【13】 探索2
サブタイトル「ツッコミの不在」でもよかった。でもそれをやるとせっかくのシリアスが台無しなので引き続き「探索」で。
魔石について説明。
とても見難くなっているような?
次よ、次。時間を無駄にはできないわ。
雑木林を出て一度見晴らしのいい草原へ戻る。
もう一つの印は北の山脈の近くだ。ギリギリ公国の領土内の所にある。
山脈には雪解け水が流れる川があり一年を通して冷たく澄んだ水が流れている。
蛇行する川の一部が公国の領内を通っていて印はその川の隣にあった。
『転移』の魔術でできるだけ近くまで移動する。
ちなみに、フリーデルに地図を貰ってすぐに来たので城内を歩いていても何とかおかしくない程度の服装をしている。つまりドレス姿だ。靴も、少し低めだがヒールを履いている。
全くもって探索には不向きな格好だ。
そのドレス姿で雑木林を歩き魔物を退治していたのだが、やはり歩くのに裾が邪魔をする。
――――問題はそこではないし、それだけではないのだが今ここにその事を指摘してくれる常識人は不在だ――――そんな理由からクレアは『転移』の魔術を駆使してできる限り近くまで移動しようとしているのだ。
「ここまでね。あとは歩きだわ」
もう少し公国の領内を歩いておけばよかった。
やはりと言うか、何と言うか、思った通りまだ川までは距離がある。
町の外なんてそうそう行かない。今回こうやって赴いたことがいつかきっと役に立つのだ……たぶん。
川の水はキラキラと陽の光を反射して輝いている。戯れに水に手を浸ければ氷水のように冷たい。
川辺で見慣れない植物を見つけた。
しっかりと根を張り、茎は太く人の胴と同じくらいある。茎の先端は三股に別れていて一本は大きな葉が生え拳大の実のようなものが付いている。
他の二本からは細長い袋のようなものが垂れ下がっている。
「……大きいわね」
余裕でクレアの背を超えている。
「あら、と――」
ボチャン。
「……」
どこからか鳥が飛んできて細長い袋の淵にとまったが足を滑らせて中に落ちてしまった。
目を見張り、無言になるクレア。
今、“ボチャン”って音がしたわ。
中に水が溜まっているのかしら?鳥が足を滑らせるところなんて初めて見たわ。
バシャバシャ、と袋の中で鳥が暴れている音がする。しかし、二十秒もしないうちにその音は徐々に小さくなり終いには何も聞こえなくなった。
いくら鳥が溺れたからといってこんなに直ぐに力尽きてしまうものだろうか?
「……もしかして、食虫植物?でもこんな大きなものは見たことがないわ。これとよく似た、もっと小さなものなら図鑑で見たことはあるけれど……」
それに虫じゃなくて鳥を捕食しているみたいだけれど。
この大きさなら人も余裕で入ってしまう。
この植物も災厄の箱と関係があるのかしら?
確かに植物にも魔力はあるわ。命あるもの全てに魔力はあるのだから当然ね。でも、人や動物に比べたらその量は微々たるものだわ。箱を使い災厄を振りまきたいのなら植物は適さないと思うのだけれど。
植物に愛憎の感情があるわけないし……。いえ、感情すらないわね。
では、目の前のこの大きな植物は何なのか?
「あら?気のせいかしら?」
拳大の実のようなものが心なしか大きくなっているように見える。子どもの拳から大人の拳に変わるくらいの変化だが確かに大きくなっている気がする。
成長しているのだろうか?この短時間で?だとしたらどうやって?
危険な食虫植物から十分に距離をとって観察する。いや、鳥を捕食していたのだから食鳥植物?……鳥?
