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現代ファンタジー

鴨川デルタで、僕はスーツ侍に会った

掲載日:2026/01/03

 鴨川デルタは、今日も変わらずそこにあった。

 特別なことは何もないのに、京都の中でもここだけは時間の流れが少し違う気がする。


 川の音が近い。

 水が石に当たる、乾いたような、やわらかいような音。

 大阪のオフィスで一日中聞いているキーボードの音とは、まるで別の世界だ。


「今日は人、多いな」


 そう言ってから、誰に向けた言葉なのか分からなくなって、僕は口をつぐんだ。

 隣にいる舞子は、飛び石のほうを見ている。

 川を渡ろうとして、途中で立ち止まっている子どもを、なんとなく目で追っていた。


 二人でベンチに腰を下ろし、コンビニで買った紙コップのコーヒーを手にする。

 ふたを開けると、少し苦い匂いが立ちのぼった。


「仕事、忙しいんやろ」


 舞子が、こちらを見ないまま言う。

 責めるでもなく、気遣うでもなく、ただ事実を置くみたいな言い方だ。


「まあ……いつも通りかな」


 そう答えながら、僕はコーヒーを一口飲んだ。

 嘘ではない。でも、本当とも少し違う。


 最近、終電が続いている。

〝若いんやから大丈夫やろ〟という言葉が、頭の奥にこびりついて離れない。

 でも、それを口にするほどの勇気も、余裕も、今日はなかった。


 舞子が、小さく息を吐く。

 その横顔を見ていると、なぜだか胸の奥が少しだけ緩む。


 そのときだった。


 向こうのほうから、見慣れない集団が歩いてくるのが目に入った。

 全員、やけに姿勢がいい。

 休日の鴨川には、あまり似合わない雰囲気だ。


 ――でも、不思議と違和感はなかった。


 誰かが笑っていて、誰かが真剣な顔で川を見ていて、誰かは飛び石を前にして、なぜか腕を組んで考え込んでいる。


「……変な人たちやな」


 舞子が、くすっと笑う。


 僕も、同じように笑った。

 このときはまだ知らなかった。

 その〝変な人たち〟が、僕の日常の奥に入り込んでくることを。


 芝生のほうから近づいてきた五人は、思っていたよりも自然だった。

 観光客でもなく、仕事帰りでもない。

 それなのに、ここにいても浮いていないのが不思議だ。


「おい! そこのお二人〜」


 声をかけてきたのは、その中でも特に陽気そうな男の人だった。肩の力が抜けていて、話しやすそうだ。


「このあたり、座ってぼーっとしてても怒られない?」


 それだけの質問だった。


「大丈夫やと思います。ここ、そういう人ばっかりなんで」

「そうか!」


 その後ろで、別の男が川を覗き込みながら言う。


「しかし……この飛び石、配置が絶妙だな。安全性への配慮がある」

「おい武田ぁ〜こんなときに細かいなぁ」

「でも大事だ。誰でも渡れるってことは、置いていかれる人が出にくいということだ。組織も人が一番だからな」

「上杉ぃ……なんで今そんな話するのん?」

 

「……無理に急がせない設計だ。失敗したら川に落ちると分かっているから、自然と慎重になる」

「徳川まで……ねぇ織田社長! せっかくの休みなのにみんな仕事モードなんだけど」


「命令も罰則もない。それでも、人は自分で考えて前に進む」

「社長、それ飛び石見て言うことですか?」

「優れた設計は、理念を語らん。ただ、正しい行動を選ばせる」

「「「「……なるほど」」」」

「じゃあ俺は、進まずに座る派で!」

「おい豊臣……」


 

 どう聞いても、変な会話だ。

 なのに、なぜか耳に残る。

 仕事の会議で聞いたどんな言葉よりも。

 

