【19】 「再会」
短いです。
人々が賑わう市場からやがて静かな貴族街へと入る。さらに進めばここで一番大きな建物、城に行きついた。
「あら、あらあらあら。こんな所に居たのね」
偽の災厄の箱に気をとられて気づくのが遅れたけれど、こんな所に今回の事件の元凶が居たわ。
災厄の男が城に居る。
町に入った時点で気がつかなかったのは、そうか――――
「魔力を抑えているのだわ」
魔石を身につけて魔力を抑えているのだわ。
魔石は魔術を施行する際に補助的な役割を果たすの。それを利用すれば災厄の箱の魔力を誤魔化すくらいはできるみたいね。
そしてさも自分は無害な魔術師であると偽っているのね。白々しい。
そうまでして何をする気?いえ、何をする気でも阻止するわ。
この間占った占いの結果で「再会」と出たけれどこういうことだったのね。
えぇ、えぇ会いたかったですとも。この時をどれほど待ち望んでいたか知れないわ。
正々堂々と正面から乗り込んで差し上げましょう。
城の正門より一人の女性が登城した。正門は許可がなくては通ることができない。しかしその女性は止めようとした門番を一瞥して黙らせ易々と門をくぐった。
お城の中は入り組んでいてどの廊下がどこに続いているのかなんて覚えるのに時間がかかりそうだ。まして、今自分がどこを歩いているのかなんてすぐに分からなくなってしまう。
どこも似たような扉が並び、同じ所をクルクルと回っているようにも感じる。
道行く人々は老若男女問わず無言でクレアに道を譲る。
クレアはこの複雑で迷路のような廊下を迷うことなく進む。蜜に惹かれる蝶のように、魔力を辿る。
裏庭にも劣らぬ美しい庭園にも見向きもしない。
――――そして、一つの部屋に行き着いた。
「レディ、何かご用でしょうか?」
「ただ今会議中でして立ち入りはできません」
扉の両側に控えていた騎士がクレアを遮る。
「お退きなさいな。死にたくなければ扉を開けてちょうだい」
「「っ!」」
その笑顔に気圧されて騎士たちは言葉を失った。
妖艶とも見えるその微笑みは美しく、それでいて一切の反論を許さない凄味があった。
鍛え抜かれた騎士が二人ともそれ以上口を開けないで立ち尽くす。
黙ってしまった騎士たちにさらに笑みを深くしてクレアは自ら扉を開いた。
立て付けの良い扉は音もなく滑らかに動いた。
何の前触れもなく突然開いた扉に視線が集まる。
室内にはコの字型に机が並べられていて、扉の正面、上座の位置。ちょうどクレアと対面する席にこの部屋で一番威厳のある人物が座っていた。
「な、何者だ!会議中に部外者を入れるとはどういうことだ!すぐに退出させろ!」
並べられた机の内側、クレアから向かって斜め左にいる、髪を油で固めて顔には自前の脂をつけた男が喚く。
高そうな服は今にもはち切れそうだ。
貴族なのだろう。一つ一つは良い品なのに組み合わせが最悪だ。趣味が悪い。センスがない。
「何をしている!早くしろ!」
場の空気が読めないのか、読む気がないのか貴族の男は顔を赤くして喚き散らす。
しかし、クレアはそんな貴族の男に見向きもしない。その存在に気付いているかも怪しい。
クレアの視線はただ一点。貴族の男の隣に立つどこにでもいるような男性に注がれている。良く言えば悪目立ちしない。悪く言えばこれと言って特徴のない男性だ。
男性の両側には子どもが二人。
「ごきげんよう。私のことを覚えているかしら?」
淑女の礼をとり、尋ねる。
「はじめまして、じゃないのかな?美しい魔女殿。貴女のような特別な方は忘れないと思うんだが」
はて、どうだったか?と首を傾げる。
「災厄の男。あなたにとって私の存在はとるに足らないただの贄だったということね」
災厄の男にとっては記憶にすら残らないことなのだ。
災厄の男、そう呼ばれて男性はわずかに片眉を上げた。
「贄? 贄が生きているはずがない。どの贄も災厄の箱の糧になって死んでいったのだからね」
さも、それが当然であると災厄の男は言う。
「では、殺し損ねたのでしょう。忘れたなんて、記憶にないなんて許されるわけないのよ」
思い出させてあげましょうか?
その目に、その身体に、私の全てをもってして……。
クレアは終始笑顔です。笑顔の方が怖い時ってありますよね?




