【16】 エリの苦労2 (エリ視点)
後半です。
クレアの後を追ってき来た道を戻れば二人ともすでに王都を出た後のようだった。
遅れて家に到着してみれば呑気に茶を飲んでいる母と嫁。
「エリ、遅かったのね。こちらへいらっしゃい。マリーが淹れてくれたお茶よ。冷めないうちに頂きましょう」
おいで、おいで、と手招きをする。
「何呑気茶ぁしばいてんですか?」
半眼になりながらつい本音が……。
「美味しい。落ち着くわ」
「安心……よかった……スコーン……も……美味しい」
人の苦労を知らず和む母と嫁。
「それはそうと、ごめんなさいね。まだ手紙は読んでいないのよ。家に帰ってから読むつもりだったから」
「やっぱり。そうだろうと思ってたので気にしません。手紙が届いても届かなくてもどちらでもよかったんですから」
「心配無用……手紙より……先に……着く……かもしれ……なかった……から……届いてた……だけ……上出来……」
それでもせっかく書いたのだから後で読ませてもらうわね、と微笑むクレア。
「王都で会ったあの、アルとかいう男ですか?次のターゲットは」
一応確認をと尋ねる。身分はしっかりしているようだけど。
「え?……驚愕……予想外……デューク……って……人じゃ……ないの?」
エリとマリーは互いに聞き覚えのない名前に顔を見合わせた。
そして……示し合わせたかのようにクレアを見る。それを受けて視線を泳がせるクレア。
「……お……ねえ……さま?」
「な、またマリーに変な呼び方させて」
楽しみのためにとマリーにそう呼ぶように言っていることは知っている。
「あら、何も問題ないわ。いけないのなら、お義姉様でもいいわ」
「そういう問題ではないです」
はあ、と本日二度目の溜息をついてこめかみをおさえる。
「それで、結局はどちらなんですか?……まさか、両方?」
目を見開くエリ。
「多ければ、多いほど楽しいじゃない、私が。でも、可能性としてはアルの方が上かしら?」
「いい加減若人をからかって楽しむのは止めてください」
「別にいいじゃない。私の人生の楽しみの一つなんですから。ねぇ?マリー」
「同意……楽し……みは……多い方が……いい」
「そうやって真実を知った時の反応を見て楽しむのはよい趣味とは言い難いのでは?母上」
「まぁ、お母様の楽しみを奪うの!?酷いわ!私は貴方を生んだ覚えはあれど、そんな子に育てた覚えはなくってよ」
「父上に頼まれたんですよ。母上はたまに……いや、よく暴走するから常識と名のストッパーを頼んだって」
「感心……流石……お義父様……お義母様……の……性格……熟知して……る」
自分が側に居られない時は頼む、と言われたのだ。もうずいぶん昔のことになるが。
「旦那様がそんなこと言ってなんて……容易に想像できて悲しいわ」
母に甘いだけの父ではなかったということだ。
「そういえば母上、最近父上に挨拶に行かれましたか?」
「えぇ、一昨日行ったわ」
「やっぱり。ではあの生けてあった花は母上ですか」
「貴方たちも行ったのね。旦那様、喜んでらしたでしょ?花には術を施してあるからしばらくは枯れないままよ」
パルメヒアに来る前に一度挨拶に出向いたのだ。その時にまだ瑞々(みずみず)しい花が生けてあったので多分そうだろうなと思っていた。
「……休話……お茶……足してくる……」
気づけばポットのお茶が空になっている。
「ありがとう。あ、待ってマリー。貴方たちしばらくは泊まっていくのでしょ?」
「はい。そのつもりですが?」
「西から、手紙が届いているのよ。まだ読んではいないけれど、呼び出しだと思うの。それで、しばらく家を空けることになるからその間、家の管理をお願いできないかしら?」
「留守番をしてろってことですか?」
「そういうこと。腐りやすい食材の処理とか、まず誰も来ないけれど戸締りとかしなくちゃいけないと思って急いで帰って来たけれどエリとマリーが留守番をしてくれるなら、今すぐにでも出かけられるの」
わざわざ手紙を寄越してくるなんて何かあったとしか考えられないでしょ、とクレア。
「分かりました。いいですよ。早く帰ってきてくださいよ」
色々と積もる話はあるが公国からの手紙なら仕方がない。
「お義母様……大丈夫……心配しないで……エリ……西の……噂」
「あぁ、そうでした。母上、一つ西の噂を聞いたんですが、最近奇妙な親子連れが目撃さているらしいですよ」
「親子連れ?」
「はい。なんでも、魔物の出現率が高いカ所で目撃されるんだとか。父親と思われる男性と子供が二人」
討伐依頼をされることの多い冒険者や騎士などから目撃情報が上がってきているのだとか。
「あ、そうだわ。西から魔物が流れてきているって噂を小耳にはさんだのだけど、エリたちは本当なの」
「知っていましたか。さすが母上」
「情報通……流石……お義母様」
「ええ。まだ一般には知られていない機密事項らしけれど」
間違いではないと思うわ、と付け加える。情報源はまず間違いなくあのアルとかいう優男風貴族か。
「事実ですよ。西の公国はそれを必死に隠そうとしているし、懸命に防ごうとしています」
「そう、ありがとう。では、あとはお願いね」
「……委託……任せて……後片付け……は……やっておく……から」
「お願いね」
「無茶はしないで下さいよ。誰も止める人がいないからって」
釘を刺すことを忘れない。無駄だと分かっていてもこれだけは言っておかなくてはいけない。
「お疲れ様、マリー。飲みますか?」
朝食の下ごしらえを終えたマリーに用意していたコップにお茶を注いで手渡す。
「……感謝……ありが……とう……?……コーヒー?」
エリの隣に腰を降ろしながら首を傾げる。
「違いますよ。ほら、ずいぶん前ですが北の方へ行ったときに飲んだことがあるでしょう?」
「……納得……思い出した」
なかなか手に入らない物なのだがよく家にあったと、入手経路が気になる。北へ行ったのだろうか?
