41.真実
「まるで夢を見ているみたいだわ。まだドキドキしてる」
目を真っ赤にはらしたアイリーンは現実をかみしめるように、胸元を押さえ正面に座る両親を上目づかいに見つめた。
バーサもアイリーンを横目で見ながら笑みをこぼす。
「ああ、ようやくこの日を迎えられて私達も嬉しいよ。アイリーンには何があったかを説明しなければならないね」
リチャードはそう言うと、コップの水で喉を潤わせた。
「二年前のあの日、ランドバーク峠で何者かに馬車が襲われたところをフィリップさんに助けられたのだよ」
襲われた事は本当に事実だった。アイリーンはその事実に背中を震わせた。
「……」
「突然の叫び声に、馬車の激しい揺れ、最後は扉から剣先が突き出た時、もうだめだと思ったよ。しかし、それ以上馬車が動くことはなかった。暫くして馬車の扉が開き、フィリップさんが顔を出したんだ」
ゆっくりとした口調でそう切り出すと話を続けた。
アイリーンはゴクリと唾を飲み込んだ。
フィリップはたまたま居合わせた弁護士だった。職業柄三人の護衛と一緒にウエストジーニアスに向かっている時に、野盗に襲われている馬車を見つけた。
馬車についている二人の護衛は既に倒れており、五人の野盗が馬車を囲んでいた。
フィリップは直ぐに護衛に指示を出した。彼の連れている護衛は手練れと言われているレベル、難なく五人の野盗を倒し馬車の中にいたオブライエン夫妻を助け出した。
フィリップは扉を開け「もう大丈夫ですよ」と声を掛けた。
震える夫妻は、頭を下げる事しか出来なかった。すると、フィリップは「ハグラーという名の人物をご存じですか?」と問いかけた。
リチャードが義理の弟だと答えると、フィリップは顎に手を当て、唇を絡めた。
「野盗の一人が『ハグラーに殺されると』言いながら逃げていきました。予想ですが、あなたがこのまま街に戻ればまた命を狙われますよ」
フィリップと相談した結果、逃げた一人はわざわざハグラーに報告しには戻らないだろうと判断した。そして、捕えた四人は隣のバサンの街に連れていくことになった。
……
「フィリップさんと相談した結果、我々が死んだという事にしてハグラーがどのような行動に出るか、様子を見ていたんだ」
「何故叔父さんが犯人だと確信したの?」
アイリーン自身も危険な目に会わされているので、ハグラーの正体は知っている。だが、父も野盗の捨て台詞だけで信用するものなのだろうか?
「以前、奴は会社を立ち上げたんだ。私の真似をしてね」
その話は初めてだわ、とアイリーンは黙って頷く。
「私の後に起業をして私と同じものを売り出して没落したのだよ。それを彼は私のせいだと思っている」
「きっと軌道に乗っているリチャード様をうらやんでいたのでしょうね」
「ああ、事あるごとに賠償しろと手紙をよこしていたからな」
──そんな背景があっただなんて、私は叔父さんの事を全く疑いもしなかったというのに
アイリーンの気持ちが沈む。ようやく自分が虐げられていた意味を理解した。
「そうだね、お父さんたちが生きていると分かればまた殺し屋を差し向けるかもしれないものね」
アイリーンは最悪の事が起こらなかった事に胸を撫で下ろす。
「そこで持っていた資金を利用して急遽ロエミアル商会を立ち上げた。今まで提携を結んでいた他の商会も引き継いでね」
「はい。その役割は私が執事となって担いました。リチャード様が表に出ると全てが無駄になってしまいますので」
「なんで……?」
──なんでフィリップさんは私達の為にそこまでしてくれるの?
