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クレアルージュ  作者: 由布 叶
18/24

【18】  北と東 (クレア視点/ ???視点)

視点が久しぶりにクレアに戻ってきましたが、途中 ◇◆◇ を境に視点が???に切り替わります。

 自宅のある森の入口まで来た。

 途中で追い越してきてしまったらしく、例の魔力は後方から感じられる。

 あの年齢で詠唱も、術の組み立てをした様子も無しに『転移』の魔術を施行した。とんだ逸材だ。神童だ。

 ただし、それが本当にあの子どもの実力ならば。

 これは憶測だが、あの偽の災厄の箱の側面に刻まれた術式は本物に酷似しているがわずかに違っていた。

 あれは本物の災厄の箱を模倣しようとして上手くいかず、それならばと『転移』の術式を(あらかじ)めそこに刻んでしまったのではないだろうか?

 そうすれば術を施行する際には魔力を込めるだけでいい。魔力が足りなければ偽の災厄の箱に蓄積されている魔力を使う、という手もあるだろう。

 そうすれば、偽の災厄の箱を扱えるくらいなのだから元々魔術の才はあるのだろう。詠唱を省略する……くらいはできる……と思う。あまり自信はない。

 しかし、そう考えれば説明がつく。

 一度完成された術式を、真似できないからと言って安易に書き替えてしまうのはあまりにも危険だし本当ならできるはずがない。

 けれど、それを実際にやってしまった災厄の男はそこまで箱と相性が良く、さらには魔具(まぐ)製作の才能まであったのかとクレアはこの現実を恨めしく思う。

 何にせよ、始まりの魔法使いの魔具を模倣しようなどとは()骨頂(こっちょう)である。


「えっ?」

 追っていた魔力が二つに別れた。

(どういうこと?)

 一つは北の山脈の方へ、もう一つは変わらずそのままの方向へ移動していると思われる。

 そのままの方角へ移動している魔力は二手に分かれる前と比べ、移動距離が短くなったようだ。

 どちらか片方を追っていてはもう片方を逃してしまう。どちらかを選んでどちらかを選ばない選択肢はない。

 もし、もしクレアが山脈へ向かった方の魔力を追った場合。もう片方はそのまま目的地へ着いて何をしでかすか分からない。

 逆に、山脈へ向かった魔力の方を後回しにした場合。そこで何をしてもクレアには止める(すべ)がない。

 クレア一人では北と東、両方へ(おもむ)くことは不可能だ。二つに一つなのだ。

 迷っている時間もない。

「あ、あら?」

 ふと、山脈に知った魔力を感じた。

 これは天の助けか?偶然にしては出来過ぎている。それでも今はこの瞬間に山脈にいるあの二人に頼るしかない。あの二人なら大丈夫。むしろ実力ならクレアより上だ。

「ありがとう。助かったわ」

 北の山脈向けてそっとお礼を呟いてクレアはもう片方に意識を向ける。

 どうやら王都に入ったようだ。あそこには大勢の人がいる。何をしようというのだろう?

 まさか、あんな所で災厄を振りまくなんてことは……?十分にあり得る。

 クレアは背中に冷たいものを感じて身体を震わせる。

 ()にも(かく)にも行ってみるしかないだろう。



 空は憎たらしいくらい晴れていて雲一つない晴天だ。

 つい今朝方(けさがた)草原に探索に出たのにもう足取りを見つけることができた。もっと時間がかかるかと思っていたのでそれだけはよかった。

 町は先日と変わることなく大勢の人で賑わっている。魔物の脅威など誰もがまだ遠い世界のように感じている。

 実際に危機感をもっているのは、討伐へ向かう者たちや事情を知る上の者たちだけだろう。

 「魔物の活性化」は町の外の出来事。噂では聞いているけど、魔物が危険なのは当たり前。非常時にはお城の騎士様や魔物と闘う(すべ)を持った人たちがどうにかしてくれる。きっとそんなふうに思っている。