「……お義母様……今頃……何してる……かな?」
「アリシア様から話を聞いて明日からの対策を話し合っているのでは?」
「……噂話……親子連れ……気になる」
「そうですね。疑ってくれと言わんばかりですね……もう少し情報を集めてみましょうか」
「賛成……お義母様の……ために」
それから他愛もない話をして今日は休むことにした。
つい先日まで人が暮らしていた家だけあって特別に掃除する所は特になく、二人して早くも手持無沙汰になった。
ならば、と昨日言っていた通り情報収集に出かけようと外でマリーを待っていたエリ。その時、屋内で大きな音がした。
「マリー、どうしました!?」
慌てて駆けつけると、マリーが廊下で蹲っていた。自身を抱くように両手を交差させ、顔色も悪い。
「……エリ……嫌な……予感……お義母様……危険」
掠れた声で呟くようにマリーが言う。
古の血を継ぐ魔女の系譜。彼女の勘は馬鹿にできない。
「母上に何かあったのでしょうか?」
「……至急……西の公国……」
「マリーが落ち着いたら行きましょう」
肩を抱き、ソファまで誘導する。
しばらくすると、マリーの呼吸も落ち着き顔色も戻ってきた。
「出かける準備はできていますね?では行きましょう」
『転移』の魔術で公国まで一瞬だ。
城までたどり着くと、迷わず裏口へ回る。戸を潜ると同時に背後に立った庭師に正面を向いたま問いただす。
「先日、母上がこちらにお邪魔したはずですが今はどこに居るかご存じないですか?」
「誰かと思えば……。昨日は魔女殿で、今日は若夫婦ですかぃ?魔女殿なら今朝から出てますぜ」
突き付けられた刃物を無視して思案する。
「……質問……いつ戻る?……」
「そういうこたぁ一介の庭師は分りかねまさぁよ。どうかしまいたかぃ?」
二人のただならぬ空気に目を細める庭師。
「アリシア様に伝言を頼めますか?母上が戻ったらこちらに連絡をするように伝えてほしいと」
「いきなりアリシア様にですかぃ?だから一介の庭師にはそれほどの権利はねぇのですが……いいですよ、伝言が伝わるように手配しましょう」
「助かります。俺たちは俺たちで探しましょう」
「……感謝……ありがとう」
裏口を抜けると同時に『転移』で城下町の外へ出る。
公国からの依頼は十中八九魔物の活性化の原因究明と鎮圧だろう。ならば、その原因を探りに町の外へ出ているだろうと踏んだのだ。
「「っ!?」」
突然、ものすごい魔力圧に圧し潰されそうになる感覚がした。
「エリ!……今」
「ええ、間違いなく母上の魔力ですね。これほどの魔力を一度に噴出させるなんて一体なにがあったのか。魔物が予想以上に強力だったのでしょうか?」
焦りがエリの胸に募る。
「……一つ……不快な魔力……を感知……」
目を伏せ、集中していたマリーが言った。
「不快な魔力?それってまさか……始まりの魔法使い?」
エリを見上げ、コクリと無言で頷くマリー。
マリーは彼の偉人の魔力をよく知っている。
不思議な親子連れ。父親と子どもが二人……父親と思われる男が気になる。
「お……義母様……」
「危険ですね。この突然の魔力圧。強力な魔物が出たと言われた方がまだましです。魔力を制御できない程に動揺した、とう可能性が高い」
やはりマリーの勘はよく当たる。経験豊富な大魔女を動揺させる出来事なんてそうそうない。
だが、そうそうないだけで全くないわけではない。「災厄の男」、一番クレアに遭遇してほしくない人物だ。
「急いで母上を探しましょう。どちらにしろ一人では始まりの魔法使いの魔具には太刀打ちできない」
「同意……災厄の箱……あれは……消さなければ……」
どうやらマリーも同じ結論に達したようだ。杞憂だどいいのだが。
とりあえずはマリーが嫌な魔力を感知した場所まで飛ぶ。運が良ければそこでクレアと遭遇できるかもしれない。
マリーと手を繋ぎ『転移』の魔術を施行した。
『転移』はエリが施行していましたが、最後の『転移』だけ位置を知っているマリーが施行しました。




