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全てを奪われたけど、へこたれません。香りで夢を掴みます!   作者: 季山水晶
Ⅰ.試練の幕開け

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40.スミス

 バーサに付き添われ、目隠しをされたまま馬車に放り込まれたアイリーン。バーサもフィリップも黙ったままで、ゴトゴトと車輪の音だけが耳に入って来る。


 バーサの手のぬくもりを感じているからこそ安心できているが、これで手でも離されようものならすぐさま目隠しを取ってしまっていただろう。


 かれこれニ十分は沈黙が続いている、楽しみよりも不安の方が上回りそうになった時、ようやくバーサが口を開いた。


「お食事、アイリーンが喜んでくれたら嬉しいな」


 ──よかった。本当に手を繋いでくれているのはバーサだ。


 自身の顔がほころぶのが判る。アイリーンは会話を続けようとすぐさま返答する。


「バーサが選んでくれたものならなんだって喜ぶよ」


「えへへ、そうだといいな」


 バーサの手の握りが強くなり、ゴトリと音を立てて馬車が止まった。


 手を添えられ、生暖かい夜風に触れられながらアイリーンはゆっくり地面を踏みしめた。


 ──ここは土だな。あ、硬い、石畳になった。ん?ギギギって……扉が開いた音だわ、でもおかしいわね?


 ここがお店なら「いらっしゃいませ」だの「ご来店ありがとうございます」など聞こえてくるはずである。


「ねえ、バーサここは本当にお店なの?」


 期待か不安か区別のつきにくい震えた声でアイリーンが尋ねる。


「大丈夫、ちゃんとお食事の摂れるところだから」


 バーサはそう言いながらアイリーンの手を引っ張った。コツコツと廊下を歩く三人の足音だけが響いた。


 再びギギッと扉を開く僅かな音が聞こえると、歩行の音が変わった。


「何処かの部屋に入ったのね?」


「よく分かるね、もしかして見えているの? 」


「見えていないよ。足音で何となく」


「流石ね。さあ、ここに腰を掛けて。そして、目隠しを取って前を見てちょうだい」


 誘導されるまま椅子に腰を掛けると、座り心地に懐かしい感じがした。


「え?なにかこの椅子……」


「さあ、目隠しを取って前を見て」


 アイリーンが目隠しをゆっくり外すと、目の前の壁には見慣れた画家エンデの大作『麦と食卓』が飾られていた。


 アイリーンの瞳から大粒の涙が溢れだす。それは幼少の頃からオブライエン 家の食卓で毎日見ていた絵。


「ここ……私の家」


 息も出来ない程胸の内が熱くなり、アイリーンはそれ以上言葉が出てこない。その横でフィリップが優しく彼女の肩に手を置いた。


「お帰りなさい、アイリーンさん」


 クスンと鼻を鳴らしたアイリーンは涙目でバーサとフィリップを見つめた。


 アイリーンはライアン商事が経営破綻をした事を知っている。それにこの家が他所に渡った事も。


 それでも二度と入れないと思っていた家に入れたことは心底嬉しかった。


「私の為に、借りて下さったのね。嬉しい」


「ええ、スミス様が経営するロエミアル商会からお借りしました」


「え、今なんて?」


「はい、何度でも。この家はスミス様の持ち物なのですよ」


「そうなんだよ。旦那様がロエミアル商会の会長さんなんだ」


 アイリーンは大きな瞳をパチクリさせたあと、頬を緩ませた。


「全然知らない人に買われるよりも、スミスさんならお家もきっと喜んでいるよね。それに、こんなに綺麗にして貰って……わたしもとっても嬉しい」


 アイリーンは浸み一つないレースのカーテンに、ピカピカに磨かれた大理石の床、そこに敷かれた真っ赤な絨毯に目を配った。


「スミスさんに家を大事にしてくれてありがとうって言わなきゃ。ねえ、フィリップさん。今日はスミスさんにお会いできますよね?」


 フィリップは笑顔で頷くと、ふとアイリーンの後方へと目をやった。


「はい。スミス様は……ええ、いまアイリーンさんの後ろに立っていらっしゃいます」


「え?」


 ガタンと椅子から立ち上がったアイリーンは、ゆっくりと後ろを振り向いた。


 目の前に居る男性を見た時、吹き出す汗と、激しく打ち鳴らす心臓の音が現実と夢を混在させた。


 「お、お父さん……なんで」


 目の前で微笑んでいたのは紛れもなく、アイリーンの父リチャードだった。


「よく頑張ったね、アイリーン」


 呆然と立ち尽くすアイリーンに、駆け寄った女性が彼女を抱きしめる。


「黒い髪……お、お母さん、生きてた」


「会いたかった。アイリーン、本当に会いたかった」


 母アヤコはアイリーンを抱きしめ何度も「ごめんね」と声を震わせた。アイリーンも垂らしていた手でアヤコを抱きしめ、泣き崩れた。


 そっと近寄ったリチャードも涙を浮かべながら二人の頭に手を乗せた。


「これからはずっと一緒だよ」


  ◇ ◇ ◇


「さあ、アイリーンとバーサの合格祝いだ。積もる話はゆっくり聞かせて貰うとして、食事にしよう」


 手をパンパンと叩くリチャード。すると、隣に居たバーサがアイリーンに笑顔でそっと囁いた。


「ねえ、料理を持ってきてくれるのはマックさんだよ」


「え、ようやくマックさんにも会えるの?」


 アイリーンが胸をワクワクさせながら待っていると、サービスワゴンを押しながら入ってきたのはこれまた見た事のある人物。


「コールマン!コールマンじゃない。マックさんってコールマンだったの?」


 その人物はかつてオブライエン家の執事であるコールマンだった。


「お久しぶりです、お嬢様」


「もう、なんでもっと早く言ってくれないの?体中の水分が無くなっちゃいそうだよ」


 アイリーンは涙で顔をぐちゃぐちゃにさせていた。


「うん。本当、仕方ないね」


 そういうバーサも目を真っ赤にさせていた。

いつも読んで下さりありがとうございます。

次回は3/11に投稿予定です。

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