アイリーンの疑問を感じ取ったのか、フィリップは自ら語り出した。
「私は孤児で、スミス様からの支援を受けて弁護士になった一人なのですよ。こんな形で恩返しが出来るとは思ってもいませんでした」
フィリップはこれまでアイリーンに見せた事もない笑顔を浮かべた。
──あぁ、フィリップさん、心からそう思ってくださっているのね。
「あのね、お父さんは以前からスミスという名で、学びたい子供の支援をしていたの。あなたやバーサのようにね」
アイリーンの肩に手を置き、アヤコがそう話した。
「いやあ、このような形で助けてもらえるとは思ってもいなかったよ」
リチャードも照れ臭そうに苦笑する。
──私の知らないお父さんの一面。
尊敬の眼差しで父親を見るアイリーンは「あっ」声を上げた。
「ごめんなさい、話の腰を折ってしまって。ハグラー叔父さんの事なんだけど……」
リチャードは後々、ライアン商事が没落する事は判っていたという。
「ああ、それは野盗に襲われた時に荷物を全部取られたことにしたからね。賠償がライアン商事に請求される事が分かっていたのだよ」
そんな時、ハグラーが必死に探していた母の形見のロケットペンダントの事がアイリーンの頭をよぎった。
「そう言えば、ハグラー叔父さんが探していたロケットペンダントはどういう意味があるの?」
その言葉を待っていたかのようにフィリップはアイリーンのロケットペンダントを差し出した。
父母が疾走するまでずっと身に着けていたロケットペンダント。楕円形をした銀の部分も表のルビーもピカピカに磨かれている。
「これ、本物の私のロケット。お母さんから貰ったやつだ。……フィリップさん大切に守ってくれてありがとう」
アイリーンは胸が熱くなり両手でそれを抱えこむ。アヤコも温かい目でそれを見つめる。
「開けてごらん」とリチャードに言われ、ロケットペンダントを開けると中から金でできた実印が出てきた。
「つまりね、私とアヤコが死んだことになっているので、会社のお金を引き出すのも契約を更新するのも唯一の娘、アイリーンの承諾が無いと何もできないんだよ。だからハグラーはどうしてもそれが必要だった」
──そうか。両親は何があっても私の判断で物事を動かせるように考えていてくれていたんだ
「それにね……」
ハグラーが金の無心に走る事はフィリップには予測内。金策の為に使用人を入れ替える事も予想していたので、そのタイミングでアイリーンの護衛となるべく武術に達観したリノをメイドとして侵入させたのだ。
「じゃあ、私はずっとリノに守られていたのね」
アイリーンはポツリと呟き表情に陰りを見せた。
「ああ、彼女はずっとアイリーンの事を気にかけていたよ」リチャードはそう言いながらアイリーンの頭を優しく撫でると、彼女は目を閉じて俯いた。
「だが、アイリーンがスタンリー家へ奉公に出された事は予想外だった」
リチャードの言葉にアイリーンはガバッと首を持ち上げ「本当だわ。何故私があそこにいる事が分かったの?」と問いかけた。
「それは星木犀のフレグランスです」
フィリップはそう言いながらリチャードの方へ眼を向けた。
「公爵のアルバート様は私の古くからの友人でね。彼にだけは事情を話していたのさ」
リチャードが微笑むと、フィリップは再び話を続けた。
「スタンリーが公爵様に星木犀のフレグランスを貢物にしたのですよ。頭の切れる公爵様はアイリーンさんが作ったものではないかと、旦那様に仰られたわけなのです」
フィリップはアイリーンの方を見ながら片目をパチッと閉じて、笑みを浮かべた。
「私が作ったフレグランスの香りが私自身をも救ってくれたのね」
魂が揺さぶられた。星木犀の香りを思い出していると、本当にあの甘い香りがしてくるような気がした。
「おかしいわね、本当に星木犀の香りがしたような……」
ウフフとアイリーンが笑うと「気のせいではないよ」とリチャードがアイリーンの後ろを指さした。
驚くことに、そこにはアイリーンが作ったフレグランスを持ったリノが笑みを浮かべて立っていた。
「……」アイリーンはただ、目を細めて鼻を赤くするだけで、言葉が出てこなかった。
「ね、また会えるって言ったでしょ?」
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最終話は3月11日投稿になります。