もう少しで何かが掴めそうな気がする。
頬に手を添えてクレアは思案する。
川辺には動物が頻繁に水を飲みに来るのか踏み均されて草が横になっている箇所がある。
クレアが観察している間にもちらほらと水を飲んだり冬に向けて少なくなった草を食みに来る動物がいた。
「まあ、テン・テンだわ!」
その中に珍しい姿を見つけて思わず声を上げた。
川辺から距離をとり、尚且つ気配も消しているクレアに気づく様子はない。
山脈のどこかに多く棲息していると言われているテン・テンまでもが現れた。
あの魔物は比較的穏やかな気性をしているが棲息域が定かではなく、さらに警戒心が強く人前に滅多に姿を現れない。
「生きているテン・テンなんて初めて見るわ。可愛いのね」
真っ白な紙にインクを落としたように所々に茶色い毛が混じっているのは毛の生え代わりがまだ終わっていないからだろう。
雪のように白い「テン・テンの純白」は希少価値がとても高い。前にローザの仕立屋のコズが語っていたようにかなりの値打ちがあるのだ。
もともと滅多に捕まえられないうえに、冬季はさらに発見率が下がるからだ。
冬眠をしているのではないか、と言う説もあるが詳しくは分かっていない。
冬毛である白い体毛はそのままでも美しいが――――ローザが仕立てたクレアのコートはまだ生え変わる前だったため夏毛の茶色だ――――染色にも向いている。
テン・テンは魔術を扱える程度には知能がある。その影響かテン・テン毛は魔力によく馴染み綺麗に染まるとその方面では有名である……らしい。これはコズ情報。
実はコズは魔術師だったりする。魔術師とは言ってもクレアとはまた違った術師である。
コズは「魔法染色師」と呼ばれる。普通の染色師と違い魔術を使い魔力のこもった特殊な材料も使うのだ。
クレアは詳しくは知らないのだが魔石――――魔石には二種類あり一つは宝石に魔力を込めた魔石。もう一つは魔力のみで生成した魔石。これは魔力が結晶化した物だと思っても間違いない。どちらが魔力蓄積量があるかと問われれば間違いなく後者であり、価値があるのも後者である。前者は既存の宝石に魔力を込めるだけなので王城に勤める魔術師なら作れないこともない。しかし、後者は魔力量が多く且つ自分で術式を独自に作るほどの実力がなければまず無理である――――を使用するので高い技術と確かな腕が必要であり、魔石自体が高価で手軽に手に入る物でもないし気軽に練習に使える物でもないので弟子が育たないためその存在もが希少だったりする……らしい。これはローザが教えてくれた。
テン・テンは始め水を飲んでいたがフラフラと食虫植物の方へ歩いていくと匂いを確かめるようにクンクンと匂いを嗅いでいる……かと思ったら驚くほどの脚力で細長い袋の淵へ前足を掛け袋の中を覗き込んだ。
そして……ボチャン。鳥の二の舞になった。
「あ、毛皮……」
クレアの本音が漏れた。
どうやら袋の淵は滑りやすくなっているようだ。
鳥、同様しばらくすると袋の中は静かになり視線をずらせばやはり実のような何かは大きくなっている。
「捕食した動物から栄養を吸収しているの?」
新種、なわけはないだろう。フリーデルのくれた地図には確かにこの辺りに印が付いている。
ならば災厄の男はここに現れたのは確かで、ここには明らかに不自然な食虫植物があることから少なくともあれは災厄の男と何か関係があるはず。
「あの実のようなものが気になるわね」
クレアは慎重にやや距離を縮め、手刀をするように斜めに手を振る。
すると離れた位置にある食虫植物の実のようなものが根元からスパリと、刃物で切断したかのように切り落とされた。
実のようなものが切り離されると食虫植物の本体は見る見る枯れてしまった。
クレアはそれを魔術で地面から引き抜くと地中虫にやったように燃やす。根が生きていてまた生えてきては危険だと思ったからだ。
落ちた実のようなものを見ようとクレアは近づいた。
テン・テンを捕食し、また大きさを増したそれは地面に落ちたせいか少し裂け目ができていた。
サイズはそう、地中虫に付いていた偽の災厄の箱がすっぽりと収まるくらいの大きさで……。裂け目からも何か見えそうな気がする。
下手に触れないように見えそうな位置へ少し横に動こうとした時だった。
「え!?」
スッと横から手がのびてきて躊躇することなく実のようなものを掻っ攫っていった。
いったい誰が?
勢いよく手の伸びてきた方を見ると、いつの間に現れたのか子どもが裂け目に指をかけて実のようなものを剥いていた。
(いつの間に?私が気付かないなんて)
焦るクレアを余所に子どもはあっさりと剥き去り中から小箱を取り出した。
「それは……災厄の、箱……」
中から出てきたのは間違いないく偽物ではあるが災厄の箱だった。
「だ、駄目よっ!早くそれを捨てなさい!」
我に還ったクレアは慌てて子どもの手から偽の災厄の箱を叩き落とそうと手をのばす。
そんな物を触っていたら魔力を根こそぎとられて死んでしまう!
「だめだよ。これは大切な物なんだ」
しかし、クレアの手は空を欠き、子どもは取られまいとするように一歩後ろに下がった。そればかりか偽の災厄の箱を胸に抱え込む始末。
偽物とはいえ災厄の箱に触れても平気だなんて。どういうこと?
「どこの誰かは知らないけど、ぼくの代わりに実を収獲してくれてありがとう。それじゃ、ぼく行くね?おねえさん、ばいばい」
顔に表情はなく、抑揚のない声でそれだけいうと少年は現れた時同様、突然消えた。
『転移』の魔術!?あんな子どもが?呪文も術式の組み立てもなしに?
問いつめようにも子どもはすでに居ないし、消し去りたくても偽の災厄の箱はその子どもが持ち去ってしまった。
どういうこと?どういうこと?何なの?何なの?いったい何がどうなっているの?
皆さん覚えていますか?ローザの仕立て屋のコズ。強面のコズです。(「ローザ1・2」参照)
もう名前すら出ないと思っていたのに。とんだ伏兵でした。そして意外とすごい人だと判明。