 無責任に聞こえるが、クレアはそれでもいいと思っている。何もかもを頼りっきり、任せっきりはおかしいと思うがそれが彼らの仕事なのだから。

 力のない人々が苦しかったり、辛かったり、怖い思いをしなければいいと思う。

 私たちはそれらと引き換えの優遇であり、贔屓(ひいき)なのだ。

 それが「責任」であり「義務」なのだから。


               ◇◆◇ 


 山々が連なる北の山脈。その山脈よりさらに北へ行ったとある山間部にて。彼女らと彼は遭遇してしまった。


「おやおや、こんな辺鄙(へんぴ)な所に珍しい。少年、迷子かい?」

「そんなわけないじゃない」

 痩身の、青年と呼べる年頃の男性にまだ十かそこらの少女が冷静に返す。

「こんな、雪の積もる山の中に用があるとも思えないだろ?だったらもう迷子しかないよ」

「どうして二択なの?そも、あんな薄着で雪山に来るような人がいるわけないじゃない」

 少女の指摘通り、少年は雪山に相応しくない装いをしている。つい先程まで町中や平地に居たような……。

 でも実際そこに居るし、という青年の言葉は黙殺された。

「おにいさんたちはどうして雪山に居るの?」

 少女と青年はそろって顔を見合わせる。まさか訊き返られると思わなかった、そんな顔をして。

「僕らはここに用事があったから居るんだよ」

 気を取り直して青年が答える。

「おにいさんたちもあまり暖かそうな格好じゃないよね」

 言われて二人は互いの服装を見る。

 今年の冬、流行(はや)ると期待される最新のファッションだ。流行の最先端だ。

 暫し無言で見つめ合い、そして何ら問題ないという結論に至った。

「それは僕らが魔術師だからだよ。魔術師は自分の周りの温度調節なんてお手のものだよ。少年と一緒だ」

 にこり、と青年は害のない笑みを浮かべた。

「解るんだね」

「まあね。だからその手に持ってる小箱を渡してくれると話は早いんだけど」

「これが何かも解るんだ」

「うん、察しはつくよ。渡してくれる?」

 青年が手をのばすと少年は一歩後ずさった。

「力ずくで、っていうのは好まないんだけど……どうしよっか?」

「諦めたら?」

「その選択肢はないなぁ」

 困った、困った、と青年は笑う。

「子どもの物を横取りするの?」

「うん、仕方がないよね。子どもに危ない玩具を持たせたら何するか分からないし。大人が責任をもって片さなきゃ……はい、もらい」

「え?」

 少年が持っていた小箱がいつの間にか青年の手の中にある。

 少年は困惑して自分の手と青年の手元にある小箱を見比べる。

「ははは。青いな少年。魔術とは、自分のものにできて初めて魔術師となるのだよ!ただ術を施行するだけ、術に使われている間はまだ半人前さ」

「子ども相手に勝ち誇ってないで。恥ずかしいわ」

 他人のふりをしようかしら、と静かに成り行きを見ていた少女が言う。

「はは。はい、どうぞ。ご所望の品ですよ」

 奪った小箱を少女の前に差し出す。

「へぇ……よくできた偽物だわ。よくここまで再現したと褒めるべきかしら?」

「これをいくつだっけ?……あ、二つ?よく作れたね。これを作るのにどれだけの犠牲を払ったのかな?」

「あの男はそういう奴よ。災厄の箱に()せられた愚者(ぐしゃ)。愛憎と魔力を(にえ)に災厄を振りまくのよ」

「でもコレ偽物だけど」

「偽物でもこんな物が二つも三つも存在していいわけないじゃない――――」

 少女は指先で偽の災厄の箱の角に触れた。

「――――だから、壊すのよ」

 ピシリ、と少女が触れている角を中心にヒビが広がり、まるでガラスが割れるように砕けて散った。

 少女と青年は何でもないように、少年は目を見開いて偽の災厄の箱が砕ける瞬間を見た。

「な……んで?」

 少年は疑問の言葉を口にするが、砕けた偽の災厄の箱の欠片が散って消えてしまう前に姿を消した。

 消えてしまってからでは『転移』の術が施行できないから。

「逃げ足は速いな」

 何故か納得したように頷く青年。

「偽物(ごと)きではわたしに敵わないわよ。まあ、本物であったとしても結果は同じだっただろうけど」

 始まりの魔法使いが作った魔具をいとも簡単に破壊する。

 クレアですら決して触れることのなかった箱。それに躊躇(ためら)うことなく触れる。相性が良かった、と言うわけではない。

 偽の災厄の箱が魔力を奪うことができなかった。魔力を奪おうとした箱を逆に捻じ伏せる。純粋なる実力差。

「うぅぅ……。魔力が切れそう」

 普通なら触れただけで即死の箱を持った青年が耐えられなくなったのか膝をついた。

「んもぅ!見栄を張るからそうなるのよ。雪山で寝たら凍死するわよ。あなたみたいなおっきい荷物はわたし運べませんからね!」

 魔力~魔力~、と何かの呪いのように繰り返す青年に少女はこれでも舐めていなさいと小さな包みに包まれた物を寄越した。

 受け取った青年はねじれた両端を捻り口に放り込む。

「意外とお喋りなのね」

 それにしても、と前置きをして少女が切り出した。先ほどの少年のことだ。

「さっきから君も珍しく饒舌(じょうぜつ)だけどね……怒らなくてもいいだろ。睨まない、睨まない」

 少女の細やかな反抗は青年に軽く流された。


閲覧、どうもでした。

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