半分くらいは使命感もあったかもしれないわね。
「良い」と言われるものはたとえどんな小さな噂にすぎなくても全て試したわ。古今東西ありとあらゆる情報を集めたわ。材料を集めて自分で作ったりもしたわね。うふふ、これでも魔女ですから。魔術を使うだけが魔術師ではないのよ。
そのかいあってか、はたまた奇跡か、天に祈りが届いたのか。結婚してから三年。ついに私はこの身に新しい命を宿したの。
妊娠したと分かった時は嬉しさのあまり泣いてしまったわ。
診断に付き添って下さったお義母様も「つられてしまったわ」と言いながら一緒に涙を流して喜んで下さったわ。
ミカ様もお義父様もとても喜んで下さって、ミカ様は優しく口づけて抱きしめて下さったの。
気の早いお義父様とお義母様は生まれた子に着せる肌着や玩具までもをあっという間に揃えてしまわれたわ。
ご自分のご両親に呆れた、と肩を竦めていたミカ様はより一層私を気にかけて下さるようになったの。ミカ様以上に素敵な殿方なんてどの世界にも存在しないと断言できるわ。
日に日に大きくなるお腹が愛おしい。小さな手袋を縫いながらお腹に話しかける。とても幸せだったわ。
けれど、災厄の男は何の前触れもなくふらりと現れたわ。
災厄の男は魔力を求めて突然屋敷の使用人を切り殺したの。
見ず知らずの謎の来客に応対しようとしたその使用人はきっと自分が殺されたなんてことすら知らずに事切れたのでしょうね。
魔力を求めて来た災厄の男にはイェンカは魔力の宝庫だったでしょうね。長年カーメルセを戴いているのは伊達じゃないのよ。
でも、災厄の箱の前には些細な力でしかないわ。
お義父様もお義母様もそして、ミカ様も災厄の男の前では無力な子どもの様だったわ。
両親と最愛の夫を目の前で殺された私の憎しみを贄にして災厄の箱はさらに猛威を振るったわ。
全身を貫かれ、流れ出るおびただしい量の血。私の手からすり抜けるお腹に宿った一つ命。意識は朦朧とし世界は暗闇に沈んだわ……。
―――――どれくらいの時間が経ったのかしら?
ゆっくりと意識は覚醒し重い瞼を開けるとそこは惨憺たる有様だったわ。
辺り一面が血の海。
私以外、生きている者は誰もいなかったわ。
私は自分の魔力量は人より少し多い程度だと思っていたの。けれどそれは大きな間違いだったわ。そんな微々たる量じゃなかったのよ!
全身を貫かれてさえも死なない、死ねない。
あらかじめ身体に組み上げられた『治癒』の術式で完治できてしまうほどの魔力。
魔力とはすなわち生命力そのもの。私は、いえ誰もが私の魔力量を正確に認識できていなかったのよ。
クレアの父とミカの父とが実は同窓だったという裏設定があったり。
どんなに「良い」噂でもどう考えても生命に危険が伴うことは試してません。ちゃんと理性はありす。