 舞子が、僕の袖を軽く引いた。


「……何か難しい話? 知らんけど」

「せやな」


 五人は、そのまま少し離れた場所に腰を下ろした。

 紙袋から飲み物を出し、川を眺める。


 ただの社会人の集団。

 そう言われたら、それまでだ。


 でも、なぜだろう。

 胸の奥で、何かが静かに整っていく感じがした。


 大阪のオフィスで感じていた、あの息苦しさ。

 理由の分からない疲れ。

 それが、少しだけ遠のいた気がする。


「……不思議やな」


 思わず呟くと、舞子がこちらを見た。


「何が?」

「いや……なんでもない」


 そう答えた瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。

 会社の通知だ。


『来週、残業になるので事前申請をしておくように』


 画面を見た僕の表情を、少し離れた場所からあの五人の男たちが――静かに見ていたことに、僕はまだ気づいていなかった。


 スマホをすぐにしまう気になれず、指先でスクロールするふりをする。


「ここ、ほんまにええとこでしょう?」


 少し離れたところで、舞子の声がした。


 顔を上げると、舞子はあの五人と同じ目線で立っている。

 距離は近すぎず、遠すぎず。

 知らない相手と話すときの、あの自然な間合いだ。


「川の音がちょうどええんです」

「静かすぎへんのが、好きで」


 舞子がそう言うと、がっしりした体格の男が、うん、と頷いた。


「分かる。無音だと、逆に落ち着かないこともあるからな」

「仕事柄ですか?」


 舞子がそう聞くと、男は少しだけ笑った。


「まあ、人の声がある場所に慣れてるだけだ。納期ギリギリになると、みんな居残るからな」

「居残る……残業多いんですか? ハルくんも最近忙しいねんなぁ。今の時代ってみんなそうなんかな」


 すると、五人の男たちの空気が一瞬で変わった。

 怒っているわけでも、焦っているわけでもない。

 それなのに――

 彼らは、戦う前の〝侍〟のように見えた。



 ※※※



 月曜の朝。

 出町柳から京阪電車に乗り、御堂筋線の満員電車に揺られる。


 オフィスの空気は、いつもより少しだけ重かった。

 誰かが怒鳴っているわけでもない。

 無理な指示が飛んでいるわけでもない。

 それなのに、キーボードを打つ音がやけに速く、呼吸の浅い人が多い。


「今週、全体的に残業増えるから。各自、事前申請な」


 課長の声は淡々としていた。

 まるで、天気予報でも読むみたいに。


 僕は画面を見つめたまま、手を止める。

 申請欄に理由を書く指が、少しだけ重い。


 ――増える、じゃない。

 最初から減らす気がないだけだ。


 ふと視線を感じて顔を上げると、知らない男が立っていた。

 いつの間にか増えた、外部コンサルらしい。


「若いんやから、多少は踏ん張らなあかんで」


 笑顔だった。

 でも、その目は人を数字みたいに見ている。


 その瞬間、胸の奥に嫌な感覚が走った。

 昨日、鴨川で感じた〝整う感じ〟と真逆のもの。


 ――ああ、これは。


 誰かが悪いんじゃない。

 ただここには、長く居たら削られる空気がある。

 

 いつからこうなったのだろう。

 舞子とも一緒に過ごす時間が減ってしまって、彼女に寂しい思いをさせているかもしれない。


「無理せんときや。私はな、ハルくんの邪魔はしたくないねん」

 

