02 冒険譚
「今すぐ、村から離れてください」
その言葉に背中を押されるように、僕は不気味さを抱えたまま、黄昏時に村を後にした。
道中。
村の奥へと続く森の中に、一本の丸太が不自然に立っていた。
その周囲には、縄や用途の分からない道具が散らばっている。
まるで、おとぎ話に語られる処刑場の跡のようだった。
だが不思議なことに、旅人はその異様さに疑問を抱くこともなく、ただ足早にその場を離れていった。
森を抜けた先にも、なお森は続いていた。
深く、果てしなく連なる木々の中を歩き続け、気がつけば空はすっかり夜に染まっていた。
夜の森は、魔物に襲われる危険が高い。
そう判断した僕は、野宿をすることに決めた。
焚き火を起こし、魔物避けの魔法の粉を周囲に撒き、野宿の準備を進める。
その最中――
「あ、あの……すみません」
弱々しく、震えるような、少し老いた女性の声が聞こえた。
こんな夜更けに森を歩く者といえば、魔法使いか冒険者、あるいは変わり者の朗読好きな旅人くらいだ。
だが、その女性はどれにも当てはまらないような身なりをしていた。
「どうされました?」
僕は深くは詮索せず、ただ本当に聞きたいことを、そのまま口にした。
女性は、震える声で答えた。
「数年前に旅立った息子を探しているんです。
あなたは旅人ですよね……。
剣を持ち、紫色のスカーフを巻いた、片目に傷のある青年を見ませんでしたか?」
人探し――。
この世界には冒険者が溢れている。そして、その八割は旅の途中で命を落とす。
それが分かっていても、冒険者は自由で、誇り高い職業だ。
村人は彼らに憧れ、ある者は村のために、ある者は世界のために、剣を取る。
だが、多くは名も残らぬまま倒れていく。
魔王討伐のような偉業を成し遂げた者の物語だけが、語り継がれる。
旅の途中で命を落とした冒険者の物語は、家族にすら届かない。その行方は、生きているのか、死んでいるのかさえ知ることもできないのだ。
だからこそ、家族は信じるしかない。
生きていると。
それはまるで、
深く広い海に、極めて小さな希望の玉を落とし、
闇の中必死に手探りで探すようなものだった。
僕は少し考えた後、ひとりの冒険者の物語を、女性に語り始めた。
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火の粉が舞う、生暖かい風の中。
紅藤色のスカーフが、激しく靡いていた。
その冒険者の背後には、赤く染まった戦士たちの亡骸が横たわっている。
ーー現実は、あまりにも残酷だ。
人々は祈り、戦士たちは小さな希望を信じて戦う。
戦士の数は、二千と一。
魔物の軍勢は、二十万。
絶望的な戦場で、藤色のスカーフを巻いた冒険者は、声を荒げた。
「平和は目の前だ!
後世へ繋ぐために、今は振り絞れ!」
その言葉に鼓舞され、戦士たちは再び剣を強く握る。
剣と盾がぶつかる音。
防具が擦れる音。
魔物の咆哮。
戦士の叫び。
不協和音の嵐は、やがて静まり返った。
最後に残ったのは、
戦士たちの血で紅色に染まったスカーフを身につける冒険者、
そして、残る十万の魔物と、
禍々しい大斧を持つ魔将だった。
「この人間は私が討とう。君らは下がっていろ」
不気味なほどに冷静沈着な声で魔将は言った。
魔将の声に、魔物の群れは一歩引き、微動だにしなくなった。
冒険者は、最後の力を振り絞り、剣を構える。
魔将へと駆け出す冒険者。
それに呼応するように、魔将も走り出す。
倒れた仲間たちの想いが、彼の力となった。
思いを乗せた剣は、重く、鋭くなる。
刃を交えるたび、冒険者は優勢になっていった。
そして一瞬の隙――
魔将の斧を弾き飛ばし、勝負は決した。
倒れる魔将。
指揮を失った魔物たちは暴走するが、冒険者はその隙を逃す事なく瞬く間に殲滅した。
勝負はついた。
求めていた平和は目の前にある。
それでも、冒険者の眼から、涙が零れ落ちる。
ーーーー孤独だ。
誰ひとり、仲間を救うことはできなかった。
勝利したはずなのに、胸に残ったのは、後悔だけだった。
冷静さを取り戻した冒険者の胸に、後悔と同時に、ひとつの疑問が芽生えた。
――先の戦いで、自分が振るったあの力は、いったい何だったのか。
**は戦いの中、冒険者にある能力を与えてしまう。
――仲間の血で、手と身体を染めるほど、強くなる力。
平和を夢見て仲間の為に戦う冒険者は、仲間の犠牲で力を得る孤独な怪物になってしまったのだ。
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朗読を聞いた女性は静かに言った。
「ありがとう」
その顔は、ひどく悲しげだった。




