39.結果発表
面接を終え、無事?スミス家の屋敷に戻った二人。合格発表までのひと月間、毎日指折り数えながら来るべきその日を待っていた。
……
床にモップをかけながら、はたきを振るバーサにアイリーンは縋る様に声を掛けた。
「ねえバーサぁ。合格してるかな?」
「もう、アイリーンまたその話?やるだけ事はやったんだもの、後は待つしかないんだよ」
「だってね、面接で緊張しすぎてさ、本当に『香りで世界を変えます!』って言っちゃったんだよ」
「アイリーンだったらはずみでそう言うと思ったよ、何度も言っているけど」とケラケラ笑うバーサ。ムッと頬を膨らませたアイリーンは腕を組みバーサを上目遣いに見つめる。
「そんなバーサだって『世界を救う除虫剤を作ります』って宣言したくせに」
バーサは肩透かしの様にアイリーンにフフンと微笑んだ。
「いいのよ私は。アイリーンなんて変な香りを世界中に撒いて、皆が鼻をつまんで過ごす世界にするんでしょ?」
「世界を変えるという意味が違うわよ!……ってそんな事を出来たら別の意味で凄いよね」
「確かに。それはそれでアイリーンの事を尊敬するよ」
「それは私も尊敬したいですね」
二人が顔を見合わせて笑っている時、フィリップが笑顔で顔を出した。
いつもの様にバッチリ、スーツを着こなして、隙の無いフィリップに二人は同時に肩を震わせ、目をパチクリさせた。
「どうしたんですか?予定も無いのに珍しいですね」
アイリーンの問いかけにフィリップは真顔でだまったまま。
二人がフィリップに会うのは試験の終わった日以来。それに、フィリップは余程の用事が無ければ姿を見せないのだ。
「私が来たという事はどういう事か判りますか?」
アイリーンは兎も角、バーサ迄その一言に時間が止まってしまう。壁掛け時計の秒針のコチコチが耳障りになった時、フィリップはカバンから二通の封筒を取り出した。
──あれ、もしかして結果ですか?……封筒、薄くない?
アイリーンもバーサもフィリップの手に釘付けになった。
どう見ても同じ封筒、つまりそれが落ちてようが受かってようが、二人の結果は同じだろう事を物語っている。
「やばいわ。私だけ受かっていたらどうしましょう」
アイリーンがわざとそのようなセリフを吐くと、負けじとバーサも一歩右足を踏み出した。
「いえ、私だけ受かっていたらアイリーンになんて言って良いのやら」
「おやおや、お二人とも仲が良いですね。どう見ても同じ大きさの封筒じゃないですか」
フィリプが口元を押さえながらクククと笑う。
「これは合格通知です」
フィリップがそう言っても二人とも封筒を凝視したまま、身動き一つしない。それどころか次第に顔を真っ赤にして腕をブルブル振るわせる。
「だ、だから……合否を教えてください。私の一生がかかっているんですよ!」
「そうですよ。フィリップさんがそんな意地悪な人とは思いませんでした。早く結果を教えてください」
つまり二人とも合格通知と言われたのを、合否通知と勘違いしたのか、キーキー声を響かせる。
漏れ出る笑いを拳で押さえるフィリップは封筒を二人の前にそっと置いた。
「ククク……だから、合格通知ですよ。お二人とも、もう一度言いますよ。合格通知です。おめでとうございます」
二人とも手を震わせながら、封筒に書かれた自身の名前の物を手に取った。
「薄っ!……え、これ本当に合格通知って入る厚み?」
「やめて、その不吉な分析」
二人は手に持つ封筒を穴が開くほど凝視した。
「合格通知って書いてある!」
アイリーンが目を丸くして歓喜の声を上げた。
「うわぁ、ほんとだ、私五百倍の難関を突破したのね」
「バーサ、それ言い過ぎ」
アイリーンにそう言われたバーサは、コツンと自分の頭を叩き、ペロって舌を出す。
「もういいからぁ、そんな古いしぐさは」
じっと見つめあった二人は声にならない程の奇声を発して、抱き合いながら飛び跳ねた。
満足するまで飛び跳ねた後、ふうふう息を切らしたアイリーンはフィリップのほうへ目をやった。
「ねえ、フィリップさん。私合格したの。スミスさんに是非お礼を言いたいわ。会わせてくれますよね」
バーサもアイリーンの横に立ち並びフィリップをじっと見つめた。
「分かりました。私の方から旦那様に伝えてみましょう」
頬の緩んだフィリップが静かにそう言った時、前途を祝すような明るい春の日差しと優しい風がゆっくりと駆け抜けた。
アイリーンの表情がそれと共鳴するように明るくなる。
──ようやく、ようやくスミスさんに会える。お礼が言えるのだわ
祈る様に組んだ手をバーサがそっと包み込んだ。
「おめでとう。アイリーン」
◇ ◇ ◇
それから四日後、フィリップが再びアイリーンの元へ訪れた。そして「少しバーサさんをお借りしますね」とバーサを連れて行ってしまった。
「ずっとバーサと一緒だったから、一人きりだと少し寂しいな」
しんと静まり返った実験室でアイリーンは新しい香りの調合を行っていた。
窓から漏れる光りは赤っぽく、もうすぐそれも消えそうになった頃バーサが勢いよく実験室の扉を開けた。
「アイリーン、これからあなたと私の合格お祝いのお食事に行くよ」
「なに?そのいきなりな設定」
「いいからいいから。実はフィリップさんとそのお店を一緒に探しに行っていたのよ」
──店を探しに行くのに何故バーサだけ?地元の私の方がお店を知っていると思うのだけど……
違和感を覚えるが、嬉しそうなバーサの笑顔を見るとそんな事は口には出せない。
「そしてね、驚かせたいから目隠しをさせてね」
「え?なんで?」
流石に今度は眉を顰めた。けれどバーサはそんな事を一切気にせず、手拭いでアイリーンの目を隠してしまった。
「アイリーン。絶対、良いって言うまで取っちゃだめよ」
バーサはいそいそとアイリーンの手を取り、馬車に押し込んだのだった。
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次回は3/4に投稿予定です。




