37.バーサの過去
ランバーグ専門学校は人気の学校なので全国から受験生が集まって来る。
よって、お金はかかるが遠方の受験生にはホテル代わりに学内の宿泊施設を提供していた。
アイリーンとバーサも片道二時間の馬車移動なので、この施設を利用していた。
……
夕食を食べ終えた二人は、学内の宿泊施設で体を休めていた。
幸いここは二人部屋、それぞれのシングルベッドに腰かけた二人は周りに遠慮なく今日の試験の話題で盛り上がった。
「計算問題えぐかったよね。バーサはどれだけ解いたの?」
パジャマ姿でベッドに転がりながらアイリーンは足をばたつかせる。
「どの問題も一番難しいのしか解かなかった。だってそれしか必要がないって思ったんだもの」
「そうよね。一緒。私も一番難しいのだけ全部やった」
バーサも大きな羽枕を抱えながら、アイリーンの言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろす。
互いの選択が正しいかどうかなどまだ分からないが、相手がアイリーン(バーサ)だと、妙にホッとする。
「それに、最後の手言葉の問題、バーサに助けられたんだよ」
アイリーンはバーサの気配でスミスの手言葉に気付いた事を話した。
「最初は私も先生がなんで手を動かしているのかなって思ったんだよね」
バーサも笑みを浮かべる。そして、何かを思い出した様にガバッとベッドから飛び起きた。
「そう言えば、アイリーンは課題で出された『夢』はなんて書いたの?」
バーサは目を輝かせながらアイリーンに近づく
「夢はね。『ランバーグ専門学校に入学する事!』って」
アイリーンはバーサから視線を逸らしながら口角を少し持ち上げた。
「え?ホントに?……」
バーサは目を泳がせながら、ボスンとベッドに腰を下ろした。
それを見たアイリーンは唇に手をやりクスッと笑い声を立てた。
「あ、それまずいやつって思っているでしょ。冗談だよ、一応それも夢だけど、多分問われているのはその先の事よね」
「あぁ、ビックリした。今なんて言えばいいのか判らなかったよ」
バーサはホッと胸を撫で下ろす。
「本当は『この学校で一杯学んで、素敵な香りを世界に届けたい』って書いたんだよ」
アイリーンは少し恥ずかしそうに枕に顔をうずめた。バーサの目が再び輝きを取り戻し、その身をアイリーンに近づけた。
「すごい、素敵な夢。アイリーンは香りを大切にしているものね。そういうのを聞きたかったんだ」
手を掴んでくるバーサにアイリーンも問いかけた。
「じゃあ、バーサの夢は何?なんて書いたの?」
「私の夢は……『村を守る為の薬を作りたい』って書いたんだよ」
嘘のように真顔になったバーサは、低く小さな声でそう語った。
「村を守りたいって……(バーサの過去に何かあったんだろうな)」
少し俯き加減のバーサに、アイリーンも次の言葉が出てこなかった。部屋の外から今まで聞こえなかった他の受験生の話声が耳を捕らえだす。
すると、バーサはゆっくりと伏せていた目を持ち上げた。
「ねえ、アイリーン。少し私の話にお付き合いしてくれる?」
◇ ◇ ◇
西の田舎のランダバウト村、殆どの村人は農業で生活を営んでいた。バーサの実家であるモリス家も主に畑で野菜を育てていた。
モリス家で三女として生まれたバーサは野原を駆け回るのが大好きな活発な少女だった。
「特に、草や虫の観察が好きで、どの虫がどの草を食べるとか一日中見ていたんだよ」
懐かしそうに当時をバーサは語り、アイリーンは黙って相槌を打った。
「でね、十三歳の時、村が災害に襲われたの……」
バーサは目を伏せ声のトーンを下げた。
バーサが十三歳の頃、村は数十年に一度の蝗害に見舞われた。
突如として激しい羽音が村全体に鳴り響き、空が黒く染まるほどの虫の群れが押し寄せたのだ。
虫が到着する少し前、西の空が雲ではなく何かに遮られたのを見たバーサは、それが虫の集団だという事に気付く。
蝗害の事は聞いたことがあった。バーサはミルギの葉の独特の匂いが虫よけになると経験的に知っていた。そして大急ぎで採取し、抽出したミルギの葉液を畑にばら撒いたのだ。
他の人の畑にもそれを散布したかったが、時間的にも厳しく許可も得ていなかったことからそれは適わなかった。
村の被害は相当なもので、村人たちは厳しい現実に焦燥感を覚え、些細な物事でも争いの種になっていた。
あるひと言がきっかけだった。
「モリスの所の娘のバーサが畑に何か撒いてやがった」
バーサが利発な子であることは村人の周知になっていたが、それが裏目に出てしまった。
モリス家の畑だけ無事だったことにランダバウトの村人は不審に思い、彼女の家は誹謗中傷を受ける事になった。
「あの娘が虫を呼び寄せたんだろう」
「悪魔の娘だ」
モリス家は石を投げられ、バーサは大人に掴みかかられた事もあった。
「ごめんなさい……私が余計な事をしなければ」
もう何が正しいのかバーサには分からなくなっていた。
連日泣き崩れるバーサに「いや、お前は悪くないんだよ。よく頑張ってくれたね」と両親は優しく接してくれるものの、打開策は見つからなかった。
──もう、この村を出て行くしかないのか……
そんな時、モリス家を訪れたのがフィリップだった。
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