 いつもそう言ってた舞子。

 だけど、僕はもう耐えられないかもしれない。


 ――そう考えているうちに夕方になった。

 余計な会話はなく、空調の音とキーボードの音だけが、疲れた人間の代わりに働いている。


 飲み物を取りに席を立つと、フロアの奥の使われていないはずの会議室に灯りがついていた。何が話し合われているのか気になった僕は、部屋をそっと覗く。


「数値、まだ伸ばせますよね」


 低い声。

 ホワイトボードの前に立つ外部コンサルの男。

 その影は不自然に長く、壁に歪んで映っている。


「若い社員は、多少の負荷をかけても回復が早いですから」


 言葉の意味は、分かっていた。

 それでも、会議の場で当然のように語られるのを聞いて、何かが音もなく沈んでいく。


 その瞬間、会議室の空気が音もなく凍った。


「――その考え方」


 背後から、声がした。


 そこにはいつの間にか、スーツにマントを羽織った五人が立っていた。

 オフィスの入り口のドアは閉まっているはずだ。

 誰かが入ってきた気配はなかった。


「誰だ、君たちは」


 男が振り返るより早く、紅いスーツの男が会議室に入った。


「技術部の視点から言わせてもらう。疲弊した人間は、ミスを生む。ミスは事故を生み、事故は会社を壊す」


 金色のスーツの男が肩をすくめる。


「営業的にも最悪だな。不満を抱えた社員ほど、会社の外で本音を漏らす」


 白いスーツの男が、静かに言葉を重ねる。


「人を消耗品みたいに扱う組織は、いずれ、人から見放される」


 外部コンサルの男は笑った。


「理想論だ。会社は利益を出してこそ――」

「違う」


 低く、冷静な声は蒼色のスーツの男。

 

「利益は結果だ。削り取った人の時間を、利益と呼ぶな」


 最後に、黒に赤いラインの入ったスーツを来た男が前に出る。視線は鋭いが、声は驚くほど静かだった。


「貴様は、理念に紛れて人を削る。それがブラック・ザコ団のやり方か」


 男の姿が、ぐにゃりと歪む。

 スーツの下から、黒い影が滲み出した。


『クッソー! なんで分かったんだよー』


 黒い影は煙になって立ち上り、まるで妖怪のようだった。


「あの……あなたたちは一体……? それにこれって……何?」


 僕が尋ねると五人は一瞬だけ顔を見合わせ、まるで合図でもあったかのように、すっと前に出た。


「黒の統括戦士、スーツ侍・ノブナガ。理念を歪める者を、正す者だ」

「金の営業戦士、スーツ侍・ヒデヨシ。人を削って取る数字は、営業成績ちゃうで?」

「紅の技術戦士、スーツ侍・シンゲン。壊れるまで使う仕組みは、技術とは呼ばない」

「蒼の経理戦士、スーツ侍・イエヤス。無理を前提にした計算は、最初から赤字だ」

「白の人事戦士、スーツ侍・ケンシン。人を守れぬ組織に、未来はない」


 そして――もう一人。


 少しだけ後ろに立っていた女性が、静かに一歩前へ出た。若緑色の羽織が、会議室の白い光の中でやわらかく揺れる。


 彼女は、名乗る前に僕のほうを見た。

 その視線は不思議と落ち着いていて、怖さがなかった。


「若緑の京都戦士・マイ」


 それだけ言って、深くは踏み込まない。


「本来は、京都を守る立場。せやけど今回は――」


 マイは、スーツ侍たちのほうへ一度だけ視線を送る。


「彼を放っておけへん思うて。無理を〝当たり前〟にされる前に、助けとうなりました」


 ノブナガが、短く頷いた。


「彼女の願いだ。今回は、共に動いた」


 マイは小さく息を吐き、ほっとしたように微笑む。


「安心して。ハルくん……あなたは、ようやっとる」


 その一言で、心に溜まっていた何かが、音もなくほどけた気がした。


 ――ああ。

 これは夢やない。


 くりっとした瞳に、見慣れたふたつ結び。

 どこかペンギンみたいな、あの愛嬌。


 ……間違いない。


 彼女は、舞子だった。

 

 きっとすぐにあのスーツ侍とも打ち解けて、わざわざ僕のために来てくれたのだろう……いきなりだったけど。


 他の従業員たちも皆、不思議そうな顔で会議室の前に集まっている。そんな彼らに、技術侍のシンゲンが口を開いた。


「皆の者、締切の早いものからタスク管理表を生成しよう。風林火山・一元管理!」


 彼がゲラと原稿が重なるデスクに向かって盾をかざすと、そこからタスク管理表が現れた。

 

「各自の割当まで……ありがとうございます!」と主任が言う。それを見た黒い煙の妖怪が声を上げる。

 

