【2】 ローザ1
長くなりそうなので小分けにしました。
リックの店を後にして、大通りへ出る。市場には人が増えて賑やかさも増している。
しばらく店を冷かしながらゆっくりと歩く。
そろそろ朝食の時間ね。何を頂こうかしら。
どれも美味しそうで目移りしてしまうわ。
悩んで、悩んで
「すみません。それ一つくださいな」
「はいよ。すぐにできるからちょいと待っとくれよ」
「えぇ。……ありがとう」
薄切りにしたパンに野菜と肉を挟んだものを買った。
パンはふわふわだし、肉はしっかりと下味が付いている。野菜も歯ごたえがよくて美味しいわ。
食べ終えると再び市を冷やかしながら何かないかと見て回る。
あー、そうだわ。塩がそろそろ切れそうなのよ。忘れずに買っておかないと。ジャムの瓶、今日戻ってきた分と家にある分で足りるかしら?……あるだけで作ればいいわね。この間注文した冬用のコートは出来上がっているかしら?色々細かく注文したから時間がかかるかもしれないわ。どのみちこの半年で作り溜めたレースを売りに行くから一度は顔を出さないと。
足は段々と町の中心へと進んでいく。徐々に露店や売り子の姿が消え、周囲には小奇麗な店が軒を連ねる。
その中で、薔薇のシルエットと「ローザ」の文字が書かれた看板が吊り下げられている店に入る。
「いらっしゃいませ」
店員から声がかかる。
店内には女性が好みそうな小物が所狭しと並んでいる。
あら、この総レースの手袋いいわね。
赤と黄色の糸で丁寧に編まれた手袋が商品棚に置かれている。
「何か気に入ったものがあった?」
「えぇ、コレが素敵だわ、と思ってたの。おはよう、ローザ」
後ろから声をかけてきたのはこの店の店主、ローザだった。
「あぁ……ローザ、相も変わらずやつれているのね……せっかくの綺麗な顔が台無しよ」
ピンク色の髪は艶を失いくすんでいるし、目の下にはうっすらとだが隈ができている。
「忙しいからね。猫の手も借りたいくらいの忙しさ。職人の腕の見せ所よ。腕がなる!」
生き生きしてるわねぇ。
「立ち話もあれだから。どうぞ、クレア。奥へいらっしゃい。あなたのコートできてるよ」
「あら、早いのねぇ。さすがローザだわ」
ローザについて店の奥へ進む。店の奥は工房になっていてローザ以下、数名の優秀な職人によってさまざまな作品が作られている。
その内の一室のドアをノックして
「コズ、クレアが来たよ」
返事を聞かずに中へ入る。
ノックする意味がない気がするのは私だけかしら?
室内には男性が一人で作業をしていた。
「え?あ、ローザさん。ノックはちゃんと返事を聞いてからでないと意味がないですよ。おはようございます、クレアさん」
そうよね、そうよね。ノックは返事を待たなきゃ意味がないわよねぇ。
「ローザは大雑把だから。おはよう、コズ。この間頼んだコートを受け取りに来たわ」
「ノックなんて誰かが来ることが分かればそれでいいの。集中してれば返事できない時もあるんだし」
ローザは……。コズと目が合い、二人して肩を竦める。
「そんな事より……見なさい!私の最高傑作!」
「まぁ!さすがはローザ。お願いしたとおりだわ」
「そうでしょ、そうでしょ!クレアは分かってくれるよね!」
「えぇ、もちろん。これは文句のつけようがないわ」
当然、と胸を張るローザ。
身体の線がクッキリと浮かび上がるロングコート。しっかりとした生地は赤く染色されていて、襟や袖口には同色のレースが縫い付けられている。胸元や裾には細かい刺繍が施されていて上品な仕上がりになっている。
ローザが興奮気味に説明をしてくれる。
刺繍はシナが担当したのよ、とこの店で一番年若い職人の名前を出して将来は有望だと褒めたり。気に入る生地を手に入れるのに二カ月も掛かったんだよ~、と苦労話をこんこんと言い聞かされたり。襟と袖口のレースはクレアが編んだものだよ。職人にも劣らない腕前だね。私のトコで働かない?とさり気無く勧誘されたり。
「ローザさん、あのコートが出来上がってからずっとああなんですよ」
いつの間にか側に来ていたコズがそっと耳打ちをしてきた。
来る客、来る客、全てに対してああいう対応をしているらしい。
工房へ案内されるお客様なんて全員がローザの店を懇意にしていたり、ローザと個人的に親しかったり、オーダーメイドが可能なお金持ちだけよ。中には貴族もいるようだけど、その方たちに対しても熱演をしたのかしら……ローザならやりそうだわ。
残念なことに否定ができない。
「クレアさんが考えてる通りですよ」
クレアの心を読んだかのようにコズが言った。
そう……、とつい遠い目をしてしまう。
ローザの熱演はまだ続いている。
「――――でね、裏地にはテン・テンの毛を使ってるの!」
「まあ!素敵!だからこんなに触り心地がいいのね」
ふわふわで柔らかいわ。これなら保温性も問題ないわね。
あぁ、ここでつられてしまう私も悪いのだわ。きっと。
「……あら?まって、ローザ。テン・テンって魔物じゃなぁい?どうやって手に入れたの?」
「生地の買い付けに行った時、テン・テンを狩ったけど自分たちでは使いようがないって人たちが売りに来てたんですよ。テン・テンの毛皮なんて一生に一度お目にかかれたら万々歳ってほど希少な物ですよ」
そう、熱く語るのはローザ……ではなく、つい数秒前までクレアと一緒に呆れた顔でローザを見ていたコズだった。
コズ……貴方まで。そうだったわね。ローザの店の生地の買い付けはコズが一手に行っているのだったわね。
上背があり、肩も張って体格のいいコズは仕立て屋と言うよりも肉体労働者に見える。やや強面の彼が興奮しながら頬を上気させて語る様は、失礼だが少々不気味である。
「――――希少なだけあってかなり値は張りますが、迷わず買いましたよ!そこで迷ったら一流の職人とは言えませんから!」
そうそう、とローザが大きく頷いている。
コズ、お願い帰ってきて……。
「ローザの仕立て屋」は有名店。貴族の間でも人気です。