33.母の形見
「誰だ!」
部屋中にハグラーのだみ声が響き渡る。
「フィリップさん」
頬を赤く腫らし、救いを求めるような目でフィリップを見つめるアイリーン。
「その子はスミス様の雇用人だ。離して貰おうか。それに傷をつけたな?それ相応の覚悟はできているんだろうな」
スーツに身を包み、厳しい目つきでフィリップはハグラーを睨みつけた。
これ程にも荒い言葉遣いのフィリップをアイリーンは見たことがなかった。フィリップの怒りがアイリーンに恐怖の現実を知らしめる。
アイリーンの身体がガタガタと震え出すが、そんな事はお構いなしに息を荒くしたハグラーは彼女を羽交い絞めにして後ずさりをする。
「ち、近寄るな。それ以上近寄れば……」
懐からナイフを取り出した。それをアイリーンの首元へ突きつける。
「し、死にたくなければさっさと印を出せ。それがあれば……全て俺のものになるんだ」
もうそこには最初に出会った頃の優しい叔父さんの姿はなかった。徐々にアイリーンの胸の奥から怒りが沸き上がる。
「だから、そんなもの持っていないって……私の持ちものは母の形見のロケットペンダントと市民証だけよ。他は全部叔父さんが取ったんじゃないの」
声を震わせるアイリーンの襟元をハグラーは強引に掴む。ナイフはまだ突きつけられたままだ。
「それだ、そのロケットだ。ロケットの中に印がはいっているはずだ」
ハグラーの怒鳴り声にアイリーンは目を見開いた。今思うとロケットペンダントにしては確かに大きい。『印』がどういう物かは知らないが、それが入っている可能性は十分考えられる。
母からは「離さず持っていてね」と言われていたのでとても大切なものであることも理解できる。だが、それもスタンリーに奪われ、スミス氏に渡っているはずである。
「ロケットペンダントは持っていない。スミスさんに渡してある」
「嘘をつくな。お前が持っているのだろう」
ハグラーはアイリーンの襟元を締め上げた。アイリーンの表情が苦悶様に変わった時、フィリップが口を開いた。
「その子のいう事は本当だ。その子を開放するなら私がそのロケットを持ってこよう」
フィリップはそう言うと『ピ~』と指笛を鳴らした。
「お、おい!何をする」
ハグラーはアイリーンを抱えながら後ずさりをする。
「そんなに警戒するな。メイドを呼んだだけだ」
フィリップがその言葉を言い終えないうちに扉を勢いよく開けて入ってきたのは、バーサだった。
「アイリーン!」
囚われているアイリーンを目の当たりにしたバーサは咄嗟に彼女に駆け寄ろうするが、ハグラーはそれを制止するように吠えた。
「おい、お前、近づくな!」
ピタッと動きを止めるバーサにハグラーはわめき散らした。
「おい、ロケットを持ってくるんじゃなかったのか!こいつがどうなってもいいのか」
凄むハグラーにフィリップは上着を整えながら冷静に答える。
「慌てるな。この娘はメイドだ。この娘にロケットを取りに行かせる」
「……」
ハグラーは何も言わずフィリップを睨みつける。
「バーサ、ギャラリーの白い戸棚の二段目にアイリーンのロケットペンダントが仕舞われている。それを持ってきてくれないか」
バーサは「え?」っとフィリップを見つめた。するとフィリップはもう一度「白い戸棚の二段目にアイリーンのロケットペンダントが仕舞われている。それを持ってきてくれないか」と復唱した。
ほんの少しだけ呆然と立ち竦んだバーサは、ハッとフィリップを見つめて「はい、分かりました」と頷いて小走りに部屋から出て行った。
僅か数分足らずでバーサは円錐形の銀でできたロケットペンダントを手に持ち部屋へ戻ってきた。
「フィリップさん。これでしょうか?」
フィリップはそれを受け取ると「ああ、これだ。これに間違いない」と頷いた。
──え?あれが私のロケットペンダント?
アイリーンのロケットペンダントは同じ銀でも楕円形で、表にルビーが埋め込まれているものだ。今、フィリップが持っているものとは断じて違う。
でも、あの優秀そうなフィリップがそんな間違いをするのだろうか?それも二度も復唱して。
何か意図があるはずだ。アイリーンは頭をフル回転させた。
「よし、それを俺の足元に投げろ」
ロケットペンダントを見たハグラーはアイリーンにナイフを突きつけたまま、フィリップに命じた。フィリップはハグラーに従い、ロケットペンダントを放り投げた。
カランカランと音を立てて、ロケットペンダントはハグラーから少し離れた所に転げ落ちた。
「ちっ」とハグラーは舌打ちをした後、ロケットペンダントに手を伸ばそうとするが届かない。
(叔父さんは私のロケットペンダントを知らないんだわ)
知っていれば「それは違う」と言うはずである。
歯をむき出しにしたハドラーがアイリーンを抱えたまま、ゆっくり腰を落とし床に手を伸ばした時、その向こうでバーサが手をもぞもぞと動かしていた。
(なに?バーサ何をしているの?)
アイリーンはバーサの手を凝視した。
──か?……手文字の『か』? 次は お?
か・お・よ・・・・け・・て?
『顔よけて!』
アイリーンは目を見開いた。そしてバーサの意図を読み取った彼女はハグラーを横目で意識した。ハグラーは既にロケットペンダントを手に持ち、その蓋を開こうとしていた。
(これか!)
ロケットペンダントが開く瞬間にアイリーンは自身お顔を地面に伏せた。次の瞬間『ブシュ―!』と音を立ててロケットペンダントから黄色い液体が噴き出した。
「う、うわぁ!ぐわぁ、目が目が……目が焼ける!」
ハグラーはナイフを落とし、顔を両手で庇いながら床でのたうち回った。
ハグラーの悲鳴がうめき声に変わる頃、部屋に激しい雨音だけが響いていた。
「もう大丈夫だよ。怖かったよね」
アイリーンに近寄ったバーサは彼女を優しく抱きしめた。
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