『クッソー! こうなったら! 〝若いんだから平気〟波動!』


「若いんだから平気……」

 その言葉が呪いみたいに広がり、胸が締めつけられた。

 ――さっきまで、これを「当たり前」だと思っていた自分が怖かった。

 しかし、営業侍のヒデヨシが金の扇を広げる。


「今の時代、若いんだからなんてダサいこと言っちゃあいけないぜ! 笑顔(スマイル)・百万石アプローチ!」


 金色のオーラが舞い上がり、黒い妖怪は怯む。


『うぅっ……! こうなったら〝善意の強要〟ビーム!』


 今度は「みんながやってるから……」という声が聞こえてきて、仕事をし続けなければならない気持ちになってしまう。

 すると、経理侍のイエヤスが蒼の扇をかざす。


「その悪どい考えなど断ち切って見せよう。減損(げんそん)カッター!」


 蒼くて鋭い刃が扇から発射され、妖怪を切り裂く。


『いってえなぁ!』


 妖怪は文句を言いながら次の術を放とうとしたが、そこにスーツ侍リーダーのノブナガが、炎の刀を手に立ち向かう。


「貴様のその腐った理念もろとも……ぶった斬る! 炎焔(えんえん)・破断!」


 炎の刀が勢いよく振り下ろされ、黒い妖怪は情けない断末魔とともに砕け散った。

 

「皆の者、最後は私だ。心頭滅却・義魂(ぎこん)解放!」


 こう叫ぶのは人事侍のケンシン。彼の浄化パワーで従業員の体力が回復した。僕も睡眠不足で頭が重かったのが、一気にすっきりとした。


「さて皆さん、京都の八ツ橋と抹茶ですよ。お仕事おつかれさんです」


 そこには若緑色の羽織を揺らしながら、お盆を運ぶマイの姿。


「はい、ハルくん」

「ありがとう……」

「へへ……良かったなぁ」


 何よりも彼女の笑顔が一番、僕を救ってくれる――

 そんな気がした。



 ※※※



 あれから仕事量は正常に戻り、僕は無理せず働くことができるようになっていた。その週末に鴨川デルタに来ていたら、あの〝変な〟五人もそこにいた。


「あ! 織田さんたちだ!」


 舞子が走っていく。

 聞いたところによると、彼らは東京の天下トーイツ・カンパニーというシステム会社の役員たちだった。


 一番背が高くてオーラのある社長の織田さん。

 笑顔が煌めく営業部長の豊臣さん。

 がっしりとした体格で頼りになりそうな、技術部長の武田さん。

 真面目で誠実そうな経理部長の徳川さん。

 そして、凛とした雰囲気の人事部長の上杉さん。

 

「ハルくん、私この人たちと仲良くなってん。今日は一緒に過ごさへん?」

「え……まぁいいけど」


 戸惑っている僕をよそに、舞子はもう輪の中に入っていた。


「今日は何食べはるんですか?」

「お、聞いてくれる? 今日はな、ちょっと気合入れてきたんだよ」


 豊臣さんが紙袋を掲げる。

 中から取り出されたのは、京都の惣菜屋で買ったらしい大きなだし巻き卵と、焼き鯖寿司。


「うわ……それ、絶対おいしいやつやん」と舞子が前のめりになる。

「分かる? 朝から並んだかいがあったよ」


 武田さんはコンロ代わりの簡易バーナーで、ウインナーをじっくり焼いている。じゅう、という音と一緒に、香ばしい匂いが風に乗った。


「外で食べると、同じものも三割増しでうまいぜ。技術的根拠はないがな」


 徳川さんはきっちり人数分の紙皿を並べ、上杉さんはおにぎりを配っていく。

 梅、昆布、鮭。どれも地味だけど、やたらと安心する。


「ハルくん、どれにする?」

「……じゃあ鮭で」


 かぶりついた瞬間、ふわっと広がる塩気と米の甘さ。

 鴨川の音をBGMに食べるだけで、なんでもご馳走になる。

 すると織田さんが、だし巻きを一切れ箸で取りながら言った。

 

