38.フィリップの訪問
「フィリップさんが家にきて、私に旦那様の元に来ないかと言ってきたの」
──フィリップはバーサの父であるムド・モリスの元を訪れた。
「モリスさん。初めまして、私はウエストジーニアスで商売を営んでいるスミス氏の元で働く執事のフィリップというものです」
フィリップは帽子を取り丁寧に頭を下げた。
高級そうな生地のスーツを纏い、自家用馬車で訪れたフィリップ。ムドには彼が怪しい人物にしか見えなかった。
──この男、村が貧しいと分かって娘を買いに来たのか。
「そのスミスさんの執事様が私に何の用ですかな?」
ムドは隈のある目を上目遣いに、頬のこけた顔をゆっくりと持ち上げ、気怠そうな口調で答えた。
ムドは村人からの誹謗中傷及びバーサの傷心で疲れ切っていた。とても知らぬ誰かと話す気分ではない。
「あなたの娘バーサさんの事なのですが」
フィリップがそう切り出すとムドは眉を吊り上げ、拳を持ち上げた。
「む、娘は疫病神でも魔女でもない。あなたに話す事なんかない、帰ってくれ!」
震える声で今にもフィリップに掴みかかりそうになるムドを、妻のスーザンが制止した。
「あの、主人もこのような状態なので、どうぞお引き取り下さい」
スーザンが震える声を出しながらフィリップに懇願の目を向ける。
──この方たちは村で相当つらい目にあっているのだ……
「いえ、あなた方の苦悩を知って益々帰れなくなりました。どうか私の話を聞いて
頂けませんか」
フィリップが再度丁寧に頭を下げると、ムドは腕をダランと下ろし、ふぅと息を吐いた。
「すみません、見ず知らずの方に興奮してしまい……私はこのような状態ですが、それでも宜しければお話を伺います」
スーザンは俯いたまま掴んでいた手を離すと、ムドはフィリップを応接間に案内をした。
応接室と言うものの、人を招くには全く相応しくない場所だった。カーテンを閉め切った薄暗い部屋で荷物も散乱している。
──もともとはこんな状況ではなかっただろうに。家全体が疲れ切っている。
「村の蝗害の話は街まで聞こえています。大変な目に会われましたね」
「……」
フィリップの切り出しにムドは何の反応も示さなかった。僅かに間を取り、フィリップは話を続けた。
「そして、バーサさんの話も聞いています。彼女を私の元へ預けられませんか?」
スーザンはピクリと身体を震わせた。ムドは目じりを吊り上げ声を震わせた。
「あ、あの娘が悪魔の子だから……売りに出せと」
フィリップはゆっくりと首を横に振った。
「いえ、畑を守った話も聞いています。彼女は素晴らしい。未知の可能性を持つ彼女の能力を引き出してあげませんか?」
「初めて、初めて誰かに畑を守ったと言って貰えました……」
ムドは目を潤わせて声を上ずらせた。そんなムドにスーザンは優しく彼の肩に手を差し伸べた。
……
バーサは枕を抱きかかえ、目を伏せながら唇を動かした。
「それでね、フィリップさんは支度金として私の家に五十万ピネルを出してくれて、おまけに旦那様名目で村に百万ピネルを復興費として寄付してくれたの」
「そう、そんな事があったの……」
アイリーンはそっとバーサの手を取った。指先が冷たい……アイリーンはその冷えた指先を両手で包み込んだ。
「あ、ありがとう。温かい……。それからね、村の人が家に謝りに来たの。でもお父さんもお母さんもあまり嬉しそうじゃなかった」
「……」
「あんなことが無かったら離れて暮らすことはなかったのにって……だから私はお父さんとお母さんに『行かせて良かった』って思ってもらわなくちゃいけないの」
アイリーンはギュッとバーサを抱きしめた。アイリーンの胸にバーサの涙が染みて来る。
「そう、だから『村を守る為の薬を作りたい』なんだね。今度は家も村もみんな守るんだね」
バーサはアイリーンの胸に埋まったままコクンと頷いた。
アイリーンは突然バーサの肩を掴み彼女を引き離した。そして輝かせた瞳で真っすぐバーサの瞳を見つめた。
「明日の面接はその気持ちをストレートに出せばいいんだよ。絶対伝わる」
バーサはクンっと鼻をすすった。
「アイリーンったら、まだ面接で何を聞かれるか分からないのに」
「絶対それを聞かれるに決まっているよ。だって手言葉で前振りをしていたじゃない」
バーサはポカンと口を開いた。
「ま、まあそうかも。じゃあ、アイリーンも『香でライアン商事を買い戻します』って言わなきゃね」
「それを言っちゃう?じゃあ、バーサも『薬で世界を助けます』って」
「えー世界?そんなに大きなことは言ってないよ。やめてよ」
大きく横に手を振るバーサに、アイリーンは手拭いを口に当てながら必死になって笑いを押さえた。
「はあ、はあ、ねえバーサ。淑女は人前で歯を見せて笑ってはいけないんだよ」
「もう、見せそうになっていたのはアイリーンでしょ」
バーサは頬を膨らませてプイッと顔を横に向けた。アイリーンが膨れた頬を指で突くと口から「ぶぅ」と音が漏れる。
二人は顔を見合わせ、歯をむき出しにしながらお腹を抱えて笑ったのだった。
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