【12】 探索1
【注】残酷描写、微妙にアリ。苦手な方はお戻りください。
少し長めです。
虫がでます。芋虫。
翌日、早速災厄の男が目撃された場所へと足を運んだ。
フリーデルに頼んで災厄の男が目撃された場所を記した地図を作ってもらった。
その地図によると問題の個所は二つ。広くない公国の領地に赤い印がつけられている。
西の公国はアリシア様の住まう城を中心とした城下町と丘陵が続く草原があり、草原では魔物避けの術式を彫った柵の中で放牧が行われている。
公国の主な産業は放牧である……とういのは今はよくて……。
公国を出た北には真夏でも山頂に雪を頂く険しい山へ続く山脈がある。人が住める場所ではなく、比較的気性の穏やかな魔物が棲息している。穏やかとは言っても、こちらが縄張りに入れなければの話だが。
「さて、まずは近い所から当たってみましょう」
城下町から一番近い印は……ここね。
家畜を守るために張り巡らされた柵に沿ってしばらく行くと木が疎らに生える雑木林があった。
今まで生きてきて様々な場所へ行ったけれど、公国の領内を歩いたことはないわね。いつもお城か城下町へ行くだけだもの。
草原は見晴らしがよくてどこからでも見つかり易いけれど、その逆もまた然り。
それに比べて雑木林は疎らに生えた木が視界を遮り見つかり難いが見つけ難い。
ここからは細心の注意を払って進まなければ危険だ。
「念のために、っと」
爪先で一周、自分を中心に円を描く。
描いた円は淡く光の粒を舞わせながら発光し直径二メートル程に広がった。
光は線に沿ってクレアを包み込むように円柱状に舞い上がり、大気に解けたかの如く散って消えた。
この時間かずか三秒足らず。
もし、ここに誰かがいて今の一部始終を見ていたならば、ただ何かが光って散ったようにしか見えなかったはずだ。
魔術には力のある言葉で呪文を唱え、力のある文字で術式を組み上げなくてはいけない。
それは難しい術であればあるほど長く、複雑でそう易々と扱えるものではない。
しかし、術者が優秀であればあるだけ呪文は短く複雑な術式は術者により模倣できないように簡略化され、施行までの時間は短くなる。
クレアのように呪文を一切必要としないで魔術を施行できるほどの腕を持つ魔術師は世界に五人もいない。
ザクッ、ザクッ、と落ち葉を踏しめて進む。
雑木林に生える木々はほとんど葉が散り落ちてどこかもの寂しさを覚える。
同じ景色が続く中を警戒しながらゆっくりと進む。
先ほど施行した術は不可視の状態でクレアの周りを囲っている。
これは『障壁』の術にクレアが手を加えたのだ。防衛としての性能はもちろん、形状にも手を加えた。
通常『障壁』の術は施行すれば壁のように術者の正面に現れる物だか――――出現する位置や大きさは術者の力量による――――クレアは術式を書き替え円形にし、前後左右を守れるようにした。
それでも、頭上と足元がガラ空きになってしまうが前方以外全てを警戒するより上下二カ所に気を配るだけでいいのはまだ楽である。
もし、この薄く淡い赤色のベールが視える者はクレアと同等、もしくはそれ以上の魔術師である証拠だ。
「え?」
視界の端を何かが掠めた。何かがいる。誰か魔物の討伐に来たのがろうか?
シン、と静まり返る雑木林。虫の声も鳥の羽ばたきも聞こえない不自然な静寂。ゾクリと背中が粟立つ。
「きゃっ!」
瞬間、右側からクレアの二倍以上の土の塊が飛んできた。しかし、それは見えない壁に阻まれクレアに届くことはなかった。それでもあまりの衝撃にたたらを踏む。
「あら、どこに行ったのかしら?」
土の塊が飛んできた方向を見ても雑木林が続くだけで何もない。
息を殺して周囲を警戒する。
今度は背後から、再度土の塊が飛来する。
クレアは振り向きもしないで軽く指を振る。
ドゴ。それは掠りもせずに横を通過し木にめり込み押し倒した。
「見つけたわ」
あらあら、つい口角が上がってしまったわ。こんな簡単な隠れんぼ、隠れているうちに入らないのよ。
魔術を使うくらいには知能があるのね。
魔術を使うということは他の魔物より魔力があるということ。ならば、その魔力を辿っていけばおのずと居場所は分かるもの。ね、簡単でしょ?