「働くのも大事だが、腹が減ったまま考え事すると――ろくな結論が出ないからな」

「それ、経営論ですか」と僕が尋ねる。

「人生論だ」


 舞子がくすっと笑う。

 僕も、つられて笑った。


 ――こういう時間が、ちゃんとあるなら。

 仕事は、もう少しだけ頑張れる気がした。

 

 食後、豊臣さんが最後の紙袋をそっと開いた。


「よし、締めといこうか!」


 出てきたのは、照りのいいみたらし団子。

 串を傾けた瞬間、甘辛いタレがとろりと光って、鼻先に香ばしさが届く。


「このタレ、甘すぎないのがいいな」と上杉さん。

「ここ、砂糖で誤魔化さないねん」と舞子が笑う。


「外で食う甘いものは、なんでこう美味いんだろうな」と武田さん。

「景色代でも入っているんだろう」と徳川さん。

 

 僕も一口かじった。

 もちっとした歯応えのあと、醤油のコクと砂糖の甘さが広がる。


 豊臣さんは紙コップに抹茶ラテを注ぎ、さらに小さな抹茶クッキーを配ってくれた……抹茶、大好きだな。

 川の音と甘味は、相性がいい。


 気づけば、五人は少し離れた飛び石のほうへ移っていた。陽の光が、川面をやわらかく染める。


「……行こ」


 舞子が、僕の袖を軽く引く。

 二人でその場を離れ、少しだけ下流へ歩いた。


「最近、顔色良くなったな」

「そう?」

「うん。ちゃんと呼吸してる感じ」


 僕は串を少し傾けて端の団子を一つ外し、舞子に渡した。彼女は迷わず受け取って、にこっと笑った。


 並んで川を見る。

 風が、ちょうどいい速さで流れていた。

 言葉は少ないけど、足りている。


 鴨川デルタは、今日も変わらずそこにあった。

 甘い後味と、静かな時間だけを残して。



 ※※※



 夜の鴨川は、昼よりも音が少ない。

 川の流れる音と遠くの車の気配、それだけ。


 舞子と並んでベンチに座り、ぼんやり水面を眺めていた、そのときだった。


 ――ガサッ。


「……?」


 背後から、明らかに人の気配。

 しかも一人じゃない。

 複数。重たい靴音。紙袋が擦れる音。


 いや、待って。

 この数……五人分じゃない?


「うわ……」


 思わず声が漏れた。


「どうしたん?」

「いや、なんか……後ろ……」


 振り返る勇気が出ない。

 でも振り返らなくても分かる。


 気配が、でかい。


 ゴホン、という咳払い。

 やけに整った足音。

 誰かが小声で「静かにしろ」と言っている。


 完全に、あの人たちだ。


「……見られてる?」

「たぶん」


 背後で、またガサッ。


「近い近い近い……!」


 さすがに耐えきれず、僕は勢いよく振り返った。

 案の定だった。


 五人、揃って立っている。

 しかも全員、気まずそうに目を逸らしている。


「いや、その……」と、豊臣さんが斜め上を見ながら頭を掻く。

 

「通り道やと思ってな」

「完全に寄り道だろ」と、徳川さんが小声で突っ込む。


「……覗くつもりはなかった」と、武田さんは真顔だ。

「結果的に覗いている」と、上杉さんも真顔だ。

 

 最後に、織田さんが一言。


「問題ない、業務外だ。気にするな」


 一番気になる言い方だった。


「いや、めちゃくちゃ気になりますって……!」


 こんな僕の言い方に、舞子が吹き出す。

 

「ふふ、もう。ほな、私らは行こか」


 そう言って立ち上がると、五人は一斉に背を向けた。


「失礼しました」

「完全撤退」

「解散だ解散」


 足音が遠ざかっていく。

 静けさが戻った川辺で、僕は大きく息を吐いた。


「……なんやったんや、今の」

「見守り、やろ」

 

 舞子は楽しそうに言う。

 夜風が、少しだけあたたかい。


 ――まあ、いっか。

 ああいう人たちが、遠くで見てくれてるなら。


 また来よう。

 次は、後ろに誰もいない時間帯で。



「鴨川デルタで、僕はスーツ侍に会った」 完



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