35.試験開始
一日遅れました。すみません。次話から投稿日変更になります。
フィリップが門番に書類を見せるとギギギと門が開いた。名門校だけあってそれなりの立場のある人の推薦状が無いと受験もさせて貰えない。
「そう考えるとスミスさんって凄い人なんだね」
「そうですよ、旦那様は凄いんです」
「え?本当はバーサってスミスさんに会った事があるの?」
「いいえ、ありません。私を雇ってくれたのですから凄い人に決まっています」
「うふふ。そうかも知れないね」
二人は緊張もなんのその、そんな事を話しているとフィリップが「さあ」とアイリーンの肩をポンと叩く。
「アイリーンさんもバーサさんも私の付き添いはここまでです。頑張ってきてくださいね」
フィリップから受験票を手渡され、二人の表情が一気に引き締まる。
「それから、これをスミス様からお二人に」
更にフィリップから差し出されたものは真っ黒の万年筆
「こんなに高価なものを」
受け取れませんと返そうとするアイリーンにフィリプは中腰になって視線を合わせた。
「あなた方が合格できるのをスミス様は楽しみしておられます」
アイリーンは万年筆を手に取ると胸の前でキュッと抱きしめた。
(そう言えば、お父さんにも万年筆を頂いたことがあった。嬉しい)
アイリーンは思わずフィリップの手を取りたくなるのを何とか抑えた。
「はい。ありがとうございます。スミスさんのご期待に応えられるよう頑張ってきます」
二人は震える声でフィリップを見送った。
再び大きな音をたてて閉まっていく門、閉じ込められた感は半端ない。
試験対策は十分やってきた。臆するはずなんて無いと思っていたアイリーンだが、なんと言っても十代の女の子、重々しいプレッシャーが彼女にのしかかる。
当然だ。落ちればスミス氏の期待を裏切るだけでなく、きっとあの屋敷にも居られないだろう。
──怖がってはダメ、ようやくここまで来られたのよ。
正面には白い石畳が続く先に見える大きな校舎。少し冷たい感じもするが、明らかに威厳もある。この施設が自分達を受け入れてくれるかどうかは分からないが、やるしかない。
二人は視線を合わせ黙って頷き、これからの試験の事を考える。
「これから明日の夕方までここで過ごすんだね」
「そうだね。今日は紙試験、明日は面接。どんな問題が出るんだろうね」
正面に見える校舎の入口に向かって歩くと、在学生らしき人達とすれ違う。そして皆が皆、すれ違う度に笑顔で会釈をしてくるのだ。
「凄い。淑女の嗜みが出来ているって感じね」
「男の人もホント、紳士的な対応。きっと、マナーも大切にしている学校よ」
バーサはアイリーンにカーテシーを習っておいて良かったと、胸を撫で下ろしていると、向こうから服装の違う淑女がこちらへ向かって来た。
「バーサ。先生かも知れない、私達のマナーを見せる時よ」
二人はその女性が来るのをその場で待ち、丁度目の前に来たタイミングを見計らって自分達が出来る限りの美しいカーテシーを披露した。
姿勢を保つ一、二秒がとても長く感じられ、二人の背中にじわっと汗が滲みだす。
「なかなか美しいカーテシーね」
女性は優しく微笑み、淑女らしい美しいカーテシーを披露した。
「あなた達は受験生ね?私はここの教員をしているミッシェル・ルイスです。会場に案内しますね」
ルイスが自身を紹介すると、二人は「はいっ」と元気良く返事をしながらも、本物は違うと目を見開いた。
城の様な入り口をくぐると、奥まで続く教室に、青々とした芝生が敷き詰められた大きな中庭。
驚くのは廊下にも窓にも塵一つ、落ちていない事だ。
そのままルイスに連れられ奥へ進んでいくと、事務の受付が目に入る
「受験番号の先頭は教室番号で次は座席番号です。指定の場所でお待ちください」
ルイスの案内で受付に受験票を見せると、淡い制服の女性が優しく微笑んだ。
磨かれた石造りの廊下に長々と続く教室の扉に部屋番号が貼られている。
「頭の文字は『八』だね。という事は八番教室だ」
その言葉を聞いたルイスは「そう、八の番号なのね」と微笑んだ。
「ここはまだ二だから、八はずいぶん奥だよ。一体何人受けるんだろう」
アイリーンは廊下の奥に目をやり、ふうとため息をついた。
二人の会話を聞いていたルイスは「受験生は約五百人、合格者は三十人よ」と教えてくれた。
「うわあ、十六倍以上の競争率だよ」
「け、計算が早いね」
とは言ってみたものの、バーサの指先が震えだすと、アイリーンもゴクンと唾を飲み込んだ。隣でクスクス笑っているルイスに気付いた二人は、もう一度丁寧なカーテシーを行い八番教室に向かった。
「ここが八番教室だね、うわあ、先にまだ番号の書かれた教室があるよ」
二人はかなり早い時間に到着したので、まだチラホラ他の学生が歩いているだけだが、試験会場の多さからして、相当な人数が集まることだろう。
「貴族の子や頭のいい子ってたくさん居るんだねえ」
こりゃあ気合を入れなくちゃと二人は鼻息荒く、試験会場である教室へ入った。
「私は八二五番で、バーサが八二六番だから、席はお隣ね」
「アイリーンが隣で安心する」
試験開始までまだ一時間近くあるので、二人は持ってきた本を手に取った。
アイリーンの読んでいるものは植物の遺伝子に関するもので、バーサが読んでいる本は薬学に関するもの。どちらも直接試験には関わらないものだ。
時間が経つにつれ会場内に受験生が入って来る。どの受験生も違いはあれど真っ新なブランドの服を纏い、上等そうなカバンを持って意気揚々としている。
だが、どの受験生もアイリーンとバーサの傍を通る時、揃って顔を引き攣らせた。
「お、おい。遺伝子とかの問題が出るのか?」
「薬学って学校に入ってから習うものじゃないのか?」
受験生たちはぶつぶつ呟きながら、額から冷や汗を垂らす。
次第にざわつきが大きくなる教室にコツコツと足音を立てて女性の教官が入ってきた。
三十人の入った教室が突如として静まり返る。拳を握りしめている者や、小刻みに震えている者など、凄まじい緊張感がアイリーンとバーサに襲い掛かる。
教壇に目をやるとそこに居るのは先程案内をしてくれたルイス。先程とは全く違った厳しい顔つきだが、アイリーンもバーサも張り詰めた緊張感が少しだけほつける。
「受験生の皆さん、お待たせしました。これから紙試験を開始します。試験は四科目、一科目一時間です。一試験ごとに休憩があります」
ルイスは一息吸い込んだ後「因みに、不正が発覚した場合、その受験生は永久に受験資格が無くなりますのでご了承ください」と語彙を強めた。そして言い訳は一切認めないと更に追い打ち。
僅かにざわつく会場内、生唾を飲む音があちこちで響く。
さすが名門、徹底的だな、とアイリーンとバーサも気を引き締める。
その他、詳しい説明の後、ルイスは「それでは始め!」と号令をかけた。
静かだった教室にバラバラバラと紙をめくる音が響き渡った。
いつも読んで下さりありがとうございます。
次回投稿は2/4の水曜日になります。




