31.迫りくる恐怖
「そうそう、本題に入らなくちゃ。色々聞きたいことが増えてきたのよ。教えてよね、先輩」
そう言ってにっこり微笑むアイリーンに、バーサは戸惑いながらも「えっと、なにかしらぁ?」とブルーの瞳を歪めて笑みを浮かべた。
「まあ、商売の話もそうなんだけどね。もう食材が残り少ないのよ」
バーサはハッと目を見開く。それはその通りだ、何故ならアイリーン一人分の食材を二人で食べているわけなので予定より無くなるのは早い。
『あ……私のパンと野菜とソーセージを持ってこようか?』と頭をよぎるが、そんな事を言えばアイリーンが沸騰することは目に見えているので、とても言い出せない。
「ご、ごめんなさい。私も一緒に食べさせてもらっているから……」
シュンと頭を垂れるバーサにアイリーンはいつもの様に人差し指を立てて横に振る。
「違うのよ。色々な料理を作りたいから、食材を注文したいの。自分で出せって言われているのは学費だけだから、食材は貰ってもいいのよね?」
「ま、まあ。アイリーンが食材を注文するなんてきっとフィリップさんは思ってないだろうけど、あの部屋にメモを書いておけばきっと明日には持ってきてくれるよ」
「フィリップさん直々に?」
「ううん。マックさんが」
バーサが言うあの部屋と言うのは、アイリーンが初めてこの屋敷にやって来た時に、スミスさんの手紙が置いてあった部屋の事だ。
バーサの返答からすると、メッセージのやり取りはどうやらマックさんと言う人を介して行っているのだ、とアイリーンは理解した。
(じゃあ、色々なお願いをするには、マックさんがどんな人かを知る必要はあるわね)
「で、マックさんはいつ来るの?」
「毎日来てるよ。でも、私の食事は三日に一度届けてくれるの」
「なんで三日に一度?」
「え、あ、あの……私メニュー固定だから……」
閉め切っているはずの部屋の中にヒューっと冷たい風が吹く気がした。
気まずそうにモジモジしながら話すバーサに「そう言えばそうだったわね……」とアイリーンは眉を寄せ頭を抱えた。
「でもね、でもね、明日も来てくれるから。その時にメモを置いておけば、きっと希望の食材を届けてくれるよ」
バーサは身振り手振りを付けながら早口で取り繕う。
その姿を見たアイリーンは「バーサって可愛いね」と微笑んだ。
「それじゃあ、希望の食材に加えて、試作品とメモ書きも添えればきっとフィリップさんの所へ届くよね」
アイリーンが希望の食材のメモ書きと試作品を指定された場所に置いた。
「『このヘアオイルと洗剤、厚布を使ってみて下さい。気に入って下さればレシピを買って頂きたいです』っと、これでいいよね」
アイリーンは引き出しにあった薄黄色の便箋に、出来る限り丁寧な字で書いたメッセージを添えて、その上に試作品を置いた。窓からの入り込む光がヘアオイルの小瓶を通過して、便箋を黄金色に染めている。
「クスッ。まるで神様にお願いをするみたい」
「そうね、私達の夢の第一歩だもの、まさに神頼みに近いかも」
二人は顔を見合わせた後、嬉しそうに試作品に手を合わせた。
◇ ◇ ◇
翌朝、鳥のさえずりで目覚めたアイリーンはろくに着替えもせず、ギャラリーに向かうと既にメモ用紙も、試作品と便箋もテーブルの上から消えていた。
──マックさんっていつの間に来たのかしら?全く気付かなかったわ。
急いで入口まで走っていくが、やはり人の気配はしない。アイリーンがキョロキョロしているとバーサも眠たそうに目をこすりながらパジャマのまま起きてきた。
「アイリーン、何を走り回っているの?」
「マックさんに会おうと思ったんだけど、もういないのよ」
「そりゃそうよ。マックさん日が昇る前に来て帰っちゃうの。来たかどうかは図書室に行けば分かるよ」
アイリーンはふぁっ……とあくびをしながら答えるバーサの腕を掴んだ。
「ねえ、バーサ。図書室に行きたいの。どの部屋かしら」
「わかったわかった。教えるから。それよりもまずは着替えをしようよ」
指をさされたアイリーンは自身のパジャマ姿を見て顔を赤らめた。
……
図書室はアイリーンの部屋から廊下を挟んだ正面の部屋だった。一階のフロアには十ほどの扉があるが、何に使われているのか知る由もない。
「広い。それに沢山の本があるのね。嬉しくなっちゃう」
アイリーンの部屋よりも広く、その壁一面が本棚になっている。そして部屋の半分に机といすが並び、さらにその奥は背中合わせの本棚が何列も連なっていた。
外壁側には大きな窓もあり、レースのカーテンの隙間から、太陽の光が緩やかに差し込む。
本棚に目をやると、学術書や料理の本、童話から恋愛小説それに手話の本まで様々。
──この中で料理の本と家事の本をバーサは読んでないのよね。受験に関係ないから。
思わずアイリーンはクスっと思い出し笑いをしてしまった。
「え、突然どうしたの?」
キョトンと見つめてくるバーサに慌てて首を横に振り、アイリーンは本棚を指さした。
「沢山あって嬉しい。ずっとここで本を読んでいたい気分になるよね」
その場をごまかす様に声を弾ませ、目が爛々と輝かせたアイリーンがバーサにそう告げる。
バーサはその笑顔を疑いもせず、嬉しそうにウンウンと頷く。
アイリーンが辺りをキョロキョロ見渡していると、机の上にある新聞が目につきそれを手に取った。
「ほんとだ。今日の日付だわ」
「マックさんが来た証拠なのね」と呟きながら新聞に目をやるアイリーンが突然、わなわな震え出した。
「どうしたの?何があったの?」
様子がおかしいアイリーンの元へバーサは駆け寄り、彼女が凝視している記事を覗き込んだ。
『ライアン商事経営破綻、ロエミアル商会が買収』
「アイリーン、この記事がどうかしたの?」
「……これ、私の父の会社なの」
震える声を絞り出したアイリーンの瞳から涙が零れ落ちた。
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