魔術施行の際には魔力が集まりその場所では魔力量が増すわ。だからタイミングを合わせて途中に障害物を作って軌道を逸らすこともできるのよ。
今のはね、小さな『障壁』を作り少し軌道を変えたのよ。
「さ、時間もないことだし隠れんぼは終わりにしましょうか?」
タン、と踏みしめように地面を軽く蹴る。するとくぐもった音がして、はらはらと落ち葉を散らしながら地面が盛り上がり魔物が姿を現した。
落ち葉や土が飛び散る中、狙いを定めて素早く指を振る。
クレアが指を振った方向へ木の枝や木に巻きついていた蔓がのびて宙に投げ出された魔物を捕らえた。
「えい」
クイッと引っ張るような動作をすればそれと連動するように枝や蔓が張り、魔物を締め上げる。
「まあ、地中虫だわ。ずいぶんと大きいわね」
クレアの二倍はあろうかという大きさの芋虫のような魔物が逃げ出そうと身を捩っていた。
地中虫、地中に棲息するどちらかと言えば気性の穏和な魔物だ。大人の男性と同じ大きさまで成長し、湿った場所を好み腐葉土の多い森や林の地面の中に棲息する。
大きな芋虫のような外見で、見た目に似合わず魔術を扱う程度には知能がある。土を媒体とした魔術を使い、土塊や礫などを飛ばして身を守る。
間違ってもあんなに大きく成長はしないし、突然攻撃をしてくるような性質ではないはずだ。
「突然変異、かしら?」
魔物の活性化と何か関係があるのだろうか?
「あら、あれは何かしら?」
地中虫の腹、細かい足が並ぶちょうど付け根辺りに何かがある。目を凝らしてよくよく見てみると何か四角い物だ。立方体の……そう、小さな小箱のような……。
「災厄の箱!?いえ、まさか、そんなはずはわ」
災厄の男が箱を手放すとは思えないし、第一災厄の箱は世界に一つしか存在しない。こんな所に在るわけがない。
災厄の男を追うことに意識がいっているために気が急いて見間違えたに違いない。
目を閉じて大きくゆっくり深呼吸を三回してから再び目を開ける。
(……おかしいわね。視力が悪くなったのかしら?)
地中虫を縛る戒めをさらに強く引き締め身動きがとれないようにしてから近づく。
もし、もしも万が一にもあれが災厄の箱だった場合迂闊に触れては命取りになる。触れた途端に魔力を根こそぎ奪われてしまうからだ。
災厄の男が触れても平気なのは男が現在、箱の持ち主として製作者の始まりの魔法使い以外に唯一箱に認められているから。
そうでなければ、たとえ災厄の男がいくら箱に魅せられようと触れた途端に魔力を根こそぎ奪われて死んでいる。そもそもそうであった場合「災厄の男」などは現れなかった。
「間違いないわ。これは災厄の箱。でも……災厄の箱とは別の物……」
まるで災厄の箱を真似て作った模造品。
かつて一度だけ見た災厄の箱に酷似している。
箱の側面に刻まれた術式も一見同じ物に見えるが、いくらかオリジナルの災厄の箱より術式が長く完全に模倣ができているわけではないことが分かる。
災厄の箱劣化版、と言ったとこだろう。
愛憎に関しては分からないが魔力については偽の災厄の箱は贄として取り込んでいるようだ。魔力が災厄の箱に流れ込んでいるのを感じる。通常では考えられない巨大さは偽の災厄の箱によりおこった突然変異と考えるのが妥当だろう。
(偽の災厄の箱なら私の力だけでどうにかできるかしら?)
始まりの魔法使いほどの魔術師が作った魔具を壊すことはクレアにもできない。クレアだって万能ではないのだ。
手のひらを下に向け、振り上げる。轟音をあげながら灼熱の炎が地中虫を包み込む。灰すらも残さず、瞬く間に偽の災厄の箱は地中虫を道連れに燃え尽きた。
地中虫を縛っていた枝や蔓は的を絞っていたため何の被害もない。
よかった、と胸を撫で下ろす。
パキ。
「誰っ!!」
勢いよく音のした方を向く。クレアがその目に捕らえたのは誰が身をひるがえし走り去っていく後姿だけだった。
「待って!」
急いで後を追うも、相手は足が速く疎らに生えた木が邪魔をして最後には見失ってしまった。しばらく周辺を探すが見つからず諦めざるを得ない。
「どうしてこんな所に子供が……?」
小柄な後姿は間違いなく子供だった。
これだけ探して見つからないということは城下町へ戻った?近くに人の気配はしないし、魔力も感じられない。
でも、子供の足でそんなに速く城下町まで戻れるだろうか?
分からないけれど、何かあの子供は違和感がある。災厄の男同様要注意かもしれない。そう頭に書き留める。
偽の災厄の箱を作ったのは十中八九災厄の男だろうとクレアは睨んでいる。なぜ、何のためにこんなもの作ったのかは想像もつかないけれど、絶対に邪魔をしてみせる。
もう一つの印の位置を確認するためにクレアは地図を広げた。
クレアは結構余裕。
地形など「ん?」と思うカ所があるかも知れませんが寛大な心でスルーしてください。
地中虫は作者による空想上の生物(?)です。
魔術の形態についての補足説明…魔法を使う人を「魔術師」と呼びます。その中で女性は「魔女」と呼ばれたりしますが魔法使いの女性だから魔女と呼ばれているだけです。
魔法使い=魔術師=魔女…という感じで意味合いは同じです。
魔術師の言葉・文字…古代語という古くからある文字と言葉を使っている設定です。




